森 智昭 (もり ともあき)
- 第30期生
──[刺激になった<スーパープログラム>] 歴史は過去の出来事ではない
高2の秋から冬にかけて、塾大連携「スーパーフューチャープログラム」に参加しました。ご担当は、早稲田大学第12代総長を務められた西原春夫先生と、早稲田塾・地歴科の先生たち。温故知新をテーマに、様々な講義や実習を経てレポートを執筆。課題は「30年後の日本と世界を考える」で、僕は近未来の北朝鮮情勢に焦点をあてて書きました。その過程で、「様々な歴史が積み重なって今がある、そして今僕らが生きている時間が未来の歴史になっていく」ことを実感。もとから好きだった歴史が、ますます好きになりました。
参加していた生徒にも刺激を受けた。語彙の豊富さ、プレゼンのうまさ、まとめ方……どれをとっても、みんなスゴい。「もっと自分も頑張らなきゃ、立派な人間にならなくては」と、必死に勉強するようになりました。
──[将来の<夢>] 自分の足で未知の世界を探訪したい
世界には、日本ではあり得ない現実を生きている人たちが大勢います。発展途上国に対する貢献とは? 自然が失われないように環境問題に関わりたい、などと思ううちに、大学での志望学部は自ずと社会学部に決定!
歴史が好きだし、ニュースを見るのも好き。今起こっていることの裏には、歴史的背景があります。その現場を、自分の足で歩いてみたい。知っている場所でも、歩いたことのない道を選んでみると、この先はどこへ続くんだろう? と、興味が湧いてくる。これから未知の世界を果敢に歩み、将来について考えていこうと思っています。

──[オリジナルの<勉強法>] 自分の頭で史実を「描ける」ように
日本史について。僕は最初に教科書を読まない。大まかな流れは学校や塾の授業でしっかり頭に入れて、まず練習問題を解いてみる。そして一つの答えを出してから、その前後の史実と背景、流れを自分の頭で組み立て直します。曖昧な絵しか描けないようであれば、そこで初めて塾のプリントや教科書を読んで確認する。「問題集→自分で流れを作る→教科書や資料」という流れです。
加えて、日本史には面倒な漢字がかなりあるので、必ず手で書いて覚えることを徹底しました。
──[僕の<受験ストーリー>] センター前ひと月を境に、成績急上昇!
中高一貫校だったので、高校受験を経験していません。その分、高校受験を経験した人と比べると実力の差もあるし、学校での成績もあまりよくないと感じていました。だから、早稲田塾に通い出したのは高校進学とほぼ同時。
日本史を除くと、英語も国語も、我ながら大器晩成(笑)。高3の夏ぐらいまで、模試でも偏差値50前後。わからない問題は勘に頼っていた部分があるのですが、秋頃になって、こう考えればこうなると論理的に思考して導き出せるようになりました。その後は波があっても、偏差値は60くらいに上昇。
しかし12月になっても、模試によっては、第一志望の法政・社会学部がランクEで、へこみました……。それがセンター試験前1ヶ月くらいで、一気に成績が上がってきた。この勢いに乗ってしまえばいける! と確信してラストスパート。念願がかない、合格を手にすることができました!

──[後輩への<ひと言>] “努力が実る瞬間”のために備えよう
自分にはムリだ、とはじめから壁を作らないこと。絶対に諦めないことが肝心です。
受験では、どんな奇跡が起こるかわからない。もちろん、日々の努力は必要です。実る瞬間が、いつ来るかわからない。それは入試直前かもしれない。だから最後まで諦めずに頑張りましょう!
私の「自修館中等教育学校自慢」
自然が豊富で、都心では味わえないものがたくさんあります。ランニングは気持ちがいいし、疲れたときには校舎の窓から丹沢山系を眺めてリフレッシュ。「ああ、山では雪が降ったんだなぁ」なんて、季節感も味わえます。
学校のカリキュラムで丹沢に登るのですが、これが結構キツイ。仲間同士で励ましあい登頂することで、絆も深まります。山で見上げる星空や夜景の美しさは、もう最高!
私の「法政大学 社会学部 現役合格アイテム」
お守り3点
偶然なのですが、塾からのものと学校の先生からいただいたものが同じでした。中3のとき、よく怒られていた先生で、その後は特に習うこともなかったのですが、受験直前になってお守りをくれたんです。僕を忘れずに気遣ってくれていたことを知り、落ちるわけにはいかない。叱られてばかりいた僕が、いい結果を報告ができたら、先生も喜んでくれるかな、と。このお守りはペンケースにつけて、いつも持ち歩いていました。
















