野中毅士 (のなかたかし)
- 第31期生
──[部活動との両立の<コツ>] 真夜中が主戦場
水泳部に所属し、必死に泳いでました。夏は朝・昼・放課後と練習漬け。どんどん力がつき、「東京都16高校対抗水上競技会ではB決勝まで行ける」と、周囲から期待されていたんです。高3の夏の大会は、決勝までは進めなかったけれど、やるだけやったという充足感があります。
部活のあとはとにかく疲れて、帰宅してご飯を食べると、もうバタンキュー。いったん寝て夜の10時に起き、夜中3時まで勉強することを日課にしました。そこで学校と塾の復習を徹底的にやった。学校の宿題は、学校の休み時間で終わらせて、学校を出たら塾の勉強モードに切り替えました。
──[入塾の<きっかけ>] 一生に一度くらい、全力で
小学校からずっと一貫校で過ごしてきたので、受験の大変さを知らずに高校まできた。内部進学という選択もあったけれど、一生に一度くらいは、全力で勉強して受験してみようと思ったんです。地元にある予備校全てで体験授業を受けてみたら、早稲田塾が一番良かった。講師・スタッフとの間に壁がない。2つ上の兄が、早稲田塾で学んでいたので、授業料が割引になる特典も使え、中3の冬に入塾しました。

──[タメになった<授業・カリキュラム>] 苦労の種「EEC」に本番で救われた!
高3の4月から、最難関英語「EEC」を受講しました。この講座は、まず読む量が違う。普通なら数時間かけるような、アカデミックかつ時事的な英文を、 30分程度で読みこなすことが問われる。
周りには偏差値70台がごろごろいる。僕は全然いたらず、心が折れそうに感じるときも……。授業では、一行一行読むことはしない。文章の最初と最後をまず読み、パラグラフを解体し、butやbecauseなどのディスコースマーカーを「シグナル」にして、縦横無尽な速読方法を何度も練習。僕にはそれが、簡単にできなかった。
いざ、受験本番。会場の雰囲気に飲まれて、英文が頭に入らない。ますますテンパッてしまい、どうにもこうにも……。そのとき、講師の先生がいつも繰り返していた言葉が蘇った。「最初と最後とシグナルに注目」。その途端、落ち着きを取り戻し、文章が見えてきた。スラスラ解答が書ける。最後の最後で「EEC」での苦労が報われました。
──[大学・学部を選んだ<理由>] 志望が決まれば方向性が定まる
商学部という選択は、ある程度固まっていた。しかし大学は、最初は一橋大も考えたし、私立でも早・慶・上智どこかに行きたい、というあやふやな状況。スタッフから、「狙いは1つに絞れ」というアドバイスを受けました。僕は文系ですが、古文・漢文を含めた国語や小論文が苦手だったので、できれば避けたい。慶應の商はA方式を選択すれば、現代文の代わりに数学でいける。これで志望が決定し、勉強の方向性も定まりました。

──[将来の<夢>] 国際公認会計士に向かい英語から
高1のとき偶然立ち読みした公認会計士資格試験の練習問題。数字が並んでいました。僕は数学には自信があった。試しに解いてみたら、正解。公認会計士に、がぜん興味が湧いてきた。会計の専門家であると同時に、仕事は多岐にわたり、企業の経営戦略の提案など、コンサルティング業務も多い。時代が国際化している今、いっそう舞台の広い、国際公認会計士という仕事もある。
そうなると、英語は必須です。「EEC」の講師に勧められたTOEIC用の単語練習をスタートし、ネット配信されているCNNのポッドキャストニュースをiPodで聴いています。夢への第一歩を、踏み出しました。
私の「青山学院高等部自慢」
学校全体が仲良くて、いじめもケンカも経験したことはありません。校内、どんな場面でも、笑いが絶えない。多少性格のクラめな人でも、うちに入るとすぐに染まって明るくなります(笑)。水泳部も最高にいい! 先輩後輩間もタメ口だし、壁がなくて、仲が良い。のびのびと暮らすには、最高の学校です。
私の「慶應義塾大学 商学部 現役合格アイテム」
色紙、お守り鉛筆
水泳部の部長からもらった、応援の色紙。彼とは高1のときから一緒に活動し、二人で水泳部を切り盛りしてきた。受験もお互い頑張ろう、とハッパをかけあっていました。湯島天神のお守り鉛筆は、水泳部の副部長が「本番のとき持って行って」とくれたもの。削らずに、お守り代わりに受験会場の机の上に並べて、焦る気持ちをおさえていました。
















