サクラの開花予想と靖国神社
気象庁は09年12月「さくらの開花予想の発表終了について」との報道発表を行い、 「当庁でこれまで行ってきた応用気象情報としてのさくらの開花予想の発表につきましては、来春から行わないこととします」とした。
気象庁は1955年から毎年3月~4月にかけて、ほぼ全国の気象台などが観測しているサクラを対象として、開花予想の発表を行ってきた。
それをやめる理由として「最近では、全国を対象とした当庁と同等の情報提供が民間気象事業者から行われています。このため、当庁でこれまで行ってきた応用気象情報としてのさくらの開花予想の発表につきましては、来春から行わないこととします」としている。
これについて10年2月に行われた気象庁長官の記者会見で、
「桜の開花予想をやめるときに気象庁からご説明させて頂いていますが、気象庁が桜の予想を始めたのは皆様からの要望に応えてやってきたからと思います。しかしある時期、桜の予想が気象庁としてやる仕事なのだろうかと疑問詞がついた時期があり、我々としては民間の方がやっていただけるならそれに越したことは無いと思ったわけです。が、当初はなかなかやって下さるところも無さそうな雰囲気が続いておりました。そこで、我々もやり方を工夫し、効率化をして続けるという経緯をたどってきましたが、ここ数年、民間気象事業者の方が開花予想を出すようになりました。それが私どもの出す予想と予測精度の上で拮抗するような状況になってきましたので、これはもう民間の方のお力で十分やって頂ける分野だと思って、私どもとしては開花予想をやめた次第です」と答えている。何とも奥ゆかしい話だ。
ところで、多数あるサクラのなかで「これで開花だ」と決める手段は何か。開花の基準となる標準木を定め、気象庁の職員が調査して決めてきた。
東京の場合、多くの植物データは気象庁の敷地にある。ウメ、ツバキ、サルスベリ、タンポポ、ヤマツツジ、ノダフジ、ヤマハギ、ススキやアジサイなどのほか、カエデの紅葉やイチョウの発芽も観測対象となっている。植物は14種類だ。他にもウグイスの初鳴きや、シオカラトンボを初めて見つけた日なども記録に付けている。
このうち敷地外でデータを取る植物はサクラ、イチョウ、シダレヤナギである。もっともイチョウとシダレヤナギの観測地は、気象庁の敷地から一本通りを隔てた清麿公園だから、「ほぼ敷地内」といっていい。昆虫や鳥も気象庁のある大手町周辺で観察している。
ではサクラは? 多くの人が「サクラの開花」といってイメージするソメイヨシノの標準木は、気象庁から直線距離で1.6キロ離れた靖国神社にある。
なぜなのだろうか。気象庁付近にソメイヨシノがないというならばともかく、すぐそばには平川門近くにみごとなサクラがあるし、そこから皇居東御苑に入ればサクラだらけである。
この件について以前、気象庁に問い合わせたら「開花の基準となる標準木が、どうして靖国神社のサクラとなったかは、残念ながら記録がありません。サクラの観測も、1990年に本庁から東京管区気象台に管轄が移ったりしていますので……」と担当者の弁である。
さらにいえば、観測を始めた際の標準木がどこであったかさえハッキリしないという。ちなみに靖国神社のサクラが標準木になったとの明確な記録は1966年からだ。その2年前の64年ごろに、庁舎の建て替えがあったのと関係があるのかもしれないとのことだった。もしかしたら、当初は気象庁敷地内で設置していた標準木が庁舎の建設で失われるなどして、靖国神社へ引っ越したのかもしれない。ただし証拠はない。
さて、桜の開花は南から順に北上していき、開花予想に使われるサクラはソメイヨシノ以外にヒカンザクラ(緋寒桜)もある。このサクラは、沖縄など南部に分布している。標準木としてヒカンザクラを使用しているところは、名瀬、与那国島、石垣島、宮古島、久米島、那覇、南大東島の7ヶ所。それ以外の場所ではソメイヨシノが使われている。
ここで元へ戻ってなぜ靖国のサクラなのかを関係者の証言などから推測してみる。
・靖国は毎日入れるなど観測しやすい場所である
・同じくサクラの名所である上野だと、多数の人が土を踏み固めてしまうので正しい観測ができにくい
・気象庁敷地内にあるソメイヨシノはまだ若い木で、咲く日が安定しない
などである。
次の問題。靖国神社のサクラから選ばれる標準木の基準は何だ。どうやら気象台で「これだ」と決め、そうと神社に伝えて協力してもらうという形のようである。
このように長年、開花を告げてきた靖国のサクラは「なぜ標準木になったのか」の謎が明らかにならないまま、標準木としての使命を終えた。









