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作家の魅力を一冊に込める編集は贅沢で、幸多き仕事

編集者 石川由美子 Special Interview #20

Profile
早稲田塾第27期生。2006年鴎友学園女子高校卒業。慶應義塾大学環境情報学部、同大学院政策・メディア研究科を修了し、2012年に株式会社中央公論新社入社。文芸局第一編集部に所属し、主に文芸書の企画・編集に携わる。
これまで担当した書籍に、浅田次郎『浅田次郎と歩く中山道』、川上未映子『安心毛布』、『発光地帯』(文庫)、柴田元幸 訳『失踪者たちの画家』、奥山景布子『太閤の能楽師』、村木 嵐『風を待つ日』、現在連載中の作品に、山本一力『ずんずん!』、三浦しをん『あの家に暮らす四人の女』など。

言葉や表現の魅力を
ひとつでも多く感じてもらいたい

今でこそ文芸書の編集という仕事をしていますが、もともとは大の漫画ファン。中学・高校時代に剣道部に入ったのは『るろうに剣心』という漫画の影響ですし、漫画研究同好会では自分で漫画を描いていました。
私は、苦しいときも楽しいときも本を読んでいて、言葉や表現によって救われることがたくさんあった。一番影響を受けたのは、漫画家の高野文子さんの作品。そこには、普通の人間の何気ない生活に潜んでいる面白味や、日常の中にこそ非常事態が起きている様子が描かれていて、「こうやって日常を見つめている人がいるんだ」と、読んで嬉しくなったんです。そんなふうに「この言葉に出あって良かった」「この表現に触れて自分の価値観が変わった」という体験を、読者の方にしてもらいたい。言葉や表現の魅力を、ひとつでも多く感じてもらえたら。そう思いながら、日々仕事に取り組んでいます。

高校時代の写真

「漫画好きの女子」から
「出版業界に資する存在」へ

高1で早稲田塾に入り、将来やりたいことを面談で聞かれたときに、私には漫画しかなかった。するとスタッフは、SFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)という場所やAOという受験方式、私の方向性にあった講座を教えてくださった。今考えると、ここで私の人生は大きく変わりました。このスタッフにすごく感謝しています。
現在の「AO・推薦入試特別講座」の前身にあたる講座では、ただの漫画好きでしかなかった私に、「漫画が好きなこの気持ちを、どうやったら世の中の問題解決につなげられるんだろう」という意識改革を起こしてくれました。そこからは、出版社に取材に行き、漫画業界の専門誌を読み、業界が抱える構造的な問題を発見して、解決策を志望理由書で提案するところにまで自力で至った。編集者として欠かせない“プロデューサー的な思考”は、このときに芽生えたように思います。
高2で始めた「論文作法〈さっぽう〉」には、大学と大学院の6年間も、インターンシップでチェアパーソン(講座の進行)として携わりました。「論文作法」では、一度文章を書いた後にディスカッションをして、その人がどんな考えのもとにその文章を書いたのか、言葉の裏側にまで潜入していく。答えの出ないテーマに向かって、真剣に取り組む生徒達を見ていて、「物事を深く見つめようとする眼差しの強さこそが、その人間の魅力なのだ」と感じました。作家の文章の良いところを探し出す視点や、作家が語る言葉の裏側に耳を澄まそうとする姿勢は、この「論文作法」で培われた部分がかなり大きいです。

名編集者との出あいから、
編集者人生がスタート

編集の仕事を目指したのは、大学4年のとき。雑誌『考える人』や『芸術新潮』の編集長をされている松家仁之(まついえまさし)さんの講義を受けて、雷に打たれたように「やるなら編集者だ!」と感じました。ゼミでは哲学を、サークルでは能楽と茶道を一生懸命にやっていて、中央公論新社の本が自分にとって身近だったことから、同社の採用試験に挑戦。入社できたのは、社長と演歌の趣味があったから、でしょうか(笑)。私は演歌が大好き。人間臭くて、情念をむき出しにする感じが好きなんです。
そして、入社して数か月後に、一冊の本を任されました。初仕事は、浅田次郎先生の長編小説に関連して企画された、中山道(なかせんどう)のガイドブック。まずは、先生のお宅にご挨拶に伺ったのですが、大御所だし、そもそも作家という存在自体がベールに包まれていたので、とにかく緊張しました。そんな私を先生は気さくに迎えてくださり、にこやかに「僕の作品は全部読んでね」と。その数、100冊近く(笑)。もちろん、全部読みました。
そうして始まったガイドブック作り。右も左もわからないまま、上司にアドバイスを仰ぎつつ、まずは目次を考えるところからスタートしました。「中山道の本なら地図が必要だな」「浅田先生にエッセイを書き下ろしていただこう」「歴史家の先生に、中山道の歴史を解説していただきたい」。次に取材先を決め、ライターやカメラマンを手配し、挿絵をイラストレーターに頼んで、本のタイトルや大きさを決めて、表紙の撮影をして……。あまりにも忙しくて、ヘロヘロの状態の中で本ができあがったときには、「はぁ~っ、仕事って終わるんだ!」と達成感でいっぱいに。けれど、喜びに浸れたのも束の間、テレビ番組の収録やサイン会の準備など、プロモーション活動が待っていた。編集者の仕事は多岐にわたることを学んだ、初仕事でした。

作家の伴走者として、
やり取りは真剣、かつスリリング

今では歴史小説やエッセイなど、さまざまなジャンルの作家さんと一緒にお仕事をさせていただいています。どの方も、プロフェッショナルとして厳しい部分がありつつ、それに関わる編集者には、とても気を遣って接してくださる。
作家は孤独です。その孤独の中で生み出された作品の“最初の読者”として、どういう印象を受けたのか、面白かったのか、どうだったのかという感想を伝えることは、編集者の大事な仕事。そこは一読者、一編集者として、言葉を選びつつ真摯(しんし)に伝えます。やり取りは、とてもスリリング。プライドやこだわり、美意識を発揮されたところを否定されたと受けとられると、逆鱗に触れることも……。でも、多くは作品の成立を第一に、真剣勝負で伝えれば、耳を傾けていただける。もちろん大変なこともありますが、普通では覗けないプライベートな部分、その作家の魂の一番柔らかい部分をチラッと見せられると、「もう~、たまらん!」っていう気持ちになっちゃう。作家の魅力を一冊の本にしていくという作業は、やっぱり面白くてやめられません。

将来の<夢>自分の大好きな世界を本にして、
若い世代に届けたい

実は今、今後の目標を失いかけているんです。ずっと会いたかった人に会えて、一緒にお仕事ができることになって、満足しすぎ(笑)。中央公論新社は谷崎潤一郎とゆかりがあり、2015年が没後50周年、翌2016年が生誕130周年というメモリアルイヤー。そこで若者に向けた本を企画したところ、ずっと尊敬していた大好きな方に、谷崎をオマージュした作品を描いていただけることになりました。夢のひとつが実現して、もう、天にも昇る気持ち。企画が通れば、会いたい人に会いに行ける、贅沢な仕事です。自分が好きなものやこだわりがある人にとって、編集という仕事は、このうえない幸多きものだと思います。
野心は他にもあります。能楽や哲学を今の若い人たちに魅力的なものとして届けたいと、日々思いを巡らせていますし、現代のフランスの小説家を自分で見つけて日本に紹介したい、という夢も。職場には、子どもを産んで、かつバリバリ本を出して楽しそうにやっている先輩が何人もいるので、もし結婚して子どもを産むチャンスが訪れたら、自分もそうなりたいな、と思っています。

―― 自分が大好きなもの、面白いと感じるものを形にするために、企画書をドンドン書いているという石川先輩。 積極性と行動力が、夢を叶える足がかりになると、感じさせてくれました。
この先、どんな本を送り出してくれるのか、とても楽しみです。

石川由美子
石川由美子
作家の魅力を一冊に込める
編集は贅沢で、幸多き仕事
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