堀江康太 (ほりえこうた)
- 第30期生
──[入塾の〈きっかけ〉] 学校の友人が「いいよ」と勧めてくれた
大学受験を見すえて、高2になったら予備校に行こうと考えていました。いくつか回ってみましたが、なんとなく「違うなぁ」という印象で……。そんなとき、早稲田塾に通っていた学校の友人が「いいよ」と勧めてくれた。まず友人のテキストを見せてもらったら、わかりやすそうだったこと、その後、訪問してみたとき、スタッフの対応など全体的な雰囲気がよかったことから、「ここにしよう」と決め、高2の4月から通いはじめました。
──[塾での学習スタイル] 高2の夏休みに文転。「一橋大」に一直線!
最初にとったのは「ハイレベル数学」と「現代文」、それに「英単語道場」。早稲田塾を勧めてくれた友人は別校舎なので、入ってすぐは知っている人がいなくて緊張したけれど、すぐに友だちができました。熱い授業の合間に交わす、ちょっとした会話が面白くて、塾にいくのが楽しくなってきた。別の高校のコでも、同じ目標に向かって一緒に勉強する仲間、という雰囲気。いろいろ話して、大学や将来に関しての視野が広がりました。
学校では、理系クラスに在籍していたのですが、経済の分野に興味を持ちはじめていました。それもあってか、夏休みが終わるころの面接で「一橋大学を狙ってみたら?」と提案された。「得意科目である数学の配点が高い一橋なら、文転しても不利にならないかな……」等、いろいろ考えた末、本気で目指すことを決意。後期からは英語と日本史の講座を加えました。でも、学校のカリキュラム上、日本史はわずかな時間数しかやっていない。最初のうちは流れがサッパリ理解できず、初歩の初歩から始める感じで、苦しかった〜。
高3になると、数学、現代文、古文・漢文、英語、日本史、道場で週6コマ。日曜日以外は、毎日授業がありました。9月に入ってからは、日曜日に「現合ユニット特訓講座」、通称「ユニ特」という、一日完結型の一橋対策授業が始まったので、毎日通塾。直前期の「入試本番直前授業」も受講。たくさんの授業を受けて、早稲田塾を十二分に活用しました。
塾で勉強をこなし、家では余力があれば勉強する程度。睡眠時間は、平均7時間くらい確保できていました。やっぱり寝ないと続きませんから(笑)。

──[私の〈受験ストーリー〉] ネックの日本史が、やがて得点源になり!
スタートが遅かった日本史は、笑っちゃうくらいダメダメでした。最初のうちは、講師が何を言っているのかわからない(笑)。まずは、基本事項をインプットすることから出発。書いて覚える、声に出して記憶する――これをずーっと続けていました。
グッと伸びたのは、センター試験直前の12月とか1月くらい。ようやく講師に「君なら大丈夫」と言ってもらえ、ホッ。差をつけられていた日本史が、いつのまにか得点源になっていました。
特別なことをやったわけじゃない。講師に「これはやっとけよ~」と言われたことを、一つひとつこなしていっただけ。そんな中で迎えた、センター試験。文系科目はやや苦手意識があったので、国語、日本史、政治・経済の過去問は20年分解くなど、対策は十全に。当日はものすごく緊張したけれど、日本史をはじめ、おおむね順調にいった。ちなみに政治・経済は、塾の季節授業を受けていました。
センター利用の私大として、早稲田大学・商学部、中央大学・経済学部などに出願していましたが、手応えどおり合格できた。その後、慶應義塾大学・商学部の一般入試でも合格するなど、いい結果を残せました。
いよいよ本命の、一橋大学・商学部の二次試験。英語と数学はある程度のレベルを維持できていたので、日本史論述問題の本格的な対策に、多くの時間を割きました。講師に添削を依頼したり、論述用の映像教材「リベラルアーツ日本史」を見て、歴史の流れを確認したり。私大対策の講座でも、講師から「一橋大にも効果がある」と聞けば、それにも出席。記憶モノは一人でも進められますが、論述問題は、講師の力を借りないとムリ。日本史の講師には本当に感謝しています。
試験当日は、むしろ楽しかった。一橋大学で受験できるだけでうれしくて。本番の出来は……「まぁまぁ」(笑)。日本史は、ある程度得点できたはず。全体的に見ると、確実な手応えというのはなかったけど、失敗したところもなかった。勝敗は五分五分、と思っていました。
発表日には、大学まで足を運んだ。番号を掲示した板がパッとひっくり返されると……あ、ありました、自分の番号が。思わず「わぁ〜!」って、叫んじゃいました。
──[〈自習室〉活用法] 勉強を習慣づける最適の場所だった
高2の9月から授業が増えて、塾にはほぼ毎日通うようになっていました。講座の前後の空いた時間は、自習室をよく使っていた。塾の勉強も、学校の勉強もここで。自習室は、勉強を習慣づける最適の場所だった思います。
でも、こもりっきりで、勉強していたわけじゃない。2時間ぐらいで集中力が途切れるときがあるので、そのときは休憩をとって気分転換。自分のペースで進められるのが自習室なので、効率を第一に、自身の集中力を判断しながらやっていました。

──[オリジナルの〈勉強法〉] 電子辞書ではなく、紙の辞書!
辞書には、こだわりがあります。辞書といえば、もう当たり前のように電子辞書を使う時代。塾でも学校でも、みんなそう。でも、僕は書籍形式の、紙の辞書を使っている。このほうが性に合っているというか、覚えやすい。すっかり手になじんで、電子辞書を扱うより速い(笑)。
知らなかった重要単語には赤線を引いて、目立つようにして記憶。見返したときに、赤線は前に覚えていなかったということなので、二回目で確実に覚えるように心がけました。それに、線を引くと、手を動かすことで、記憶も強化されるかんじ。まさに脳に刷り込む、というか。
これは、電子辞書では味わえない実感。英語の実力が上がったのは、紙の辞書のおかげだと思っています。 電子辞書は軽いし小さいから、確かに便利。でも、塾の講師も推奨するように、ゼッタイに紙の辞書がオススメです。
──[後輩に〈ひと言〉] “負けない気持ち”を持ち続けること
ゼロからのスタートと言っていい日本史は、ほぼ一年でなんとかなった。一橋の二次は日本史の配点が低いけれど、それを理由に日本史をおろそかにしていたら、合格はなかったと思う。初めはつらかったけれど、「絶対に負けない!」という気持ちの結実。苦しいときもあると思いますが、目標に向かって、最後まであきらめないことが肝心です。
私の「日本大学豊山高校自慢」
スポーツが盛んで、とくに水泳部と卓球部は、インターハイ出場頻度が高い強豪校。北京オリンピックの水泳・男子メドレーリレーで銅メダルを獲得した佐藤選手も、日大豊山の出身です。
私の「一橋大学 商学部 現役合格アイテム」
英語の辞書、日本史のノート
辞書は、高1のときにイギリスに行く際に、親が買ってくれたもの。ずっとカバンに入れていて、試験本番にも持っていった、受験をともに乗りきった大事なものです。日本史のノートは8冊あり、授業でもらったプリントを貼り付け、語句を書き込んでまとめました。受験期の努力の象徴として、捨てられません。
















