車戸柊子 (くるまどしゅうこ)
- 第30期生
──[部活動との両立の<コツ>] 悔しさをバネに、一念発起!
私が通っていた高校では、部活を“班活”と言います。私はバレーボール班に3年間所属し、副班長を務めました。活動日は月曜から日曜まで週7日。7時半からは自主朝練もあり、エースとして部員をリードしました。部活と勉強の両立は、とにかく大変でした〜。
そんな中、高1最後の定期テストで、生物の成績がボロボロに。さすがに、これはマズい……。根っからの負けず嫌いで、何がなんでも上位に食い込んでやる! と一念発起。部活動の後は家で猛勉強して、高2の最後は、評点平均4.7まで押し上げました。成績の順位表が廊下に貼り出されるので、ますます燃える。ゼッタイに自分の名前を載せてやると意気込み、英語と世界史は常にトップ10をキープしました。
──[入塾の<きっかけ>] 「現役高校生のため」の塾が魅力
友達がいたことがきっかけで、早稲田塾の資料を取りよせ、ネットでも見てみました。「現役高校生のための塾」というコピーにひかれ、「英単語道場」の体験会に参加したら、考えたこともなかったような、魅力的な内容だった。ここに入って、英語力を一気に伸ばしてやろう! と決心し、高2の12月に入塾しました。実際、道場は皆勤で、毎回満点。当初のねらい通り、英語力に磨きがかかりました。

──[私を支えてくれた<スタッフ>] スタッフの助言で志望学部決定
高2の夏にオープンキャンパスで上智大学を訪問したときに、いたるところで留学生と日本人学生が、さまざまな言語でおしゃべりをしている風景を目にしました。カッコいい〜、私もそうなりたい! と、志望大学はすぐに決定(笑)。
国際交流のために、英語だけでなく他の言語も習得したいと考えて、学部選びに迷っていたときのこと。スタッフから、上智の外国語学部にロシア語学科があり、言語習得だけでなく、歴史・政治経済を含んだ地域研究を二本柱にしていることを教わった。ロシアは経済的にも、“BRICs”の一角として将来的に大きな可能性を秘めた国。欧米に偏りがちな日本の世論の視点ではなく、広い視野を獲得するチャンスになると考えて、公募制推薦にチャレンジすることを決めました。
──[私の<受験ストーリー>] ロシアについて聞かれると思ったら……
公募制推薦出願の際には、A4で1枚の志望理由書の他に、1200字のレポートが課されました。テーマは「ロシア語およびロシアの文化、社会をどのように学び、卒業後何をしたいか」。近所に、ソビエト時代のモスクワに在住経験のある方がいて、当時の生活風景をうかがったことがありました。その話を思い出しながら、ロシアとヨーロッパ諸国の歴史的関係、経済成長著しい現代ロシアの可能性、多くの国と隣接し、歴史の表舞台で世界に大きな影響を及ぼし続けていることは現在も将来も変わらないと述べ、最後に将来の夢で結んだ。10回ほど書き直しました。
その後に行われた試験は、“現代ロシアとソ連”に関するテスト、ロシアの著名人を一人挙げ、その人物について自分の考えを述べる小論文、そして面接の三つ。
面接では、志望理由やロシア研究に関して突っ込まれると予想して構えていたのですが、ご担当者の第一声は「珍しい名前ですね」。必死に自分の名前の由来を説明しました(笑)。もちろんロシア関連の質問もされましたが、いわば想定範囲内だったので、スムーズに答えることができました。

──[将来の<夢>] 世界共同体の一人として、問題を解決したい
今の時代はグローバル化が進み、世界は一つの共同体になりつつある。にもかかわらず、アフリカや南米など、貧困国との経済格差はなくならない。私は世界共同体の一人として、国際機関や国連などの職員をめざし、そうした問題を解決できる人材になりたい、と考えています。
──[後輩への<ひと言>] くじけそうになったら、原点に戻ろう
「第一志望の大学に行きたいんだ!」という、原点の気持ちに立ち戻れば、くじけそうになっても、また頑張れる。同様に受験に打ち込む高校や塾の友達と、時間や場所を共有することで、助けあえて力をもらえます。煮つまったときは、スタッフや講師に相談すればいい。多くの受験生を送り出してきた経験を持っているから、必ず的確なアドバイスをしてくれます。
私の「都立小山台高校自慢」
学校行事、部活(班活)が盛んです。兼班している子がいるから、入班率は120%。友達の輪が自然と広がります。どの活動も生徒の自主性に任されているので、その分生徒もやる気になって、主体的に取り組みます。勉強との両立は大変でしたが、本当に充実した高校生活だったな、と思います。
私の「上智大学 外国語学部 現役合格アイテム」
スニーカー、友達&スタッフ
ずっとバレーボールに熱中してきた私。ボロボロのスニーカーが、頑張った証です。「私だって、やればできる!」……受験に向かう原動力になったし、自信につながりました。引退後、情熱を受験へ切り替え、目標を達成できたのは、このスニーカーのおかげです。
そして写真には写せないけれど、友達やスタッフとのコミュニケーションは、私にとって大きな財産。モチベーションを上げてくれ、慰めてくれ、助けてくれた。だから、これが一番かな。
















