オバマが目指す「核兵器のない世界」
アメリカのオバマ大統領がチェコの首都プラハで行った演説が注目されている。オバマ大統領は「アメリカは核兵器のない世界に向けた具体的な措置を取る」と明言し、まず自国が核兵器削減の努力を行い、かつての冷戦のライバルだったロシアの核兵器削減のための条約を考案する。さらに包括的核実験禁止条約(CTBT)批准にも進みたい。核の対立は冷戦の遺物であり、アメリカは核兵器を実際に使った唯一の核保有国ゆえに、こうした行動をする道義的責任がある、と。
最大級の保有国であるアメリカのトップが、核廃絶へ向けここまで踏み込んだのは異例である。
オバマ演説にもあるように、核兵器の恐ろしさを世界に示した場は日本だ。1945年8月6日に広島へ、9日に長崎に、それぞれ太平洋戦争の敵国であった米国から投下された原爆は、世界中にその威力と米軍の強さを見せつけた。
この事実でもわかるように、当時唯一の核兵器保有国は米国だった。同年に誕生した国際連合は核兵器の猛烈な威力を懸念して、平和利用にのみ限定する国連原子力委員会を設置し、管理しようとした。しかし、新たに国際機関をつくって核兵器管理を一元化させようとした、バルーク同委員会アメリカ代表の案は、旧ソ連に反対されて失敗する。
このバルークが、「冷戦」、つまり米ソ軍事超大国の戦火を交えないにらみ合い、という言葉の生みの親であるのと考え合わせると、91年のソ連崩壊まで続いた「冷戦」は、そもそも核兵器の保持が出発点となる。その後、米国&欧州西側陣営とソ連&欧州東側陣営は次第に鋭く対立。49年にはソ連が核実験に成功して米国の核独占が崩れる。
このようななかで、核兵器の拡散を防止し、原子力の平和利用を目指す米国のアイゼンハワー大統領が、「国際原子力機関」(IAEA)設立を提唱、57年に国連の一機関として設立された。ウィーンに本部を置く。原子力の軍事転用を検証する作業の他、原子力発電など平和利用を目的とした核関連技術の研究・開発を手掛ける。以後は北朝鮮、イラクなど核技術の軍事転用が懸念される国々で、査察や監視活動を続けてきた。140を超える国が加盟し、日本は設立当初からのメンバー。エルバラダイ事務局長(エジプト)は1997年12月に就任以来、3選して現職にある。職員数2200人。
一方、日本の状況は。51年のサンフランシスコ講和条約で独立を回復したのと同日、日米安全保障条約に調印。この最初の安保条約では事前協議も随時協議もなく、アメリカがその気にさえなれば、在日米軍基地から米軍が「極東」のどこかと一戦交えることが理論上可能だった。
日本がソ連との戦争状態を一応終えたのは56年の日ソ共同宣言だから、ソ連が対日参戦(45年8月9日)してから11年間、日ソは交戦国のままであり、49年から8年間は核兵器をいつ繰り出されるかわからない関係にあり、51年安保条約から6年間は米ソ冷戦の真っただ中で危険な状態だった。
しかも91年のソ連崩壊まで、日本は基本的に冷戦構造の米国側にいたので、通算して42年間、日本は旧ソ連の核に脅えていた計算になる。
また、同じく日本の交戦国であった中国も64年に核実験に成功した。72年の日中共同声明で、「不正常な状態」の「終了」が宣言されるまでの8年間は、形式上は交戦中だった中国が、核を持っているという状態だったわけだ。
つまり、日本は戦後の非常に長い時期に中ソ両国の核にさらされており、ある時期までは交戦状態のまま放置してきた歴史がある。
その間、イギリスは1952年に、フランスは60年にそれぞれ核実験に成功。中国が64年に成功したことで、第二次世界大戦のいわゆる「戦勝5大国」は皆、核兵器を保有した。
他の国々でも核保有の意思を示すところがあり、68年に国連は核兵器拡散防止条約(NPT)を採択、各国に批准を求めつつ70年に発効した。NPTとは核拡散を防ぎ、究極的な核廃絶を目指す国際的な条約で、現在190か国が加盟。「1967年1月1日以前に核兵器を製造し爆発させた」米・露・英・仏・中だけを核兵器保有国として認める。核拡散防止を加盟国に義務付ける一方で、核の平和利用を「加盟国の権利」と規定している。保有国には核軍縮交渉が義務付けられている。1995年に条約の無期限延長と5年ごとの再検討会議開催を決定した。
ちなみにIAEAは、ともすればNPTの守り神と思われがちだが、上記に示したように歴史上の経緯ではIAEAのほうが先輩である。
もっとも、NPTは5大国以外の「核兵器」が他国に「拡散」するのを「防止」する「条約」で、決して「核兵器廃絶条約」ではない。そこで五大国だけを保有国とするのは不平等条約だ、との批判が当初からつきまとっていた。
最も不満だったのは、隣国パキスタンとの紛争を抱えるインドで、74年には核実験を行った。1998年にも実験を成功させ、対抗するようにパキスタンも実験成功。現在は事実上の核保有国とみなされている。
他にも第二次世界大戦中から核兵器の開発を進めてきたスイスは1988年に、スウェーデンも70年にNPTを受け入れてそれぞれ非核化した。
また南米の2大国であるブラジルとアルゼンチンも開発を進めていたが、ブラジルは88年に、アルゼンチンも90年に開発をやめたと宣言して終えた。
また中東のイスラエルは、現時点で核保有が確実とみられているが、同国は公式には認めていない。
アフリカ大陸南端の南アフリカは、70年代頃から高まった、アパルトヘイト(人種隔離政策)への国際的非難に対抗するように、77年に核実験を行ったが、80年代後半に同政策を退け、国際社会に復帰する要件として保有核兵器をすべて廃棄したとされる。
つまり
①NPTは不平等条約との反論を避け得ず、それを核廃絶に向かわせようとの自助努力が現保有国には足りない
②5大国以外にも核保有国は存在し、同時に核兵器を放棄したり開発を中止した国も、かなり存在する
という事実を踏まえると、NPTで保有を認められた国自身の態度が、あらためて問われている局面ともいえよう。









