- 富田 武 教授
- 成蹊大学
法学部 政治学科 とみた・たけし
1945年福島県生まれ横浜育ち。71年東京大学法学部卒。81年東京大学大学院社会学研究科博士後期課程満期退学。88年成蹊大学法学部助教授。91年同教授。92年日本学術振興会派遣研究員としてモスクワ留学。97年ロシア史研究会委員長。99年成蹊大学アジア太平洋研究センター所長。02年成蹊大学法学部長・法学政治学研究科長。主な著作に『スターリニズムの統治構造』、主な訳書に『コミンテルンとスペイン内戦』(いずれも岩波書店)などがある。
富田先生が主宰するWebサイトのアドレスはコチラ → http://uno.law.seikei.ac.jp/~tomita/
「失敗の20世紀」を総括する社会主義史研究

- 富田研究室のある成蹊大学10号館

- 成蹊大学正門プレートにクローズアップ
成蹊大学法学部政治学科教授の富田武先生は、スターリン時代のロシア政治史研究においては日本における泰斗とされ、現在は「戦間期」(第1次世界大戦と第2次世界大戦までの間)の日本・ソビエト連邦関係史の研究を進めている。
ここで「スターリンってだれ」なんていう今どきの現役高校生諸君のために豆レクチャーをひとつ……
スターリン(本名ヨシフ・ヴィサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ、1879~1953)は旧ソ連邦の政治家・指導者で、レーニン死後の後継最高指導者として戦後の社会主義世界体制の基礎を築く。しかしその過程で行き過ぎたソ連中心主義と徹底した個人崇拝・粛清などがなされ、ソ連社会主義の暗黒時代の主役たる独裁者。その死後その狂信的独裁支配の苛酷な実態が暴露・批判された……
「大学における教授としての学問研究と学生への教育指導は別物であると私は考えます。ですから、個人的にわたしが興味をもって研究していることをそのまま学生に向かって講義することはありません」
冒頭そう念を押してから、富田先生は自身の研究についてこう語った。
「社会主義史を研究していても、そのこと自体が現実の世の中に直接影響を与えることはありません。たとえば今年2006年は日ソ共同宣言(1956年)から50年目の節目の年にあたります。この共同宣言で国交回復される以前の日ソ関係にはスターリンの意向が色濃く反映されています。節目の年にあたり北方4島問題が取りざたされることと思いますが、私たち歴史研究者は、ソ連が共同宣言で約束した2島返還をめぐるその後の外交交渉のやり取りを跡づけるだけではありません。あくまでも領土問題の本質や根源について歴史をさかのぼって考察すること――それこそが歴史研究者の使命だと思いますね」
そう語る富田先生は、いかにも学究者らしい雰囲気でことばを1つひとつ選びながら話してくれる。さらに前世紀の総括については「社会主義国家の誕生から失敗までの世紀」と概括する。
「社会主義諸国家の凋落をもって、社会主義そのものの理念や社会主義の実験のすべてが無意味になってしまったのか? じつは私はそうは思っていません。20世紀社会主義の失敗の経験から学ぶべき教訓はいまも数多いし、21世紀の今を解くカギも社会主義にこそ潜んでいると思っています。それらを見つけ出すのも歴史を研究する者の役目でしょう」
そして富田先生は、社会主義を含む近現代史の研究の面白さを知るために『暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏』(長谷川毅著 中央公論新社刊、本年度吉野作造賞受賞)をぜひ一読してほしいという。自身の著作もあるのに他の研究者の本を紹介するあたり先生の度量の広さもうかがえる。
さらに進化する政治学科随一の人気ゼミ

- 夏休み中で閑散としたキャンパス全景

- キャンパス内にある「成蹊学園史料館」
さて、所属する成蹊大学法学部政治学科の特徴について富田先生は次のように語る。
「本学政治学科は伝統的に①政治思想史②国際政治および地域研究③行政学・地方自治の3点が強いといわれ、それが特徴となっています。また1年次の学生には『社会科学方法論』の授業が必修とされ、これも特徴のひとつでしょう。この授業はゼミ形式で行なわれ、基本的に上から指示されてやる小中高の学習とは違う大学における学習・研究の方法論をきちんと学んでもらいます」
こうした「社会科学リテラシー」を学ぶことで、大半の学部学生が大学生としての意識と自覚をもつようになるという。そして、政治学科本来のゼミ演習は2年次から始まるが(これは必修ではなく選択科目)、同学科一番の人気ゼミそれこそが富田ゼミなのだ。
「わたしのゼミでは定員制を敷いていませんので、多い年度ではゼミ生が20人を超えることもあります。平均すると例年15~20人ほどでしょうか。基本的な進行スタイルとしては、前期がテキスト講読で、夏合宿をはさんで後期からは各ゼミ生がテーマを決めてそれぞれ研究していくパターンですね」
富田ゼミにおいては毎年度ごと学年次別に先生から研究テーマが出されてきた。ちなみに06年度の各テーマは2年次ゼミが「政治と報道」、3年次ゼミが「北東アジアと日本外交」、4年次ゼミが「戦後政治を考える」となっている。
これまで各年次テーマは毎年違うものが出されてきた。しかし、これからはテーマを次第に固定して特徴を出そうかとも思っている――富田先生はそう抱負を語る。
ジャーナリスト志望者に託す熱き批判精神

- 青き日の安倍晋三総理も見上げたはずのケヤキ並木
なお、富田先生には報道記者や政治家などに知己朋友が多い(とくに氏名は記さないが、政治家の中には大臣経験者も)。そうした豊かな人脈との交流によって得られた生の「秘密情報」が講義中によく語られる。そのことが先生の授業やゼミを面白くし人気あるものにしている面もあるようだ。
じつは先生自身が若いころジャーナリストを志望したこともあったという。教え子たちに託して自らなし得なかった夢を果したいとも語る。
「わたし自身がジャーナリズム・報道の世界が性に合うというか好きなのですね。ですから教え子の中でジャーナリスト志望の学生がいたら応援してあげるようにしています。フジテレビのアナウンサー宮瀬茉祐子をはじめゼミOB・OGにはテレビ局社員になっているのも多少はいるんですよ」
すでに富田先生の個人的な「マスコミ就職指導」にはかなりの実績がある(ゼミは違うがフジテレビ高島彩アナも成蹊大学法学部政治学科の出身)。テレビ局や新聞社のような大きな組織に入ると歯車のひとつになってしまいがちだが、きちんと自分の頭で考えて意見が言える真のジャーナリストを目指してほしいとエールを送る。
最後になったが、60年代後半、大学のあり方に対する批判を契機に全国の大学において全共闘運動の嵐が吹き荒れたことを知っているだろうか? この歴史的学生運動の発端になったのは、当時の東京大学において全学共闘会議がリードした無期限ストへの突入だった。ここから始まった「東大闘争」は約1年後の警察機動隊による安田講堂の封鎖解除まで最も激しく闘われた大学闘争として知られる。この東大闘争における中心メンバーのひとりが実は富田先生だった。この東大闘争時代のことに水を向けても……
「若いころのことだから」とあまり多くを語ろうとしない富田先生だが、それでも「僕はその志をいまも失っていないつもりです」とキッパリ。時を経ていま学生を教える側に立場を代えたが、時代に敏感な若者たちの立場から物事を見て批判精神を失わない信条はいささかも変っていない。そんな信念と気骨を貫いている学究にして教育者なのである。
こんな生徒に来てほしい
成蹊大学の学生は全体におとなしくて個性的な学生が少ないように思いますね。これは大学の規模に関係しているのかもしれません。そうした温和な雰囲気はわたしの個人的趣味には正直ちょっと合いませんね(笑)。そんなムードなどものともせず、学生時代でなければできないことに積極的に取り組む人を求めます。それは学外のボランティア活動でもいいし、国外の海外青年協力隊などでもいい。我々教員もそのための協力は惜しまないつもりです。

