イラク自衛隊派遣とさっぽろ雪まつり
10年も、2月に札幌、というよりは北海道を代表する「さっぽろ雪まつり」が開催される。このお祭りがイラクへの自衛隊派遣でピンチに陥ったことがある。意外な取り合わせなので紹介したい。
イラク復興業務支援として04年に派遣された陸上自衛隊北部方面隊第2師団(旭川)と第11師団(札幌)のうち、第11師団が地元札幌ということもあって、名物の大きな雪の像を製作したり大量の雪を輸送するなどの協力をしてきた。そのうち1日約1000人が雪の像を製作していて、派遣の年である04年2月5日から始まる雪まつりでは、9基中7基が製作予定だった。
それ以前にも、北海道新聞が、雪まつりのメーン会場となる陸上自衛隊真駒内駐屯地にある「真駒内会場」の自衛隊共済売店の存在が、国家公務員共済組合法に触れる可能性があると報じたこともあって、協力を縮小しようという動きがあった。結局、長く親しまれてきた真駒内会場は、05年を最後に終止符を打った。
雪まつりは、1950年に中・高校生が6つの雪像を作ったことをきっかけに始まり、市民による雪像が中心だった。転機は55年に自衛隊が参加して、大規模雪像が生まれてから。ここで全国的な人気を得るようになる。このように、まつりの人気と自衛隊は切っても切り離せない歴史があるのだ。
同時に、市民参加で始まったのだから、自衛隊の協力が無理だとしたら、その時にこそ本来のボランティア中心のまつりに戻ればいいじゃないかという指摘も以前からあり、11師団の縮小計画が浮上した時も、真駒内会場から現在の場所に移ってからも試みられたものの、ことはそう簡単ではない。名物の大きな雪の像は、高さだけで10メートル以上という巨大さで、素人の手になかなか負えない。実際、大きな像をボランティアで造る試みをしてはみたものの、相当な無理があったようだ。
ところで、なぜ自衛隊は大きな雪の像を造る技術を持っているのか。一見すると任務との間に何の関係もないように見えて、実はある。それは「野戦築城」という技術だ。
野戦とは、とりでの攻防や市街での戦いではない平原や野山での戦いを一般に意味し、そこで何の備えもなく戦えば不利になるので、利用できる材料を駆使して防御施設を築き、敵襲に備えるのが「野戦築城」。この要素が自衛隊の重要な訓練項目になっているからこそ、大きな像を造る技術が彼らにあると同時に、雪まつり自体が訓練にもなっているわけだ。
ついでに陸上自衛隊が海外派遣された場合、どのような能力が必要かも考え合わせてみたい。イラク派遣の際に政府は「安全な場所に派遣して主に人道援助を行う」といった見解を繰り返した。野党側が「イラクのどこが安全なのだ」と問い詰めても、状況を見極めるというばかりだった。
米国のイラク進駐軍が襲撃される出来事が続いて、米軍自体がまだ戦闘状態であることを事実上認めているイラクの地には、論理的に安全な場所はあり得ない。安全ではあり得ないところの、安全な場所に派遣するという矛盾した論理を可能にする答えはただ一つ、「自衛隊の派遣された地域だけは安全にする」ということだった。テロリストらが爆弾を積んだ自動車で突入してきても大丈夫なようにしておくこと、といってもいい。だとしたら「築城」が最初に浮かぶ方法だろう。つまり第11師団が雪まつりで証明している「野戦築城」の技術を用いて防御施設を造り、虫一匹入れない態勢を組めば政府の顔が立つというのだ。ヤドカリのように閉じこもっていて派遣の意味があるかとの批判も、ある意味当然だったのだ。
いずれにせよ、雪まつりと自衛隊の海外派遣という2つの出来事のなかに「野戦築城」という共通のキーワードがあることは、事が事だけに少し不謹慎な言い方だが「面白い」といえよう。









