- 鍛冶 智也 教授
- 明治学院大学
法学部 政治学科 かじ・ともや
1961年東京都出身。国際基督教大学教養学部卒。同大学大学院行政学研究科博士後期課程中退。88年(財)東京市政調査会研究員。93年明治学院大学法学部専任講師。96年同助教授。02年より現職。この間に国際連合経済社会開発局コンサルタントをはじめ、米ホープカレッジ招聘教授や米プリンストン大学客員フェロー・米ニューヨーク行政研究所客員研究員などを歴任。主な著作に『分権改革の新展開に向けて』(日本評論社)『21世紀を読み解く政治学』(日本経済評論社)『今、アメリカは』(南雲堂)などがある(著作はいずれも共著)。
フィールドワーク重視の「行政学」

- ある夏の日の明治学院大学白金キャンパス

- 鍛冶研究室のある近代的な明学大本館
明治学院大学法学部政治学科。ここではユニークな学科カリキュラムの試みがなされていることで知られており、学生たちにも好評だという。今回登場願う同学科教授の鍛冶智也先生にはそのあたりからお話を聞こう。
「本学の政治学科では、1年次からゼミ形式の授業を取り入れています。政治学というのは正式解答のない学問ですから、このゼミで論理的な思考・議論の仕方や調査・研究の方法など基礎的リテラシーを学んでもらって、まずは大学生らしい形になってもらうわけですね(笑)」
「2年次にはフィールドワーク(現地調査)での実習があります。学生はほぼ1対1の指導を各教員から受けます。このフィールドワークは広い意味での『政治の現場』(たとえばNPO、NGO、自治体の役所、選挙事務所、ゴミの収集から処理の現場など)に出て、それぞれのテーマで調査・研究を行なうものです。これが学生には非常に好評ですね」
学生時代にフィールドに出ていって調査・研究をした思い出は一生のものとして残ることだろう。それも1年次からのゼミ方式というのもユニークな制度といえよう。
「政治学科における必修は2科目(政治学基礎演習・政治学原論)だけで、カリキュラムに柔軟性をもたせています。それぞれの学生が自らの関心に合わせてカリキュラムを組んで学ぶスタイルになっています。そのほか公共政策・政治過程を専門にしている教員が充実していること、メディア・ポリティクス(マスコミ・情報メディア研究)を学べること等もこの学科の特徴でしょうね」
そう語ってくれた鍛冶先生。終始にこやかに語る姿からは円満な人柄がしのばれる。その鍛冶先生の専門は「行政学」と「都市行政」だ。
かつての国際的な冷戦時代には明白な〝敵〟が存在していました。その冷戦時代が終わってみると、あらためて環境問題などが浮上しています。こちらには敵と味方の区別がはっきりせず、ときに個々の市民自らが問題をつくる側になってしまっています。ここにこそ行政学の本質があると考え、社会を少しでもいい方向に変えるために貢献ができるのではないか、そう考えてこの研究に入りました」
鍛冶先生は、大学院生のころから、三鷹市や川崎市・東京都港区など自治体の審議会委員などを委嘱されて活動してきた実践派。ただ、どんなときも委嘱された行政・自治体サイドに与みしないことを活動のポリシーにしている。審議会はどれも公開が原則で、先生の活動ぶりを見学にくる学生たちも多いという。
また鍛冶先生の実践的な活動のひとつとして、外部のNGOと協力してフィリピンの窮民層のための住宅建設ワークキャンプを大学のカリキュラムに組み入れた。鍛冶先生など歴代の担当教員は、毎年夏に20人ほどの有志学生とともに現地に赴いて、肉体作業に自ら汗を流している。
“知的訓練”の苦労と感動をすべてのゼミ生に

- 歴史を感じさせる明学大記念館建物
明学政治学科科目としてのゼミ演習は3・4年次の学生が対象で、3年次はグループ研究、4年次が卒業論文の作成になる。鍛冶ゼミの3年次のグループ研究は3年ごとに大テーマが設定され、各年度別にその小テーマが設けられてグループ研究がなされていく。
「過去3年間の大テーマは、明治学院大学がある港区の住宅地域・商業地域における明治時代からの変遷について調査してきました。現在は港区内における自転車交通についての調査をしており、06年度の小テーマは『自転車交通と街づくり』です。例年その前期にテーマについての基礎的な学習をして、後期は街に出てフィールドワークを重ねていきます」
4年次ゼミ生の卒業論文については次のように語る。
「大学教育でもっとも重要なのは〝知的誠実さ〟を学生に獲得させることだと言われています。それは卒業論文にもっともよく示され、なぜそう結論づけできるのか、その根拠が論理的に展開されていないと論文として通用しません。たとえ小さな課題であっても自ら問題の発見から解決にまで導くことができれば、それがまさに知的誠実さの貴重な訓練となるわけです」
そうした「知的訓練」の苦労と感動をすべてのゼミ生に経験させてあげたいという鍛冶先生。その指導方針については――
「教師がもっている知識は過去のもの。新聞といえども1日前の情報でしかありません。我々が生きていくということは今をどう対処して決断していくかということです。だからといって、過去の知識が無意味というわけではありません。それらは、いま対処している問題解決のための材料や道具・力になり得ます。そうした知識を使ってどう問題解決をしていったらいいか、そういうことを教えてあげたいと思っています」
そして、政治学を学ぶことの意義について鍛冶先生はこうも語る。
「大学の政治学科で学んだからといって、みんな政治家になるわけではありません。本学科の指導理念にも謳われていますが『教養ある政治的市民の育成』こそが大事なんです。自分の頭で考えて判断することができる民主的先進国にふさわしい市民たるべく学ぶということですね」
具体的な例を引きながら、明学大政治学科や先生自身の研究内容などについて鍛冶先生は論理的にわかりやすく語ってくれた。
ところで明治学院大学はいわゆるミッション系大学であり、卒業式は伝統ある学内チャペルで学部ごとに行なわれる。この式での聖書朗読と祈祷は、クリスチャンの学部教員が行なう習わしがある。法学部も同様だが、同学部にはクリスチャンの教員が少ないこともあって、たまたまクリスチャンでもある鍛冶先生が行なうことが多いという。06年3月の卒業式も先生が登壇して祈った。以下、その祈祷の一部を紹介しておこう。
「卒業する者よ、門を叩きなさい……(中略)扉の向こうには、希望があるからです。その希望の光は、自分を磨き、自らが光り輝くためでなく、ほかの人々を尊重し、世の人々を照り輝かし、将来を明るくする希望であります」
4年間にわたり薫陶を受けた恩師・鍛冶先生の朗々たる祈祷のことばの数々。その厳粛荘厳な祈りは卒業生たちの胸を熱くしたに違いない。
こんな生徒に来てほしい
政治について知らなくても構いません。そうしたことはこちらで教えます。重要なのは、この社会や身辺で起きていることに深い関心を持つ能力があること。そういう人にぜひ来ていただきたい。ここで学ぶ人には、人に何をどう伝えてどう解決したらいいかについても教えてあげられると思いますよ。


投稿されたご意見・ご感想(1件)
北村 ちか さんのコメント
先生の授業を受けてからもはや何年も過ぎていますが…今でも先生の授業が大変面白かったことを覚えています。
政治学科なので、いわゆる「政治」の勉強ももちろんしますが、日常生活を題材として討論することもありました。「熱い人」から「冷めた人」までみんな熱く参加していました。
先生の授業を受けると、「知識」だけでなく「考える力」「広い視野」の重要性に気付かされます。今後の人生で、たとえ政治とは関係のない道を歩んでも、ここで学んだことはきっと生きるはずです。「忘れられない授業」を是非受けてみてください。
投稿者: 北村 ちか | 2007年07月26日 16:00