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アナウンサー 落合由佳 Special Interview 10

Profile
早稲田塾第27期生。山脇学園高校、学習院大学・法学部政治学科。
2009年TOKYO MX『U・LA・LA』に学生アナウンサーとして出演。
2010年青森朝日放送入社。報道制作局報道制作部アナウンサー。主な担当番組に『スーパーJチャンネルaba』『ニジドキ!』『朝だ! 生です 旅サラダ』『ABAニュース』等。
2013年4月より『夢はここから生放送 ハッピィ』にてMCを務める。

笑顔に支えられた、早稲田塾での7年間

「早稲田塾」と言われてまず思い出すのは、人。スタッフや友達の笑顔が浮かびます。私は塾生として3年間、インターンとして大学時代の4年間、計7年を、早稲田塾で過ごしました。塾生時代には、受付でケア・スタッフに親身に話を聞いてもらい、講師に励まされながら猛勉強した思い出が。大学時代の後半は、就職活動をしながらインターンをやり続けた。スタッフやインターンの仲間、そして塾生にエネルギーをもらいながら、アナウンサーという夢を叶えられました。

高校時代・インターン時代の写真

夢に立ちはだかった「アナウンサー試験」

小さな頃から、漠然とテレビ局、とりわけアナウンサーの仕事に憧れはありました。
高校1年生の夏、「法政大学 キャンパス体感ツアー」に参加し、メディア研究の第一人者である、稲増龍夫教授の講義に参加。そこで、ゼミの生徒が制作した1本のVTRを見せて頂きました。とあるクイズ番組のパロディで、本物そっくりの手作りのスタジオセットの前で収録している。「やっぱり、モノ作りって楽しそう!」テレビ局への興味がいっそう膨らんだ瞬間でした。
大学3年から本腰を入れて、アナウンススクールにも通い始めました。いよいよアナウンサー試験。原稿読みにカメラテスト、新聞記事を読んでのフリートーク……与えられたものに、都度、全力を尽くしたけれど、受けても受けても不合格。いったんはアナウンサーをあきらめ、就職活動を一般企業に切り替えようかと。

空っぽな自分こそ、
最高のインタビューアーに

タレント級の容姿、秀でたスポーツの成績、珍しい資格……アナウンサー試験で出会うのは、いわゆる一芸に秀でた学生ばかり。自分の平凡さを痛感させられました。「もうアナウンサー試験をやめよう」そう考えていた時期に、早稲田塾出身で、元フジテレビアナウンサーの大橋マキさんによる、マスコミ志望者のための特別公開授業を聞く機会をいただいた。そこで、大橋さんの忘れられない一言が。「空っぽな人ほど、インタビューする相手の色に染まることができる」。インタビューで大事なことは、輝かしい経歴より、相手の立場に立って話を聞く“素直さ”だと教えていただきました。ちょうどその頃、恩師のすすめでTOKYO MXの学生アナウンサーのオーディションを受け、見事採用となり、初めてアナウンサーの仕事に挑戦。3か月と短い期間ではありましたが、スタジオでニュースを読むのに加え、食べ歩きレポートや、大阪・ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)でのロケも経験しました。朝7時からの生放送のため夜10時に寝て深夜2時半に起きる生活も、とにかく何もかもが楽しくて。一生続けられたらどんなに幸せだろうかと考えました。

なんでもやる! ABAアナの仕事の中身

アナウンサー試験への挑戦を再開し、一社目に受けたのが、今勤務している青森朝日放送(ABA)でした。現在はアナウンサーとしてニュースを読み、情報番組でMC(司会)や中継レポートなどをしています。その他に、記者・ディレクターとして取材に行き、原稿を書いて、VTRの編集もしています。カメラマンとして、ビデオカメラを持って出かけることも。これは在京のキー局と地方局とで違うところかもしれません。入社時に描いていた“アナウンサー像”とはかけはなれていて、最初は大変でしたが、実は、自分に合っていたみたいで、楽しいです。オールマイティになんでもやれるのは、塾のインターン時代に鍛えられたからかも。「英単語道場」で塾生の前に立ってトレーナーを務めることもあれば、テストの準備、掲示物の作成など、いろいろなことをやりましたから。たくさんの高校生に接して、鋭い質問にも頭をひねって答えてきたので、高校生への取材は得意です! あと、元気に働き続ける秘訣は、食べることかな(笑)。青森は、魚も野菜も、すごく新鮮で美味しいんです!

東日本大震災の経験を胸に刻んで

東日本大震災の当日は、地震の直後に局に急行。入社1年目ながら、とにかく行動しました。各自治体に状況確認の電話をし、防災対策本部に行って、得た情報を原稿に書いて、デスク(編集責任者)に上げて。翌々日の3月13日には、中継アナウンサーとして八戸市の沿岸部にも行きました。ABAのヘルメットをかぶり、腕章をつけて取材をしていると、普段はマイクを向けても恥ずかしがって去っていかれるような人たちが、「何か情報はないの?」と逆に声をかけてくる。当時はいろんな情報が飛び交っていたので、あらためて、「伝える」ということ、テレビという仕事について、考えさせられました。
震災以降、「早く、正確に伝えること」の重要性を感じています。「津波は死者をゼロにできる災害」という言葉も胸に刻まれている。テレビは、その一助ができる。キレイに読むことではなく、相手に「伝える」ことが仕事。そのために、自分がちゃんと理解して伝達することを日々心がけています。

将来の<夢>「伝える仕事」をやり続けたい

今後もずっと、たとえば結婚や出産をしても、この仕事を続けていられたら幸せ。報道という仕事に真摯に向き合っていきたい。現場に行ってこそ、説得力を持って伝えられることがあるので、どんどん外に出て取材力をつけたい。早稲田塾で学んだ「限られた期限内で最大成果を出す」心構えは、テレビの世界と通じる部分があります。早稲田塾が目指している「現役合格」はその最たるものだし、「英単語道場」も、集中と継続がテーマ。テレビにも、必ず放送日時がある。限られた時間の中で手段を尽くし、少しでもいいものを作って視聴者の方に伝えようと日々奮闘しています。
夢だったアナウンサーになれたのは、運と縁。そして、早稲田塾精神を発揮して、あきらめなかったからだと思います。今は日々めまぐるしくて、息つく間もなく、気づくと1日が終わっているなんてこともしょっちゅう。でも、そんな生活も楽しんでいます! 好きなことを仕事にできて本当に幸せ。アナウンサーを目指している人も、他の仕事を目指している人も、高校時代にしかできないことをいっぱい経験して、自分の興味や視野が広げて欲しいです。自分の好きなことを見つけたら、あとはゴールに向かって走るのみ。早稲田塾には支えてくれる人がたくさんいるので、大丈夫です。

―― 「あきらめない」ことの大切さを、熱く語ってくれた落合先輩。
どんな質問にも明るく落ち着いて答えてくれる姿は、まさに生放送で活躍するアナウンサーそのものでした。
「自分が取材を受けた後は、いつも何かしら転機が訪れるんです」とのこと。さらなるご活躍が楽しみです。

落合由佳
落合由佳
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公式ブログ
「落合由佳のゆかいな日々」

ABA青森朝日放送

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