田中 元 (たなか もと)
- 第30期生
──[将来の〈夢〉] 政治を取材するジャーナリスト
いつの頃からか、気がついたら政治に関心を持ち、ニュースを追いかけている自分がいた。家族団欒の場で、親や兄弟と政治談議をするのも好き。認識はまだ甘いと思うけれど、出来る限り自分なりの見識を持つようにしています。政治家になることは考えていないけれど、客観的な立場だからこそ見えてくるものがあるし、その視点は大事なのでは。政治を取材し、自分の意見を述べるジャーナリストになれたらいいな、と思っています。
──[早稲田塾での〈生活〉] 塾で“暮らした”1年間
高2の夏期授業、“勝夏〈カチナツ〉”から入塾。それまでは部活でサッカーばかりやっていたのですが、そろそろ受験勉強をやらなきゃ! と思ったのがきっかけです。
高3の4月になると、意識ががぜん変わってきた。「本番は今年だ!」と、受験モードに突入。そこからは、毎日塾で“暮らして”いた感じです(笑)。学校が終わって午後4時には自習室に入り、塾の予習。授業が終わり、また自習室で復習。自習室は、自分だけの空間をつくるには最適です。休日は、朝から丸一日、自習室で過ごす。塾内カフェ「アンディーボーイ」でご飯を食べ、息抜きしながら仲間と情報交換をする。塾生は、ライバル兼友達。自習室で「あいつがやってるから、まだ帰れない」とか、「もう来て始めてる」と意識すると、「よし、オレも!」となる。その存在は大きいものでした。

──[タメになった〈授業・カリキュラム〉] 小論文は、論理的な構築が勝負
高3の4月から「慶應義塾小論文」を受講しました。それまでは、小論文なんて書いたことがなかった。当然、最初はさっぱりダメ。授業では毎回、一番良かった文章を、モデルとして配るのですが、自分の書く文章との違いは、書いてある“内容”だと思っていました。ところが、同じ内容で書いても、追いつけない。そこで、“書き方”の問題だと気づいた。論理的な構造をしっかり固めることに気を配るようにしたら、とたんに点数がアップ。最後は自分が書いたものも、モデルとして配付されるようになりました。
──[僕の〈受験ストーリー〉] 英語&小論文クラスでミッチリ慶應対策
英語も小論文も塾生と講師の意気込みが強く、一丸となって第一志望まっしぐら、というかんじ。慶應・文学部の英語は、長文がたくさん出るかわりに、辞書持込み可。辞書をすばやく引く準備も万全にして臨みました。
いよいよ受験シーズンスタート。慶應以外は大丈夫だろう、とたかをくくっていたのですが、これが大間違い。なかなか結果が出ずに、焦りました。
さすがに慶應については対策に念を入れていたので、入試問題も他校より簡単に感じられたほど。結局、どの大学も甘くはないんですね。どこに照準を当てるかで、勉強のやり方、対策が変わってくる。偏差値と試験の難易度は、一概には比例しないんだ、と実感しました。

──[オリジナルの〈勉強法〉] 世界史はストーリーが浮かぶ工夫を
世界史はただ字面を追っても、頭に入りづらい。ストーリーがありありと目に浮かぶような、そんな工夫が必要です。僕は学校で配られる資料集を二冊用意して、一冊は切り貼り用に使いました。塾のテキストに人物の顔も含め、資料集から切りとった図解資料を貼り付け、自分だけのテキストを作った。さらに、事件や歴史上の人物の関係、国家同士の関係などを図にして展開。点を線でむすび、交差させ、明らかにする。そうすることで、より立体的に歴史が見えてきます。
──[後輩への〈ひと言〉] 充実の日々を成功につなげるために
受験勉強は正直つらかったけれど、振り返ってみれば、すごく充実していた日々。人生でこれほど勉強したことはなかったし、本気を出して達成していく楽しみを味わえた。この経験をしてよかったな、と心から思います。
でもその言葉は、終わって初めて言えること。後悔だけはしない、そう念じて頑張ってください。
私の「青稜高校自慢」
友達が出来やすい環境で、楽しい! 駅前に学校があるので、地の利は抜群。自由が丘に出やすく、勉強するにも遊ぶのにも便利でした(笑)。体育は校舎近くの品川中央公園でやるのですが、もっぱらサッカーかバスケが多く、いい気晴らしになりました。
私の「慶應義塾大学 文学部 現役合格アイテム」
世界史のテキスト、清水寺の御守、中津駅限定お守り
世界史の講師は、世界史を得意科目にしてくれた恩人。受験直前、その先生にテキストの裏にメッセージを書いてもらい、本番前はそのテキストに手のひらをあてて、心を落ち着かせました。お守りは 清水寺のものと、大分県に住んでいる祖母が買ってくれたもの。福沢諭吉ゆかりの土地である中津の駅で売っており、“すべらない砂” が入っているとのこと。いつも筆箱に入れて、持ち歩いていました。
















