松井 大 (まつい ひろし)
- 第31期生
──[私の<ハイスクールライフ>] 部活動で培った集中力を受験勉強へ
ロック部と兼部しながら、3年間本気で取り組んだのはアーチェリー部の活動です。朝、昼、放課後と練習あり。最後の大会は高3の6月初旬。団体戦なのに人数が足らず、本来は引退している時期ですが、僕も参加しました。都大会を2位で通過し、関東大会に出場。その合間をぬって、バンド仲間とベースも弾いていました。
本気で受験に取り組み始めたのは大会後から。アーチェリーにこれだけ集中できたのだから、その力を勉強に向ければ受験も突破できる、という思いがどこかにありました。
──[タメになった<授業・カリキュラム>] 英語講師に感化され、書店の全問題集を?!
高2の2月に入塾後、高3の4月に受けた「クラス編成テスト」では、英語の偏差値が50そこそこ。部活に打ち込んでいたから、当然の結果だったかな~。受講したのは「英文読解」と「英文法」。講師の熱い授業展開に感動しました。一問でも多く解くのが得策という方針だったので、本屋の棚に並んでいる問題集を全部やってやろう、と決心。左から順番に買い(笑)、夢中で解きました。英文読解10冊、英文法も10冊以上で、計20冊を超えます。わからないところがあれば講師室に通い、先生に食らいついて質問攻め。
高3夏の学習時間は500時間が目標、とスタッフに言われたけれど、人と同じ時間やっていたのでは、抜きんでることはできない。それなら僕は700時間やろう、と。結果、夏明けの「クラス編成テスト」では、偏差値70台になっていました。

──[私を支えてくれた<先生>] 日本史の“鬼”に認められたい
鬼のように厳しいといわれている「日本史」講師がいます。その場で覚えさせて、どんどんあてていくので、授業は緊張感に満ちている。日本史の塾内選抜テストの上位者は、この授業に参加している生徒ばかり。「よし、じゃあ僕もそのクラスに入ろう」と決意。高3の前半は、その準備として、英語と同じように参考書コーナーを総ざらい。そして後期から授業に参加しました。
ウワサにたがわず厳しく、途中参加者に対して「ホントについてこられるのか?」という目が向けられた。毎回行われる口頭テストは、下位者から順に座っていくサバイバル形式で、最後まで立っている塾生を、講師は認めてくれます。最初はすぐに座っていたけれど、僕も徐々に立ち続けられるように。すると講師の目が変わって、「おまえ、やるな」と。この講師に認めてもらうために、必死になっていたような面もあり、それが講師の戦略に違いないけれど(笑)、おかげで成績が飛躍的に伸びました。
──[早稲田塾で<学んだこと>] 研究者の“輝いた目”との出あい
高3の4月から受講した「現代文」の講師との出会いが、将来を決定づけました。その方は児童文学の研究者でもあり、授業で自分の専門研究の話もしてくださる。そのときの目の輝きが、違うんです。若い、と言うか、子どものように澄んだ目をしている。すっかり感動して、「自分もこうありたい」と心から思いました。そして、自分の夢が見えてきたんです。

──[将来の<夢>] 哲学を学びながら、教えていく
中学の終わりから、哲学書を読みふけるようになっていました。でも将来を考えたときに、職業と哲学を結びつけるのは難しいな、と思っていた。でも「現代文」の講師の目を見たときに、「そんなことは関係ない」と考えるように。慶應義塾大学の塾訓に「半学半教」があります。互いに教え合うことを意味しますが、僕は「一生学ぶことはやまず、そして学びながら教えていくこと」と解釈した。それこそが、自分が歩む道ではないか。哲学を探究し、教えながら、また学ぶ。現実的には、大学の教員という形なのかもしれませんが、哲学者になるというビジョンを持って生きていきたいと考えています。
私の「国際基督教大学高校自慢」
自由な校風というか、ユニークな生徒が多い高校です。夏に水鉄砲を10丁も買ってきて、皆びしょ濡れのまま授業受けたり(笑)。ほとんどの生徒が帰国生だからか、スマートなイメージがあるようだけれど、海外で生きてきただけに、既成の価値観にとらわれない、自由な生徒が多いのが魅力です。NPOやNGO で、海外で活躍する生徒も多いですね。
私の「慶應義塾大学 文学部 現役合格アイテム」
携帯電話
早稲田塾で出会った、同じように慶應の文学部を目指していた友達がいます。僕より先に推薦で合格を決めていたので、携帯メールで励ましのメッセージを送ってくれるようになった。「入学式は一緒に出よう!」とか、受験直前の正月明け、真夜中に机に向かっていると、「まだ勉強してる? おめでとうは合格後に」とか。「これは落ちるわけにはいかないな」と、メールが届くたびに熱くなり、必死に勉強しました。
















