早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東京工業大学
大学院 社会理工学研究科

齋藤 潮 教授

齋藤 潮(さいとう・うしお)
1957年、山形県生まれ。83年、東京工業大学大学院理工学研究科社会工学専攻修了。東工大助教授をへて、現在にいたる。工学博士。

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神社の鳥居は山が最も尖って見えるところにある!?

この授業科目は研究室に正式に所属する前の2年生・3年生むけの研究室ゼミ。ここでは建造物や都市空間が計画・設計された経緯についての歴史的な調査を経て、成果をパンフレットにまとめる作業をしている。対象の選定や写真撮影・レイアウトも学生が行う。何点か出来上がりを見せてもらったが、そのまま売れそうなほどクォリティが高い。「写真技術なども徹底的に磨いてもらいます」と先生。
大岡山の駅前の正門をくぐれば、どーんと広いキャンパスが広がる。こんなに都心に近くて、この広さ。さすがは東工大、立地環境は抜群だ。

雄大な山並みに感動した経験は誰にでもあるだろう。そのときに雄大だ思うのは山のどんな見え方に関係があるのだろう? 同じ山でも、それを見る距離や方向が異なると印象が違う。印象の違いは、山の見え方のどのような特徴に関係があるのだろうか。  こうした疑問の解明に取り組んでいるのが、東京工業大学大学院・社会理工学研究科の齋藤潮教授だ。先生の専門は景観工学。人文科学と自然科学の中間に立って、複雑な地形がつくる景観の解明に力を注いでいる。

「静岡県富士宮市の浅間神社から富士山を眺めると、富士の最高点・剣が峰が山頂の中央付近に際立ち、山頂が尖っているように見えます。東京からだと山頂が平たく見えるのとは大きく異なります。富士山に限らず、山を御神体として祀る神社の一の鳥居は、その山の山頂が最も尖って見える場所にあることが多いのです。鋭角的で強烈な印象を与える姿に神を認めたということでしょう。これに対して、山を借景にしている古い庭園は、その山の山頂付近に平滑な斜面があらわれる場所に営まれることが多い。山を擬人化して、その顔に向き合っているような見え方にこだわっているかのようです」

山を違った場所から眺めれば、大きさや形が変わって見えるのは当たり前。しかし、見る側に一定の癖があって、山の眺めが選別されていたということはこれまでしっかりとは検証されていなかった。 「山を借景にしている庭がその山頂を5~12度で見上げる場所に多く営まれていることはこれまでの研究で明らかにされていました。しかし、山の形がどのように選別されていたかということになると、情報量が多すぎて分析が難しかったのです」  この情報量の問題を解決したのがCGソフトだった。

山の景観を地形データから3次元的に立ち上げるフリーソフトが、様々な山をあらゆる角度から比較することを可能にし、山の形の科学的な分析を可能にしたのである。そして、あらゆる角度の中から、意味ある特定の角度を引き出すにあたって参照されたのが人文的な資料、つまり山を祀る神社や借景庭園、あるいは山を描いた古い絵画である。

神社や庭園・絵画から昔の日本人が好んだ景色を見つけ出してどうするの? と不思議に思う塾生もいるかもしれない。しかし、とかく人文的世界だけで語られがちであった景観が自然科学的手法によって分析されたことの意味は小さくない。日本で景観が軽んじられてきた理由の一つに、景観が個人的好みの問題としてあいまいに論じられてきたことが挙げられるからだ。  たとえば美しい田園に高速道路の建設計画が持ち上がったとしよう。開発推進派はいくらでも利点を挙げることができる。交通の便がよくなる。近隣からの行き来も多くなり、村が潤うなどなど。しかし、景観を守りたいと考える人々は、つまるところ「その景観が好きだから」としか反論できない。それでは個人的な好みの問題として無視されてしまいかねない。 「長い歴史の流れの中で積み重ねられてきた環境を眺める際の人間の癖が自然科学的な手法によって引き出され、それに対応する視点と眺めが抽出できるようになれば、計画の変更や修正の提案に具体性が出てきます」

平凡な風景が感動の絶景に

梅並木とイチョウ並木。春には満開の花を咲かせて新入生を迎える梅並木は正門をはいってすぐにある。

この具体的な提案を聞きたいので講義をしてほしいとの依頼が地方都市などから入ることもある。 「新潟県長岡市で、地元の山河の眺めについての講義とタウンウォッチングのガイド役を依頼されました。たとえば、江戸時代の著名な風景画家であった谷文晁の山の絵を分析すると、山体を構成する主要なピークや尾根が明瞭に識別できるような視点が選ばれていることがわかります。つまり、対象がどのような要素によって構成されているかを理解するような分析的な見方です。これもおそらくものを眺める人間の癖の一つです。長岡市民といっしょに移動しながら、彼らが見慣れた地元の山について、たとえば谷文晁のような見方に立つことで、どこどこの地点が重要な視点だということを確認していきます。そうして、どこそこに計画されている新たな公共施設については、このままではそんな眺めとぶつかるので、半地下構造にして眺望を保存するなどの検討が必要だと説明したのです」

先生の「提案」によって、心の奥底に眠っていた風景に対する価値観が目を覚ます。タウンウォッチングに参加した30人ほどの長岡市民は、「初めて故郷の風景にしみじみと触れた」「風景の見方がわかってますます故郷が好きになった」などと感激してくれたという。

もちろん、先生の研究対象は地方都市の景観だけに限られるものではない。じつは都会から見えるわずかな山並みにも研究の目が注がれている。

富士山なら、最低限どの部分が見えていれば「富士が見えている」といえるのかという研究はその一例だ。富士山の写真家として著名だった岡田紅陽の作品を分析することで、富士山には露出頻度が高い一定の部分があることが抽出された。これを応用すれば、富士山の眺めを損なわないような建築物の高さ規制の根拠を示すことができる。

都市部では建物はどんどん高層化する。だからこそ、たとえば富士山が見え、それを大事にしてきた歴史的経緯のある都市では、富士山眺望を壊滅的状態にしないためのギリギリの範囲が示される必要があるのである。

「山や川など自然がつくったものに、人間が勝手に価値観をかぶせてきたこと自体が面白いんですよ。しかもそこに何か癖のようなものが作用している」と、先生は自身の研究のポイントを語った。その「勝手」な「価値観」の向こう側には、自然や文化・人間の深い関わりが横たわる。  大学時代、風景学の講義を聴いてとりこになったという先生の気持ちがあなたにもわかるような気がしないだろうか。景観工学とは、それぐらい興味をかきたてられるユニークな研究だ。

こんな生徒に来てほしい

身の回りの景色に興味を持つ人でしょうね。それから、これはなぜだろうと思ったら、途中で投げ出さずに調査や思考を継続できる人です。ちょっとやってみて駄目そうならすぐに手を引くようではどんな研究も進展などしません。ねばり強さが必要です。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。