女性天皇と女系天皇
まず定義から。
・女性天皇の資格……皇統に属する男系の女子(現在は内親王)→歴史上8人の例あり
・女系天皇の資格……皇統に属する女系の男子または女子(現在は内親王の子)→かつて存在せず
歴史上8人いた女性天皇を列挙すると次の通り
33代推古天皇……欽明天皇の子で用明天皇の妻
35代皇極天皇……皇族(敏達天皇の孫)の子で舒明天皇の妻。子に天智天皇と天武天皇
41代持統天皇……天智天皇の子で天武天皇の妻。孫に文武天皇と元正天皇
43代元明天皇……天智天皇の子で皇太子(即位前に死去)の妻。子に文武天皇と元正天皇
44代元正天皇……皇太子(即位前に死去)と後の元明天皇の子。未婚
46代孝謙天皇……聖武天皇の子。未婚
109代明正天皇……後水尾天皇の子。未婚
117代後桜町天皇……桜町天皇の子。未婚
このように「女性天皇」はすべて皇統に属する男系の女子であり、子のある皇極天皇と持統天皇、元明天皇はすべて「皇統に属する男性」の妻だった。つまりその子は厳密に言えば「皇統に属する女系の男子」でもあるのだが、それ以前に皇統に属する男系の男女である。
この中に現在と似た例はあるだろうか。奈良時代の直前の42代文武天皇が25歳の若さで世を去って、残された1人の男子(皇子)はわずか6歳。そこで文武天皇の妻の元明天皇と、子で皇子の姉の元正天皇が相次いで女帝として即位して成長を待った。その皇子が45代聖武天皇。
元明天皇は天智天皇の子でもあったので、元正天皇ともども女性ではあっても「皇統に属する男系」ではあった。こうして「皇統に属する男系の女子」である「女性天皇」が皇位の中継ぎをした。これがギリギリ似ている。しかし相違点も多い。何より皇太子殿下と文仁親王が壮年であり、かつご壮健なのが大違いである。
それに対して女系天皇は歴史上例がない。皇統に属する男性を夫としなかった女性天皇は、いずれも生涯独身だった。ちなみに「男系」のみならず「女系」を認めたらどうかという議論は06年の始めに展開されたものの、悠仁親王ご誕生で急速にしぼんだ。
女系天皇が難しいのは単に例がないからだけではない。最大の問題の一つは、現在の内親王、すなわち「皇統に属する男系の女子」が女性天皇として即位して、そのお相手(夫)をどこから探してくるかである。
一つのアイデアとして、現在は皇族ではないけれども、「皇統に属する男系の男子」であるには違いない血筋から見つけてきたらどうか、という議論があった。具体的には1945年の太平洋戦争敗戦後に皇籍を離脱した、旧宮家の男子である。もう一度皇族へ復帰して宮家を創設し、「女性天皇」との間で男子が生まれれば「皇統に属する男系の男子」が継続できる。
そのためには皇室典範の
【第15条】 皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない
を変えねばならない。旧宮家の子孫といえども、今は「皇族以外の者及びその子孫」なので。
改正しても問題は残る。旧宮家はすべて北朝3代崇光天皇(在位1349年~1351年)の子孫。崇光天皇の曾孫は102代後花園天皇でもあるので、敗戦まで約600年間「皇統に属する男系の男子」はつないできた。ただし前述のように、戦後は民間人として暮らして60年以上経ち、直系の崇光天皇まで約650年もさかのぼらなければならない。だから「そこまでして……」との異論がある。
ちなみに海外ではどうだろうか。最も有名なのがイギリスのエリザベス2世現女王だ。その夫であるエジンバラ公フィリップ殿下は、ギリシャ王室の出身でギリシャ国王の孫である。子に王位継承1位のチャールズ皇太子がいる。
このように、外国の王室から「皇配」「皇婿」と称される男性を向かい入れるという方法が理論的にはある。しかし現実問題として、「女性天皇」の夫に外国の王室出身者がなり、その子が皇太子になるという話を、日本人が受け入れるとは到底思えない。









