進まない日本の臓器移植と海外からの反発
日本で臓器移植が得られない患者が、海外で移植手術を受けるケースが国際的な問題となっている。
08年4月、フィリピンが外国人への生体臓器移植を原則禁止する方針を発表した。厚生労働省研究班が実施した心臓、肝臓、腎臓の海外渡航移植に関する最終報告によると、06年の腎臓移植は198人で、渡航先は中国が最も多く、次いでフィリピンの30人だった。
中国などでの移植には、日本移植学会が倫理指針で禁止する臓器売買にあたるとの指摘や、死刑囚からの提供も問題化している。批判を受けて中国衛生省は06年3月、臓器売買などを禁じる新規定を発表した。
1997年に制定された「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)は、脳死した者から移植目的で臓器を摘出するのを認めたが、腎臓は肝臓や心臓とは異なって、心臓死の遺体からでも取り出して移植できる。しかし臓器移植法が6条で「臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。以下同じ。)から摘出することができる」と、心臓死と脳死を「人の死」と同列にした上で手続きを厳しく定めたために、腎臓提供者は法制定以前よりかえって減少するとの皮肉な事態を招き、慢性的なドナー(提供者)不足に陥った。
「死体」からの提供が間に合わないならば、「生体」からの移植という流れも生じた。心臓は無理だが肝臓は再生力が高いため、ドナーを「原則親族」として、89年11月に島根医科大学(現在の島根大学医学部)で初の生体肝移植が行われた。また腎臓は人体に2つあり、1つだけでも機能を果たしうるために生体移植が可能だ。
ただし生体移植は、何の病気でもないドナーにメスを入れる倫理的問題や危険、親族だからという理由でドナーを強要される雰囲気の発生、そしてさまざまなしがらみから、親族でない者の臓器売買を誘発する可能性がかねがね指摘されていた。
腎臓の具合が悪くなるとどうなるか。動物は外部から栄養分を取り入れ、不要物を排出する。ここで重要な役割を果たすのが腎臓で、ここが機能しなくなると尿などの形で不要物を出せなくなり、人工透析という療法に一生頼らなければならない。技術はかなり進歩したものの、2日に1回程度病院に通い、数時間かかる。移植手術を受けてこうした苦痛から解放されたい患者は実に多い。
そうしたなか、宇和島徳洲会病院で、病気として取り出した腎臓を腎移植を待っている他人に提供するという行為が、06年に明らかになった。
事実が分かった当初は批判が多かった。病気とはいえ、他人に移植して健全に働く腎臓ならば持ち主に戻すべきだし、そうでないならば移植に使うのも不適切だとの正面からの反論がある。心臓や肝臓と違って、人工透析という代わりの手段が存在するともいえる。厚生労働省は07年、病気腎移植の原則禁止を臓器移植法の運用指針に盛り込む。日本移植学会などの関係団体も、医学的妥当性を否定する見解を発表した。
しかし前述のように、臓器不足と生体からの移植に関する法律の未整備という現状から、医師が「苦しむ患者のために」と実行した行為だけに、簡単に割り切れない何かが残った。
解決への動きはある。06年3月には脳死を一律に人の死とする今の原則を保った上で、本人が拒否しない限り家族の同意で提供可能となる案と、一律に人の死とせず、提供可能年齢を15歳以上から12歳以上に下げる、臓器移植法改正2案を議員有志で国会に提出し、提供者を増やすのを目指した。08年5月には、病気腎移植を検討していた国会議員グループが、条件付きで認めるべきとの見解をまとめた。
しかし具体的な解決にはいまだ至らない。臓器移植法に基づく50例目の脳死臓器移植が実施されたのが06年12月17日。同法施行の1997年10月から10年目での歩みは、やはり十分とはいえない。
だからといって外国へ行って臓器移植を受ければ「日本人が金にモノを言わせて外国人の臓器を奪っていく」といった、誤解かもしれないが、十分に説得力のある反論を覚悟しなければならない。他国へ日本の臓器移植法の歴史や日本人の死生観などを説いてもむだである。一方、宇和島徳洲会病院で病気腎移植を行った医師の論文は、08年の全米移植外科学会で高い評価を受けた。
最近は提供者の増加傾向も現れてきた。社団法人日本臓器移植ネットワークがまとめた06年の「臓器移植に関する提供件数と移植件数」によると、06年の、脳死からの臓器提供件数は10件で、初めて2けたに乗り、腎臓の提供は110件を数えるまでになった。
このデータは(http://www.jotnw.or.jp/datafile/offer.html)でみられるので参照してください。









