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北朝鮮の制裁決議を決めた「国連安全保障理事会」とは何だ

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連載コラム、「北朝鮮の核実験と安保理新決議の行方」(http://www.wasedajuku.com/wasemaga/bando/2009/06/post_30.html)で述べた制裁決議が09年6月、国連安全保障理事会(安保理)で採択された。改めてこの安保理および国連の歴史を振り返っておく。

「国際連合」とはUnited Nationsの日本語訳。ではUnited Nationsとは何かというと、第二次世界大戦で日本が戦った「連合国」の名称でもある。大戦の勝利が見えてきた1944年のダンバートン・オークス会議で、米国、イギリス、中国、ソ連(現在のロシア)が集って、大戦後の枠組み作りで合意をみた。45年2月に、米国、イギリス、ソ連によるヤルタ会談で安全保障理事会のあり方などを決めて、4月からUnited Nations加盟国が大半を占める50か国がサンフランシスコに集合して、6月に国連憲章を採択、10月に発効して発足した。

その間、日本は何をやっていたかというと、United Nationsと交戦中だった。ヤルタ会談は同時に、日本への参戦をソ連にうながす協定を結んでもいた。6月の憲章採択と10月の発足の間の8月15日に敗戦。United Nationsによる占領を受けた。

つまり日本にとって、United Nationsは敵だったのだ。したがって、発足時点で入れてもらえるはずもなく、51年のサンフランシスコ講和会議で独立が承認され、56年の日ソ共同宣言で、ソ連が「国際連合への加入に関する日本国の申請を支持する」、つまり安保理常任理事国が持つ拒否権を発動しない、と確認して同年末に加盟できた。

ちなみに常任理事国とは、安保理に「常」に「理事」として参加しているアメリカ、イギリス、フランス、中華人民共和国、ロシアの5か国で、他の理事会の出席国がすべて賛成でまとまった案件でも、常任理事1か国だけが「NO」といえば、何も決まらない仕組みを指す。

日本の加盟交渉では、常任理事国のうち米国、イギリス、フランスはサンフランシスコ講和会議に出席して条約に調印していたので、拒否権行使の心配がなく、中国の議席は現在の台湾(中華民国)が持っていて、台湾とは52年の日華平和条約締結で戦争状態の終結をうたっており、また台湾は49年に大陸に建国された中華人民共和国が、同じ共産国家としてソ連と友好関係にあったのに対抗して米国寄りにいたため、拒否の心配もなかった。残る壁が旧ソ連だったのだ。

さてUnited Nationsをどう訳すかである。「連合国」では敗れた敵の名で、いかにも体裁が悪い。というわけで「国際連合」との説もある。

他方、United Nationsであり続けているというのが国連の問題点でもある。元々が戦争に勝つための連合だったので、平和時の組織になっても名残が多々みられるのだ。その典型的存在が安保理で、最高採決機関であるべき総会よりも時に優越する。安保理は「戦争にお墨付き(いい戦争)を付けられる唯一の国際組織」ともみなせる。「国際平和と安全の維持についての主要な責任」を果たすための決定権は、国連総会より優越し、主に国連憲章下で「平和と安全」が脅かされそうな諸問題を扱い、最後は軍事的強制措置の発動を決議して、加盟国に参加を求めるまでできる。

そこで常任5理事国が拒否権を持つという構成も、大戦からの名残といえよう。この5か国は第二次世界大戦戦勝5か国および、その後継だからだ。厳密にいえば、中国は前述のように台湾(中華民国)から中華人民共和国へ、1971年に代表権が移動した。ロシアもまた前述通り、ソ連崩壊後の後継である。またフランスは、1958年に第四から第五共和制へ移行している。

さて、近年「国際貢献」を目標に掲げてきた日本としては、常任理事国の地位を得たいとの意思表示をこれまで何度かしてきたが、さまざまな経緯でかなっていない。

実は国際機関の常任理事国になった経験が日本にはある。1920年に、第一次世界大戦講和条約だったヴェルサイユ条約発効と同時に成立した、国際連盟である。結成時からの常任理事国で、新渡戸稲造が事務局次長の要職にあって活躍した。

ところが、この地位を日本は自ら投げ捨ててしまった。1931年に中国奉天(現在の瀋陽)郊外で発生した柳条湖事件をきっかけに、軍事行動を始めた日本軍は翌年、中国東北部に「満州国」建国を宣言するが、中国側の異議が国際連盟に出されて、イギリスのリットン卿を団長とする調査団が派遣された。その報告書では、日本が主張していた「自衛」は認めなかったものの、「満州国」の自治は許すなど日本寄りとも取れる内容だった。

にもかかわらず、33年に開かれた国際連盟臨時総会で、報告書に基づく勧告案が採択されたのを松岡洋右首席全権は嫌って退場。そのまま国際連盟脱退を宣言してしまった。

先の大戦のスタートを、柳条湖事件からカウントする識者は多い。となると、日本はその最初に国際連盟から勝手に抜けて、途中からは後の国際連合と戦闘状態に入って負けたとなる。この史実から、日本の常任理事国入りに違和感を抱かれてもおかしくはない。

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著者紹介

【坂東太郎】

毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師。 現在、日本ニュース時事能力検定協会監事を務める。 著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。 早稲田塾の「AO・推薦対策講座」および「論文作法」を担当。

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