橋本 結 (はしもと ゆい)
- 第30期生
──[将来の〈夢〉]世界の紛争問題を報道できるジャーナリストに
3歳のときには帰国したので当時の記憶はほとんどありませんが、私はベルギーで生まれました。大きくなってからベルギーの歴史を調べ、ベルギーではフランス語とオランダ語の言語対立があることを知ったのです。同じ幼稚園でも、言語によって区分されている。長くベルギーに住んでいた母からも、言語や国籍による分断や対立が起きていると聞き、政治や文化によってそれらが解決できないことに矛盾を感じました。そこで、報道の力で人と人との対立を解消できれば、と考えるようになり、ジャーナリストを志すようになりました。
──[大学・学部を選んだ〈理由〉] 少人数制でフランス語を学べる環境
せっかくフランス語圏のベルギーで生まれ3歳まで過ごしたのに、フランス語が全くしゃべれないことにコンプレックスを感じていました。ベルギーに長く住んでいた母がときどき口にするフランス語がわからないと、何だか悔しい。だからずっと、フランス語が話せるようになりたいと思っていました。
さらに語学だけでなく、ヨーロッパの文化や歴史も学びたい。そう思っていたときに、上智大学の少人数制授業と留学生の多さを知りました。上智大学はキャンパスが1箇所に集約されているから、様々な国の人と知り合える環境にある。それに小テストが多いと聞き、学生たちの勉強に対する姿勢も他大学よりも強いのかな、と。せっかく大学へ行くんだから、ちゃんと勉強をしたい。そうした思いから、学習環境が整っている上智大学に志望を決めました。

──[タメになった〈授業・カリキュラム〉]偏差値25アップの現代文
AO入試を目指して早稲田塾に入塾したのですが、その効果はすぐに表れました。苦手だった現代文を受講したところ、高校の定期試験は偏差値が25もアップ。ちょっとした“読み方”のコツを身につけたことが右肩上がりのきっかけでした。それまでは、ただ漠然と全文章を読んでいたのですが、教わった通り「筆者の言いたいことを順序立てて読んでいく」ということを実践していくことで、文章の主旨が理解しやすくなりました。
文章の構成を理解したおかげで、小論文の力もつきました。試験では、事前に用意していたよりも多く論述しなければならなかったのですが、全体のパラグラフを最初に考え、最後に結論をきちんとまとめるなどの大事な点を忘れなければ、たとえ量が増えても、これまでやってきた練習によって対応できる。そう思って、本番は焦らずに取り組めました。
──[早稲田塾での〈生活〉]スタッフのサポートで初志貫徹
スタッフには本当にお世話になりました。受験前日にどうしても小論文を確認してもらいたいと塾にファックスしたら、すぐにアドバイスを得られて。おかげで、当日は安心して試験に臨めました。
また、フランス語への情熱も塾のスタッフが支えてくれました。実は上智大学のドイツ語学科に指定校推薦のチャンスがあり、高校の先生に強く薦められていました。でも、フランス語学科が諦めきれず、その薦めは断ろうと思ったんです。そんなときにスタッフと「なぜフランス語なのか。ドイツ語を断って後悔はないか」とじっくり話をしました。その結果、フランス語への漠然とした思いは、情熱に変わりました。あのときにスタッフと話すことなく、すぐに指定校推薦を断っていたら、入試を突破するほどのフランス語への情熱は得られなかったかもしれません。

──[後輩に〈ひと言〉]目標と時間を決めて、できたら“ごほうび”
「自分が何をしなくてはならないのか」を明確にすることと、時間を区切りながらけじめをつけて勉強をすることです。細かく目標と時間を設定しないとダラダラしちゃうので。そして一回決めたらその通り動き始めるんです。私は、目標を時間内に成し遂げたら、自分に対して“ごほうび”を与えることでモチベーションを維持していました。例えば英文を5ページ解いたら、ドラマを見るとか(笑)。
私の「高校自慢」
修学旅行では海外ホームステイをします。普通科はカナダに1週間、英語科はニュージーランドに3週間滞在で、ホテルへの滞在は最終日1日のみ。生徒1人きりで1家庭に滞在するので、頼れるものは何もない(笑)。英語しか話さない環境の中で過ごし、すごく勉強になりました。
私の「現役合格アイテム」
「パスンダ」キーホルダー
塾生の仲良し4人組と原宿で買ったパンダのキーホルダーです。みんなお揃いの色違いで、名前は、「パンダ」と受験に「パス」をかけて、「パスンダ」!






