泉 雅彦 (いずみ まさひこ)
- 第30期生
──[私のハイスクールライフ] 学園生活を楽しみつつ、勉強にも注力
武蔵高校は中高一貫校。中3から第二外国語を選択できるなど、独自のカリキュラムを採用しています。学校の評定平均は、だいたい4の後半台をキープ。学園生活を楽しみつつ、勉強もがんばっていた感じ。週3日の卓球部の活動も、一生懸命やっていました。
早稲田塾に入塾したのは、高1に進級したころ。塾の案内を見た親に「ちょっと行ってみないか」と勧められ、「英単語道場」を体験したら「これは面白そうだ!」。すんなり入塾を決め、池袋校に通いはじめました。
卓球部の活動があったので、高1の間は「英単語道場」のみ。学年の終わりに、選抜テストを受けたら合格できたので、高2前期から「東大・東工大数学」を受講。ハイレベルな内容で、まだ学校でもやっていないことを習うので、授業が楽しかった。
高2の後期から、英語と物理を加えました。英語は文法などの基本が整理でき、物理は学校でやったことを塾で復習するというサイクルで、理解を深められた。
──[刺激的だった〈スーパープログラム〉] 将来の指針となった、スーパーロボティクス
高2の前期に、早稲田塾と東京工業大学の塾大連携プログラム「スーパー ロボティクス プログラム」に参加。これはスゴク楽しかった!
進路指導の時間にプログラムの映像を見て、軽い気持ちで応募したのですが、参加してみてモノづくりの楽しさと難しさがよくわかりました。
プログラムのメインは、三人一組でロボットを作っての競技会。競技は二種類あって、一つめは6チーム中2位。もう一つは、途中でコードが絡まるトラブルが発生し、得点なしの最下位に。「順位はつかなくても、もう一回やらせてください」と、ご担当の広瀬教授にお願いして再挑戦したところ、なんと1位チームの倍以上点数を獲得。「あ~、ミスがなければ」……悔しい気持ちもあったけれど、自信もついた。仲間と協力して、一つのものを創りあげていく過程も含め、様々な体験ができ、将来やりたいことが見えたプログラムでした。

──[早稲田塾での〈生活〉] 留学後、高3の6月から完全受験モードに
第二外国語でドイツ語を選択していたので、学校の国外研修制度を利用して、高3の4月から5月にかけて提携先のドイツ・ミュンヘンの高校に留学しました。
今、ドイツ留学と受験を結びつけて振り返ると、「勉強面では2か月のハンディがある。これからはしっかり勉強モードでやっていこう」と意志を固めるきっかけになったかな。
行きたいと考えていた東工大の入試は、理科2科目が必須。好きな物理は順調でしたが、それまでほとんど勉強していなかった化学をどうするかが課題だった。でも、留学期間をブランクととらえたことで、ここから化学も本気で勉強しよう、という気持ちになれた。
帰国してから、塾の授業を増やしました。2年のときからやっていた英語、物理、数学に加えて、化学、センター総合国語を受講。受験科目が多いので、受けたい授業も当然多い。ここで無制限受講「パケット制」と、フリーパスシステムのメリットをフルに活用。他の校舎の授業を受けにいったり、週5日通塾していました。
──[大学・学部を選んだ〈理由〉] 化学に開眼し、高3秋に東大へ志望変更!
「スーパー ロボティクス プログラム」に参加したこともあり、高3の夏までは東工大を目指していました。塾のスタッフとも「それでいこう」と作戦を練り、大学に入ったら物理や機械をやる、と決めていた。
ところが高3の秋に、東京大学に進んだ先輩と話す機会があって、大学のことをいろいろ尋ねたところ、だんだん「東大がいいなぁ……」と思うように。またその頃、高3になってから始めた化学の勉強が、がぜん面白くなり、興味の方向が物理だけではなくなっていました。
将来のことを考えたときに、東工大は入学した学部で、進路がほぼ決まってしまう。一方、東大には「進学振分け」制度があって、3年進級時に学部を決められる。この先、自分の関心がどちらに向くかわからないので、選択に猶予のある面でも、東大が魅力的に思えてきた。
今も覚えていますが、11月26日、塾の進路指導面接で東大理I志望をスタッフに伝えました。「反対されるかなぁ?」とも思ったけれど、スタッフは「じゃあ、ここからがんばろう」と背中を押してくれました。

──[タメになった〈授業・カリキュラム〉] 本直<ホンチョク>で国語と外国語を猛特訓!
いざ東大を受験するとなると、国語にちょっと不安が……。東工大は二次試験に国語がないため、二次対策をしていなかった。でも、東大の理系で差がつくのは国語らしい。そこで、12月から記述対策の現代文と、古文、漢文の講座を追加しました。
センター試験後に始まった入試本番直前授業「本直<ホンチョク>」での二次対策。とくに古文と漢文は、添削をお願いして、講師と頻繁に答案のやり取りしました。過去問は20年分くらいやったかなぁ。ここでかなり伸びた実感があります。
あと2か月しかないという中でも、あまり焦りはなかった。それより、「やってやる!」という気持ちのほうが大きくて、超集中! 理系なのに国語が週3日というおかしな状態でしたけれど(笑)。逆に、早い時期から東大志望にしていたら、国語は伸び悩んでいたかもしれません。
また、僕は二次の外国語で問題の一部分はドイツ語で受験しようと決めました。国語の講師はドイツ語もできる方だったので、過去問の添削などを通して、対策を万全にしていただきました。おかげで自信がつき、本当に感謝しています。
──私の〈受験ストーリー〉] 自信の数学で失敗か!? 結果は……吉!
「足切りを逃れられればOK」と考えていたセンター試験を、無事通過。この頃は、日曜日にも自習室を利用するようになり、塾にほぼ毎日いっていました。
東大の二次対策をこなしつつ、私大の入試にもチャレンジ。東京理科大学の理工学部と理学部、慶應義塾大学の理工学部、早稲田大学の創造理工学部に合格しました。
いよいよ本命の東大。「あれだけ集中してやったんだからできないはずがない」と思って試験に臨みました。1日目は国語と数学。苦手意識のあった古文・漢文でしたが、バッチリの手ごたえ。現代文は、それなりに。でも、得点源と考えていた数学でミスをしてしまい、ちょっと不安に。2日目は理科2科目と外国語。これはどれもできた感触がありました。
ただただ悔やまれる数学のミス。「もしもNGになるとしたら、数学が原因だろうな……」などと考えてしまい、試験直後は落ち込んでいました。
そして発表日。普通は本郷まで見に行くのでしょうが、一人自宅でレタックスを待っていました。自信がなかったから、番号がなかったときの帰り道を想像すると、行けなかった。
ピンポーンとチャイムが。……「あぁ来ちゃったよ。見たくないな~~~」。でも、念のため確認……合格通知だった。瞬間「ウォーーーーーッ!」と、叫んでいたなぁ。
塾に電話したら、周りからの歓声や祝福も聞こえてきて、「ホントに、よかったなぁ~」と実感。
受験を通して、僕が後輩に伝えたいのは、「自分の限界を自分で決めるな!」ということ。時間が足りない状況であっても、自分をごまかさないで必死にあがけば、限界だと思っていたラインより上にいける。自分のために、がんばろう!
私の「武蔵高校自慢」
自由を尊重する校風がある。受験の圧力もまったくなくて、先生は「まぁ、浪人しても気にすんなよ」くらいな感じ。でも、「自由をはき違えてはならない」という感覚も息づいている。生徒の自主性が育まれるいい学校です。
私の「東京大学 理科I類 現役合格アイテム」
化学のまとめカード、お守り、メッセージ
出遅れた化学の対策で、工作用紙にテキストのコピーを貼り、まとめカードを自作。表に解答、裏に問題があって、通学の電車内などで記憶に励んだ。
お守りは、塾の数学講師にいただいたもので、受験会場にも持っていきました。直前期にお世話になった国語講師からは、「燃え尽きるまでがんばれ」という励ましのメッセージをいただき、勇気づけられた。
















