- 西村 拓 助教授
- 東京農工大学
農学部 地域生態システム学科 西村 拓(にしむら・たく)
1963年生まれ。東京大学・農学部農業工学科卒。同大学大学院農学系研究科修士課程修了。91年東京大学農学部助手、96年~97年Purdue大学(米国)客員研究員(土壌侵食研究所)。97年東京農工大学・農学部講師を経て、99年より現職。専門は土壌物理学・環境保全学・地水学。
大事なのは、「どうして?」と考えること

- 東京都下とは思えないほど緑豊かな東京農工大学府中キャンパス
日本という恵まれた国土に生まれ育った高校生のみなさんにとって、いま世界中で「土」に関する問題が噴出しているのを身近に感じることは難しいかもしれない。
「はっきり言って、日本では土壌物理学という分野はマイナーです。研究者も多くはありません。私なんかも工作や洗い物といった雑務からなかなか卒業できません(笑)。以前いた米国の大学のスタッフから、よくからかわれていましたよ」と、西村先生は笑う。
この宇宙船・地球号ではいま、砂漠化や土壌侵食・地下水汚染・農地劣化など、生態系の基盤である「土」が危機に瀕している。「土」を救うための、ひいてはその上で生活する人間を救うための研究が土壌物理学なのだ。
しかしひとくちに土壌と言っても、どんな気候でどんな環境のどのような質の土で、何が問題なのか、世界中にふたつと同じ場所がないように、土も千差万別である。しかも相手が「土」という研究は、ひとつの結果を出すのも時間と根気が必要だ。
「そもそも環境問題というのはやり直しが効かないのです。ですから、あっちの地域でうまくいったから、こっちでもやってみようと試したら失敗した……というわけにはいきません。だからこそ、さまざまな基盤実験で結果を積み上げることが大切なのです。フィールドだとやはり何年もかかってしまいますので、スケールダウンして、室内でモデル実験を行っています。」
もちろん室内だと自然な状態ではないので、注目した要因に絞って、その結果を積み上げて結論を出すという作業となる。
「ここで大事になるのは、実験結果についてとことん『どうして?』と考えること。なぜうまくいったのか? なぜ失敗したのか? いくつもの実験の『どうして?』を通して見ると、うまくいった場合、失敗した場合、それぞれ共通項目が浮かんでくるはずです。その共通項が問題解決のカギを握っているかもしれないのです」
「糊」を与えれば土壌浸食は妨げる!?

- 実験には泊まり込みで行うこともあるという。世界各地の土のサンプルであふれている実験室
いま、山積みの問題のなかから、西村先生は土壌侵食について研究している。 「土壌侵食には、陸地から流れ出した土が浜辺や珊瑚礁を傷めるという害だけではなく、植物の成長に必要な養分が流れ出し、不毛な土だらけになってしまうという深刻な問題があるのです。日本本土は比較的恵まれた環境ですが、沖縄など土の栄養分の少ない地方では、農業を営む際には土壌改良剤を与えたり、肥料をやったりして、生産性を上げるしかありません。しかし長期的にみれば、土壌改良に伴って土壌侵食されやすくなることがわかってきましたので、ジレンマに陥っています。土壌改良をしなければ、作物の良好な生育は望めません。かといって、土壌改良をすれば不毛な土地になりやすくなるかもしれません」
では、どうすれば侵食されずに作物の生育しやすい土壌にできるのか?その解決の糸口が西村先生らの研究の成果として、徐々に見つかりつつあるという。
「土壌侵食が起こるひとつの原因として、土の小さな粒子同士が結びついてできている団粒が、バラバラになって侵食されやすくなることがわかってきました。それならば、粒子をつなぐ糊のようなものを与えてやれば侵食を防げるのではと予測し、2001年から実験を始めています。糊といっても、どんな資材を使用するのが適当なのか、どこでも同じような効果をあげることができるのか……など、詰めなければならない課題が多数あります。今後は、沖縄をはじめ現地の人たちの協力を得て、実際の土壌で試験する計画を立てています」
砂漠は若く、ジャングルは年寄り
「不毛な土地」と聞いて、真っ先に想像するのは砂漠のような乾燥地帯だが、熱帯や亜熱帯でも不毛な土地になる危険を多くはらんでいるという。
「土にも年齢があるのです。最初は岩から始まって、何万年何十万年かけて物理的作用・化学的作用を受けて次第に土になってゆきます。土のたどる過程はどの土地でも同じようなものですが、熱帯や亜熱帯は気温が高く、土中で化学反応が起きる速度がはやい。そのうえ雨によって土の養分が流れ出し、だんだんと鉄やアルミニウムしか含まない赤っぽい土になってゆきます。風化が進んだ赤い土は、人間で言うと、おじいさん・おばあさんと同じで、余分なものが削ぎ落とされている、頑張りのきかない土地なのです。余力のある黒い土では農業をやって土を酷使しても、休ませれば回復しますが、熱帯・亜熱帯の赤い土は元に戻りにくい。土の使い捨てのようになってしまうのです。不毛な土地になってしまう前に、ぜひこれを食い止めなくてはならないのです。
土に年齢があるというのには驚きだが、砂漠などの乾燥地帯の土がナトリウムやカルシウムなどを大量に含む岩の段階に近い若い土で、逆に、熱帯・亜熱帯などの植物の生い茂っている土地が老いた状態にあるとは、ますます驚きである。
疑問を持ち、悩み、それを解決しようとする。その過程が研究者の武器であり、社会への貢献にもつながるはず、と先生は強調する。「なぜ?」「どうして?」を大事にする西村先生の「土」そして「地球」を救う研究はまだまだ続く。
こんな生徒に来てほしい
教養課程の物理の講義を受け持つことがありますが、「高校生のとき、問題集をひたすら解かされて物理は嫌いになった」「なぜ農学に物理が必要なのかわからない」と言った声をよく聞くようになりましたね。しかし、一見何の関係もないような私たちの研究でも、物理・数学的手法を実に多く使います。高校生のみなさんも、いま勉強していることが、この先自分のやりたいことに役に立つのかと、疑問に感じることもあるかもしれません。しかし、高校で学ぶようなことよりも、広く深い世界が現実にはあります。ですから、入り口の段階で、これは嫌い、できないと簡単に決めつけないでほしいのです。先々の自分の可能性を狭めてしまうことになりかねません。そういう意味でも、何事にも挑戦できる人にぜひトライしてほしいですね 。

