武田佑理 (たけだゆり)
- 第31期生
──[入塾の<きっかけ>] 兄も塾生で慶應へ。私も成功したい!
高校から大学までエスカレーター式なので、内部進学を考えていました。だから高1のときはぜんぜん勉強せずにいて、留年するかしないかのラインを綱渡り(笑)。高2になって、内部進学でも評定平均は必要だと言われ、授業と試験前に必死になってみたら、キライな数学も含め人並みにできた。「けっこうできるじゃん」って驚いた(笑)。高3になり文系選択授業になったら、英語が好きだったこともあって、どんどん成績が上昇。これで内部進学は安泰だなと思った途端、「いっそのこと受験してみようかな」と考えるように。
兄が早稲田塾生で慶應SFCに現役合格した、という成功体験があったので、私もあやかろうと迷わず入りました。かなり遅い出発でしたが、ケア・スタッフが熱い方で「大丈夫。自分と塾を信じて、やれるだけやってみよう!」とハッパをかけてくれ、一念発起しました。
──[私を支えてくれた<先生>] 講師の熱意と友人の力で英語力アップ!
特選カリキュラム「EEC」に、高3の夏期授業から参加しました。大学レベルの難しい英文を読みこなしていくのですが、参加している生徒のレベルもとても高い。国公立や早慶に、すぐにでも受かりそうな子ばかりだった。私はとても効率が悪くて、授業についていくのが精一杯。でも友達が助けてくれて、予習も勉強の仕方も教えてくれた。講師はとても情に厚い、ヒューマンな性格。熱意でグイグイ生徒を引っ張ってくれるので、モチベーションが上がりました。
タメになったことの一つに、単語があります。その文章のテーマに関連するあらゆる単語を収集し、語源にさかのぼって説明してくださるので、単語同士の相関性が見えてくる。様々なテーマごとに展開してくれるので、英語力そのものが上達しました。

──[タメになった<授業・カリキュラム>] 「実戦現代文」で得た力は一生モノ
「実戦現代文」は、現代文のみならず、小論文対策になった濃い授業でした。文章を書くのは苦手だったのですが、授業で繰り返しやった長文要約の練習がとても役立った。文章をバラして論理の筋をぎゅっとつかみとり、100文字程度の塊を一文にしてしまう。
書く作業は、その逆。分解した部品を一つの機械に戻していくように、文章を構築していく。読解することと書くことは、同じ作業を逆からやることなんだ、ということを知りました。小論文の力は、大学でも社会に出ても使用頻度の高いツール。受験を超えて、自信がつきました。
──[受験を通して得た<一生モノ>] 迷ったら……飛び込むべき!
私は急に思い立って、迷いながらも、スタッフの方に背中を押されて、受験生活へ飛び込んだ感じです。そして現役合格を勝ち取った。何にせよ、躊躇したら、結果がどうなるか考えずにやってみるべき、ということを学びました。たとえ失敗してもいい。努力してみた結果は、必ず得られます。
受験は、勉強をする一つのきっかけでしかない。勉強は、大学でも社会でもずっと続いていくものです。その際に生きてくるのが、英語力や論文力。私は早稲田塾でそれをじっくり学ぶことができた。そして経験者の言葉を信じること。自分よりも先へ行って成功体験を持っている人の言葉は、信じるに足る。講師であれ、スタッフであれ、塾で出会った友達であれ、彼らを信じることで、合格を得ることができたのだと思います。

──[将来の<夢>] 憧れのグランドホステスとして
父が商社勤務で、子どもの頃からずっと海外で生活をしてきました。2~7歳の頃はイギリスにいたし、中2~中3はカタールのドーハにいました。インターナショナルスクールに通っていたので、共通語は英語。ペラペラとはいかないけれど、得意ではあります。飛行機に乗って移動ばかりしていたので、空港でテキパキ働いている女性を見る機会が多く、憧れていました。国際線の運航業務に携わり、外国人パッセンジャーの対応をこなすのに、見事な英語を使って仕事をしている。将来はグランドホステスとして働きたいと考えています。
私の「玉川学園高等部自慢」
皆、すごく仲が良い! 伸びのびと学べる学校です。近くにあるうどん屋さんは何を頼んでいいか迷っちゃうくらい、どれも美味しいくて有名で、高3女子がよくたまっていました。
私の「青山学院大学 文学部 現役合格アイテム」
キットカットの袋、親友からの手紙&写真、バドミントンのユニフォーム
中学受験のとき、祖父がいつもキットカットをくれたんです。それで合格できたということで、今回も受験直前に、祖父が同じようにキットカットをくれた。袋にメッセージを書く欄があるのですが、そこに応援メッセージをつけてテーブルに置いてくれる。食べるとホントに受かる気がするから不思議~。
学校の親友が応援メッセージ書いてくれた手紙は、いつも手帳に入れて持ち歩いていました。皆が応援してくれていると思うと、やる気が出た。バドミントン部は、私の代では、私一人だけが引退まで残っていた。その頑張りを思えば、何でも最後までやり通せます!
















