2010年10月10日 開催
特別公開授業
「臓器移植の現場から」
自治医科大学
河原﨑 秀雄 教授
早稲田塾 新宿校にて

- 河原﨑 秀雄 教授(かわらさき・ひでお)
東京大学医学部医学科卒。都立府中病院外科医員の後、東京大医学部附属病院小児外科医員、講師、同医学部助教授を経て、現職。著書に『生体肝移植マニュアル』、『日本に根づけ、生体部分肝移植』。
諦めずに追求すれば、必ず答えに出あう
日本における小児生体肝移植の第一人者である河原崎教授は、その語り口に温厚で優しい性格がにじみ出ている。教授の父も医者であり、患者を愛し、患者に愛されていた。「私にとって父は、未だに乗り越えられない存在です。患者さんの苦しみと喜びを、自分のものとして受け止められる人は、どうか医療に携わる道を選んでほしい」と呼びかけた。
東京大学医学部を卒業し、研修医になって初めて診察した幼児は、胆道閉鎖症だった。可愛くてよく遊んであげたその子が死んだと聞いて、とても悲しかったという。以後、肝臓を専門に研究。当時、日本の社会が脳死肝移植を受け入れるまでには、20年かかるだろうと判断し、生体肝移植ができないかと考えた。
1985年に米国留学から帰り、雑種犬を使って実験を始めたが、ことごとく失敗した。翌年、弘前大学の実験を見学し、重要なポイントを学んでからは一部成功するようになり、サルを使った実験に移った。自治医科大学が人間の生体肝移植に成功したのは1990年。このレシピエント(移植してもらった人)は、20年後の今も生存しているという。
手術の様子を写すスライドは、生々しい。「これが門脈。これが肝静脈です」。高度な内容を、教授は一つひとつ丁寧に説明していく。
成功例ばかりではない。自治医科大における生体肝移植による死亡例6件も紹介した。「死に直面して、死に慣れるということはありません。亡くなった患者さんのことは一生忘れません。この貴重な経験を生かし、二度と苦しい思いをさせないようにしたいと思います」と語る。
「私が皆さんに一番言いたいことは、失敗、困難は問題解決のエネルギーになる。解決できない問題でも、諦めずに追求していると必ず答えに出あう、ということです」。教授は実験に失敗していた当時を振り返り、「私が諦めたら、子どもたちは救えない。自分の子どもだったら諦めるか、と言い聞かせて頑張った。皆さんも受験に臨む際に、自分のポジティブな姿をイメージすれば、うまくいくはずです」と結んだ。











