普天間飛行場移設問題
1995年、在沖縄のアメリカ海兵隊員3人が、12歳の女子小学生に乱暴し傷を負わせた。この後の在沖米軍の態度も相まって、沖縄県民の反基地感情が爆発する。これを受けて96年に、当時の橋本龍太郎首相が駐日大使との間で「普天間飛行場の返還」で合意した。実はこの「返還」には、普天間の機能が十分に運用できる移設先が完成した後という但し書きがあった。しかし当時から今に至るまで、「返還」ばかりを主な政治家が口当たりよく言い募ってきた感は否めない。
ところで普天間飛行場は海兵隊が使用している。少女に乱暴したのも海兵隊だった。その意味で「沖縄から海兵隊が出ていってほしい」と県民が考えるのも無理はない。さて海兵隊とは何だろうか。
同じような名称を持つ集団は他国の軍隊にも多くみられる。ただ米軍のそれは独特だ。通常、軍というと陸軍・海軍・空軍の3軍を指す。米軍はこれに加えて「海兵隊」が独自に存在し「4軍」とも呼ばれる。
アメリカ海兵隊(以後は単に「海兵隊」とする)はいくつかの任務を持つ。その代表的な能力は、戦闘状態へ陥った際に真っ先に敵前へ乗り込んで、勇猛果敢に活路を切り開いていく「最前線への殴り込み」だ。その役割は他でもない、日本と米国などが戦った太平洋戦争で、硫黄島や沖縄戦でも遺憾なく発揮された。
こうした役目を果たすために、海兵隊は独自の航空兵力を持っている。攻撃機や爆撃機、軍用ヘリコプターなどだ。そのための飛行場が普天間である。当然ながら地上戦を戦うので、陸軍的な要素も強く、沖縄では数ヶ所に「キャンプ」の名称で配属されている。普天間の移転先の候補とされる「キャンプ・シュワブ」もその1つである。船舶も保有している。ただし軍用の場合は海軍と連携する。
こうしてみると海兵隊は、それ自体が陸海空の条件を合体させたような存在であり、ゆえに常に最前線で真っ先に展開できるのである。
現在、問題となっている「普天間飛行場の返還」は、したがって「返還」の条件を満たす代替地をどこかに見つけてこなければ実現しない。09年の総選挙で民主党など現与党は、「県外・国外」を沖縄県民へ公約した。だからその線に沿って「県外・国外」の代替地を見つけて、10年5月末までに決着させると鳩山由紀夫首相が約束したので「そうしなさいよ」という話である。別に米軍や米国が要求したわけではない。
うち「国外」は外国となるので、日本側が勝手に「お前が引き受けろ」と決められるわけがない。県外も沖縄県を除く46都道府県のどこかであり、そこの同意なくして進められもしない。
誤解されがちなのはこの点だ。つまり日本側は「普天間にいる海兵隊は出ていけ」と主張しているのではなく、アメリカとの約束通り代わりの場所を探しあぐねているのである。
もしアメリカが心配しているとすれば、普天間の移設とセットで進められる予定の在沖海兵隊約8000人のグァム島移転など、在日米軍再編成の設計図が崩れることであろう。また米側は、普天間移設先はどこでもよいが、先に書いたように海兵隊は陸海空が一体になったような存在なので、その機能を損なう案は飲めないはずだ。
もし「海兵隊は皆沖縄から出て行け」という態度を日本が取れば、多分米軍はその通りにする。海兵隊も米本土が引き受けるであろう。フィリピンはアメリカと相互防衛条約を結んでいる。それでも1990年代にフィリピン側からの要請もあって、クラーク空軍基地とスービック海軍基地から撤退した。海兵隊そのものが時代遅れという指摘はかねがねなされてきた。
いや、とんでもない。海兵隊があるからこそ周辺国への重しになっているのだ、という「海兵隊抑止力」論もまた存在する。日本は周辺諸国とことごとく領土問題を抱える、世界でも珍しい国だ。また核実験を行い、世界に脅威を与える北朝鮮や太平洋方面に海上・海中の軍事力を増大させている中国の存在もある。もし日本から「最前線への殴り込み」部隊がいなくなったら、こうした国々が勢力を伸張させてくるかもしれない。海兵隊は米国内でさえ常に「時代遅れ」論が問われ、何度も廃止されそうになりながら、後に活躍している歴史があるとの反論ができる。こうした「そもそも論」がほとんど論じられていないのは問題だろう。
なお沖縄の基地問題を所管するのは基本的に官房長官である。米軍基地を、県内にせよ県外にせよ移すとなれば、多くの国家機関が関わる。旧防衛施設庁の任務を引き継いで米軍施設および区域の事務は防衛省。外国との約束ごとをしてくるのが外務省。基地交付金は総務省の所管。このように案件が多岐に渡るのと、国内問題であると同時に国際問題でもあるという特殊性から、各府省庁の頂点にある内閣官房(俗に「官邸」)の事務を任される内閣官房長官が担当するのが通例である。「普天間飛行場の返還」も、当時の橋本内閣で官房長官を務めた梶山静六氏が奔走した。
もちろん「官邸」の主は首相であり、官房長官はその事務を司るにすぎない。したがって米軍基地移設問題の責任が、最終的に首相にあるのは間違いない。









