1. 【早稲田塾】大学受験のための塾・予備校
  2. 坂東太郎のこれだけは知っておきたい高校生のニュース常識 【早稲田塾】
  3. アフガニスタンのラバニ元大統領暗殺

坂東太郎のこれだけは知っておきたい高校生のニュース常識 【早稲田塾】

アフガニスタンのラバニ元大統領暗殺

mixiチェック

2011年9月、アフガニスタンの元大統領で高等和平評議会議長のラバニ氏が暗殺された。どうやら自爆テロに遭ったらしく、タリバンの犯行とみられている。

暗殺される以上、する側(タリバン)に恨みを買っていたか、都合の悪い人物だったかと推測される。ラバニ氏は後述のように両方とも備えていると言える半面で「何でいまさら」という感もある。

アフガニスタンは1973年に王政が打倒されて共産主義大国の旧ソ連に近い政権が作られ、イスラム教徒は弾圧された。79年にはソ連軍が直接進攻してきた。この事件はアメリカを盟主とし、日本も加わる自由主義陣営に大きな憤りを与え、翌年のモスクワ五輪ボイコット問題に発展する。

もちろんイスラムを敵視する外国の軍事支配にアフガン民衆も黙っていなかった。主にイスラムの教えを背景に何人かの有力者が立ち上がって、ソ連とその操り人形となっていた国内政権に反撃を加える。

その代表的人物がラバニ氏だった。カブール国立大学神学部教授で、イスラム協会の代表としてソ連の勢力に対抗して追い出し、他の同士らとともに1993年、ソ連撤退後の大統領に就任した。

ところがこの軍事グループ連合によるラバニ政権が敵を失うや、内争で四分五裂の状態となって国民の支持を失い、その間に乱れに乱れた治安を回復した、オマール師の指導するイスラム原理主義組織タリバーンが、国土のほぼ9割を制圧してしまった。敗北した軍事グループ各指導者の多くが国外に逃亡するなか、ラバニ氏は、ほぼ唯一国内に留まってタリバーンに抵抗を続けていたマスード将軍と手を組む。マスード将軍はソ連軍に対しても機略縦横の戦いで勝利を収め、「パンジシールの獅子」の異名を取った人物だ。

タリバーンは、極端な強権支配と国際テロ組織「アルカイーダ」の指導者ウサマ・ビンラーディンとの密接な関係が大問題となり、正統政権と認められなかった。したがって名目上はラバニ氏が大統領であり続ける。そのアルカイーダが主導した、2001年の米国同時多発テロをきっかけに、米軍主導の軍事攻撃を受けてタリバーン政権は崩壊する。この「主導」というのは米軍が直にタリバーンを攻撃したというのではなく、形の上ではラバニ氏とマスード将軍を中心とした「北部同盟」支援である。同盟の主体は旧ラバニ政権を支えた、アフガンで二番目に多いタジク人勢力だ。

その後の国造りで正統政権のトップであったラバニ氏を擁立しようとの動きはあった。もともとが学者なので清廉だとの評もあって、一定の支持を得てもいた。ただ何しろ「失敗した指導者」というレッテルは覆い難く、新政権では結局役職にもつかなかった。新政権のトップは最大民族パシュトゥーン人の名門ドラニ族のカルザイ氏。もともとは元国王政権下で国会議長を務め、タリバーンに暗殺されたとみられる、反タリバーンの父親の後を継いだ人物だ。アフガニスタンではむしろ父親の声望が高く、その七光り的な部分があった。最大民族出身の安定感と北部同盟とも友好的で、父親の声望と米国の支持もあるということで、非常にバランスのいい位置にいた。もっとも政治手腕はまったくの未知数で、マスード将軍の「愛弟子」で北部同盟のファヒーム副大統領兼国防相、アブドラ外相、カヌーニ教育相が入閣した。
この新体制にラバニ氏は表だって反発しなかった。ただし処遇に不満とも伝えられた。

しばらく忘れられていたラバニ氏の名が久々に聞かれたのが、2010年9月に創設された高等和平評議会の議長就任だった。

今やすっかり「忘れられた国」に逆戻りした感があるアフガニスタンも内情は深刻だ。カルザイ政権の支配力は事実上首都カブール周辺ぐらいにしか及んでおらず、地方にはタリバーン残存勢力が強い力を残している。かろうじて北大西洋条約機構(NATO)による国際治安支援部隊(ISAF)と米軍の力で大混乱を抑え込んでいるのが現状だ。だがNATO諸国も米軍も近々この地から撤退する予定で、カルザイ政権としては王政打倒以来延々と続くさまざまな民族間、宗教間などのわだかまりを解いて「アフガニスタン」という一つの国に国民を集約していくのが急務である。高等和平評議会はこうした和解活動を担うために設立された。ということはタリバーンとの和解はむしろ最も重要な課題で、評議会もそれを目指していた。

そのトップがラバニ氏で大丈夫かという疑問は当初からあった。確かに前大統領という肩書きはそれなりに重い。しかし前述のように、彼はタリバーン政権打倒を米軍と組んで果たした張本人である。そうした者がタリバーンと話し合えるのかと。

そこで最初の疑問が出てくる。確かにラバニ氏はタリバーンの敵だった。しかし要職を離れて久しい。恨みはいつまでたっても消えないから、ここに至って宿年の怨念を果たしたといわれれば納得しないでもないが、今になってどうしてという疑問が否めない。

評議会のタリバーン和解工作もはかばかしくなかったと伝えられている。ならばなおさらラバニ氏を殺害する動機がわからない。それとも意外な線で、タリバーンの一部との和解が隠密裏に進んでいたのだろうか。だとしたら分裂を嫌うタリバーン側が殺意を持つのもわかる。しかしそうした情報は今のところない。

気になる符丁がある。ラバニ氏と盟友関係にあったマスード将軍は、2001年9月9日にやはり自爆テロで暗殺された。その2日後に同時多発テロが起きた。ラバニ氏暗殺は2011年9月20日。アフガニスタン戦争は10月2日から実質的に始まった。あれからちょうど10年が経過している。新たな大規模テロの予兆でなければいいのだが。

カテゴリ一覧

著者紹介

【坂東太郎】

毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師。 現在、日本ニュース時事能力検定協会監事を務める。 著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。 早稲田塾の「AO・推薦対策講座」および「論文作法」を担当。

オススメ情報

勝夏<カチナツ>2012
しずかちゃんになる方法
実はあなたも芸術系?!
FASID
現役医学部館
日統一
現役合格実績

月~土 / 11:00~20:00 日・祝 / 10:00~18:00 ※携帯電話PHSからもご利用頂けます。

勝夏<カチナツ>2012
校舎一覧
{*
*}
{php} include "/home/ad-site-usr/htdocs/waseda/common/ssi/floating_menu.php"; {/php}