GMなどビッグスリーの経営不安
08年12月、年内にも破綻の危機にあった、アメリカ3大自動車メーカー(ビッグスリー)への融資などを施す救済法案が、上院で事実上廃案となった。それに先だってビッグスリーの首脳は議会の公聴会で証言し、トップのゼネラル・モーターズ(GM)のワゴナー会長兼最高経営責任者(CEO)が「過ちを犯した」と認めるなど、なりふり構わぬ融資の要請をしたにもかかわらず、の結果だ。
それにしても……である。GMは07年の販売台数で、トヨタをわずかにかわしてではあるものの、77年連続世界一の会社である。それが倒産寸前の状態にあるのはなぜなのか。
確かに販売台数こそ多い半面で、近年のGMの経営状態は思わしくなかった。07年12月期決算の当期赤字は、実に約4兆1000億円。08年6月末で約5兆3000億円の債務超過状態。社債発行残高も約30兆円と巨額だ。これらの数値が何を意味するか。
4兆円もの当期赤字があるということは、販売経費などで使ってしまうお金の方が売上より断然多い状態だ。つまりいかに販売台数世界一でも、「車が売れていない」状態といえる。
こうした場合に、企業はいくつかの手段で資金調達を考える。しかしそのいずれもが難しくなってしまった。
①増資する
新たに株を発行して資本とする。しかし市場での株価がわずか4ドルでは期待できない。
②社債を発行する
株ではなく債権を発行する。でもGMはすでに約30兆円も発行しており、その評価も格付け会社によっては「投資不適格」(買ったら危ない)である。発行済みの社債でさえ信用されていないのに、新たに発行しても引受先がおぼつかない。
③お金になるような資産を売却する
そうしたくても、前述のように債務超過へ陥っている。債務超過とは、会社の何もかも売り払い、丸裸となってもなお、借金が残る状態。だから売却しても助かるわけではない。
④銀行から借りる
①②③のような状態の会社へお金を貸す勇気のある金融機関は少ないだろう。
というわけで、GMはもはや、お国へすがるしか仕方ない状態にあるのだ。そこから何も得られないと、「連邦破産法11条適用申請」が現実味を帯びる。「破産法」といってもこの世からこつ然とGMが消えてしまうわけではなく、日本でいう民事再生手続きに入ることを意味する。ただその副作用は甚大だ。
おそらく、発行済みの株と約30兆円の社債は紙くず同然となる。ということは、株主や社債の買い手が大損害をこうむる。社債の多くは米大手商業銀行が保有していると思われ、それらの経営もまた傾く。そのリスクを分散するため、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)などの保険のようなものをかけている場合も多い。では安心かというとそうではなく、社債などが紙くずとなれば、今度はCDSなどを発行している保険会社などが経営危機に陥る。
もちろんGMで働いている人の多くが職を失うか、大幅な待遇悪化に見舞われる。自動車産業はすそ野が広いので、部品会社など関連会社の経営も危うくなる。製品をGMに収めたまま、まだ品代が支払われていない場合は、支払われるのは期待薄となろう。
77年連続世界一の自動車会社がかくも無残な状況になった理由は、おおむね次のようにみられている。近年GMの人気車種は、ピックアップトラックやスポーツ用の多目的車(SUV)といった、軽トラックに類する車であった。それらは大型車であるのでガソリンを多く使う。ところがガソリン価格の元締めである原油価格は、2004年頃からハッキリとした上昇局面を迎え、08年前半は異常な値上がりをみせた。当然のことながら、燃費が悪い大型車の人気は下降する。そこに07年後半頃からサブプライムローン危機がアメリカを覆い、「借金して消費する」という生活モデルが立ち行かなくなった。サブプライムローンは住宅ローンだが、自動車も多くはローン(つまり借金)で買い、その値段も庶民の感覚では住宅の次に高い買い物である。08年半ばからは売上不振がハッキリとした形で表れてきた。
要するにGMの危機は、サブプライムローン問題をきっかけとする金融不安が決定的だったとはいえ、兆しは以前からあったのだ。
GMの退潮と合わせるように、小型で燃費のいい日本車の進出が、1980年代にはハッキリみられた。ガソリンエンジンそのものへの懐疑や、環境対策を講じるのも遅れを取った。その間に日本のトヨタは、ガソリンエンジンと電気モーターを併用するハイブリッド車の開発に力を入れる。ハイブリッドは酸素と水素の化学反応で走らせる燃料電池の完成までの中継ぎとの意味合いもあり、大きなエネルギー発生源をコンパクトにまとめるという、自動車エンジン特有の壁を越えて実用・大衆化しようと研究開発を続けている。
他社との提携チャンスも逸した。06年2月、GMが05年決算で1兆円近い当期赤字を計上し、保有していた日本の軽自動車メーカーであるスズキ株20%の大半を3月に、同じくいすゞ自動車株7.9%のすべてを4月に、それぞれ売却した。すでに05年10月には富士重工業株20%の売却に踏み切るなど、GMがかつて世界戦略として展開してきた日本車メーカーとの提携を相次いで解除・縮小した。
この頃に、GM株の約10%を握る大株主、カーク・カーコリアン氏がオーナーを務めるトラシンダ社が、日産自動車・ルノー連合と資本提携しての立て直しを提案し、日産・ルノー連合を率いるカルロス・ゴーン最高経営責任者(CEO)は大乗り気で応じた。自力での再生を図りたいGM・ワゴナー会長も、大株主の意向を無視できずに7月14日に会談し、提携した場合の効果を90日かけて検証し、どうするのかを決めると合意した。
しかしこの話は、ゴーン氏が部品を共同購入するなどして1兆円以上のコストが削れると積極的に提案したのに対して、ワゴナー会長が最後まで疑問視、さらにGM側が日産・ルノー連合と提携することによって奪われる、他のメーカーとの提携機会への巨額補償金を求めてきたために、結局は10月に決裂した。
ひん死の状態だった日産自動車に、ゴーン氏が施したような徹底したコストカットを、GMにされてはかなわないとの思いもあっただろう。提携といいながら、カーコリアン氏と組んで経営権まで奪われるのはゴメンだ、との不安も隠しきれなかった。
ゼネラル・モーターズを直訳すると「全体的な自動車たち」。その成り立ちはまさにその通りで現在は車種として名を残しているビュイック社、キャディラック・オートモビル社、シボレー・モーター社、オペル社などが合併、買収によって1つの会社になった。したがって車種の多様化と国際化の意欲も盛んで、日本にも戦前の1927年に日本ゼネラル・モータースを大阪に設立した。当時はフォードのT型とGMのシボレーが日本における乗用車の代表格で、国産メーカーはまったくかなわなかった。元々は多様で柔軟な社風だったのがいつの間にか変わってしまったのだろう。









