呉 国峰 (お ぐっぽん)
- 第30期生
──[将来の<夢>] 社会的弱者の人権を守りたい
僕は在日韓国人であり、そのことで日常生活を通して、人権が何かということを肌身で感じつつ育ってきました。社会の不正を取り締まる検察官か裁判官になりたいとも考えましたが、日本の公務員にはなれません。
ならば国籍を問わず、社会的弱者を救済できる弁護士になろうと決心しました。無事、法学部に合格し、次に待ち受けているのは司法試験。受験はこれからも続きます。
──[タメになった<授業・カリキュラム>] 物語が浮かぶ日本史&自分探しの現代文
高3で受講した「ハイレベル受験日本史」は、とても“濃い”授業が展開されていました。授業の根っこになるのは、ノート作り。講師が配るプリントをノートの上部に貼り、下部に授業内容やポイントを自分で書き込んでいくよう指示される。政治史4冊、文化史1冊、社会経済史1冊、合計6冊。講師はプリントに書かれた字面の奥にある歴史の流れを、物語のように話してくれ、僕たちは、それを体にしみこませていく。ノートの文字をたどれば、いつでもそのストーリーを思い出せるようになる。
覚えることは得意なので、日本史だけは誰にも負けないよう頑張っていました。塾生模試である「クラス編成テスト」では、全塾生の中で、いつもトップ5には入っていて、最高は3位。自分の名前が貼り出されるとうれしくて、それがまた次にがんばる原動力になるという、善循環になっていました。ちなみにノート6冊を10周以上しました。
また、昔から国語が好きだし、得意なのですが、「ハイレベル現代文」を受講して、さらに拍車がかかった。毎回、文章の背景知識を話してくれるので、一文一文を読むたびに新しい発見があり、知的好奇心がかきたてられる。印象に残っているのは “人種・民族問題”や“ナショナリズム”について。ちょうど自分が持っている問題意識と直結していたということもあり、現代文の授業は受験勉強というより、自己探求だった気がします。

──[私を支えてくれた<先生>] 厳しい授業と、温かい言葉に支えられた
高2から受験期までお世話になった「ハイレベル英文法」の講師は、厳しい人として名を馳せていました。確かに、どんどん突っ込んでくるし、答えられないとガツンと叱られる。だけど生徒思いの熱い人で、個人的に質問にいくと、理解するまで教えてくれ、「君なら大丈夫だよ、絶対にできる」と胸にしみこむような一言を添えてくれる。英語は苦手だったので、へこむことも多かったのですが、毎回、またがんばろう! という気にさせていただきました。
授業でプリントが配られ、それをファイリングしたら、図鑑のようにぶ厚くなった。恒例のテストがあり、テスト前はその範囲のプリントを5周以上して、なんとか乗り切りました(笑)。英語の力がついたのは、このテストのおかげです。
──[後輩への<ひと言>] 親友であり、ライバルの存在が刺激に
早稲田塾で、親友でありライバルとなった友達と出会いました。彼は支えになってくれたし、いい刺激を与えてくれた。「あいつがやってるから、自分もがんばろう!」……彼の存在が、モチベーションアップにつながりました。そして、毎日コツコツ努力を怠らず、積み重ねること。自分に甘くならないことが大切です。

私の「成城高校自慢」
とても自由な雰囲気で、和気あいあいとしています。受験直前でも、笑いが絶えなかった。これには救われました。文化祭は、周辺の女子高の生徒がわんさか集まって女子高化します(笑)。男子校の生徒にとっては最高のイベントでした!
私の「上智大学 法学部 現役合格アイテム」
日本史ノート、北野天満宮お守り、手作りお守り
この日本史ノートは、僕の受験生活のシンボルです。かなり重いのですが、この重みが「やり遂げた!」という達成感を感じさせてくれた。試験会場で弱いところをチェックしなおし、本番に臨みました。おかげで日本史はバッチリでした。
北野天満宮のお守りは、早々と学校の友達からもらった。彼は早々と推薦で決まり、僕に「最後までがんばれよ」って。手作りのお守りは、ある人からのプレゼント。誰かは、ご想像におまかせします(笑)。中には手紙が入っていて、合格してからあけました。内容? それはヒミツ(笑)。
















