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Good Professor

葉養 正明

葉養 正明 教授
東京学芸大学
教育学部

はよう・まさあき
1949年千葉県生まれ。72年東京教育大学(現筑波大学)教育学部卒。77年同大学院教育学研究科(教育学)博士課程単位取得満期退学。77年東京教育大学助手。81年東京学芸大学講師。83年同助教授。98年米サンディエゴ州立大学在外研究員。99年より現職。著作は『小学校通学区域制度の研究』『米国の「学校の自律性」の研究』(ともに多賀出版)『よみがえれ公立学校』(柴峰図書)など多数。

拙速な「教育政策」改革論議に警鐘

葉養研究室のある学芸大人文系研究棟
葉養研究室のある学芸大人文系研究棟

21世紀初頭のニッポンの社会を象徴する「風景」として、教育再生会議や教育改革国民会議やら何やらと「教育改革」論議でかしましいことがある。世の中の悲惨な事件・事故の原因はすべて教育制度にあると言わんばかりの風潮。受験戦争・詰め込み主義・ゆとり教育・学力不足・学級崩壊・いじめ・未履修科目等々――そして何やらネコの目のように変わるこの国の場当たり的かつ大衆迎合主義的な教育行政――その不毛ぶりこそが戦後ずっと一貫しているともいえる。

教育論議が高まれば高まるほど公立校への世の人々の不信感に拍車がかかる。そんな折もおり東京都足立区が学力テストの結果によって区立小中学校への予算割り当てを変える方針を06年に打ち出して話題となった。序列主義・学歴主義を温存した上でのこうした疑似的「教育改革」の動きに異を唱える有力識者のひとりに東京学芸大学教育学部の葉養正明教授がいる。

今回はその葉養先生への取材とあって、強面の論客を想像しやや及び腰で先生の研究室を訪れた。ところが実際にお会いしてみると、じつに穏やかな表情で笑みを絶やさない優しい空気が先生の周りに漂う。取材を始めてみても、学究らしい静かな語り口で温厚な人柄がしのばれる。戦々恐々たる筆者もホッと胸をなで下ろしたのであった。

そんな葉養先生の専門はそのものズバリの「教育政策」。ひと口に教育の政策といっても国際的なレベルから国・地方自治体レベルまでと幅広い。このうち先生が主に研究しているのは地方自治体レベルの教育政策で、この分野では第1人者とされる。

「教育政策や教育改革の問題というのは全体を見通す目が大切なのです。問題のあるところを対症療法的に手当てしても、必ず他のところに歪みが出ます。ですから長期的・全体的な体質改善を中心に考えつつ、部分的に対症療法で補っていくのがベストなのです。しかし政治家などがアドバルーンをあげて拙速な結果を求めたがるために、どうしても場当たり的な改革論議が多くなってしまうのですね」

今も昔も資源小国ニッポンにとって最重要の課題が教育問題であることは間違いない。折しも安倍晋三・自公連立政権においても教育再生会議を発足させるなど教育改革に乗り出している。

「本来でしたら文部科学省の諮問機関である中央教育審議会が長期的に審議すべきなのです。しかし保守的なメンバーで構成される中教審には各種しがらみもあって急激な改革は期待できません。それにしびれを切らした政府が再生会議を発足させたというのが実情です」

教員養成の切り札としての「PDS」実習

小金井キャンパス正門に続く桜並木
小金井キャンパス正門に続く桜並木

教育再生会議がどのような改革案を提示するのか大いに注目しているところとも語る葉養先生。そして、冒頭で紹介した足立区の新制度については――

「この場合などは教育改革ということから大きくズレていると思います。公立学校の存立意義のひとつは、経済的に恵まれない家庭の子弟でも十分な教育が等しく受けられ有名大学に受験するチャンスが保障されることにあるはずなのです」
「なにより今回のようなことが実際に決められると現場は大混乱するでしょうね。人間の社会というのは感情が入りまじる非合理なものでもありますから、テスト成績など合理主義だけで処すると大変な混乱になると思われます。だからといって非合理だけで良いわけではなく、合理主義との兼ね合いを見つけ出すのが本当の教育改革のあるべき姿なのです」

同じことは今回の政府による教育再生会議等にもいえることで、葉養先生の見解としては決していい方向には向かっていないと警鐘を鳴らす。

一方、アメリカの教育事情とくに教育実習の問題についても先生は造詣が深い。日本ではややもすると形骸化しつつある教育実習だが、彼の国での様相はかなり違うという。

「80年代から始まったPDS(教職職能開発学校)という教育実習のモデルがあって、いまや全米に広がっています。これは、教職志望の学生の教育実習をあえて諸問題を抱えている学校で受けさせるというものです。そうした問題校での教育指導体験をすることで教師としての力と自信がつくことになるわけで、かなりの効果をあげています」

ここのところ葉養先生は日本でのPDS普及を盛んに呼び掛けてきた。しかし今のところこれに賛同して実施しているのはわずかに某1大学にとどまる。

そこには文部科学省側の壁、教員養成機関としての大学自身の覚悟の問題、それに何より問題を抱えた学校側の協力が得にくいこと等がある。真にニッポンの教育の未来を考える教育関係者からはPDS実習が切り札であることを理解されながらも、その実際の普及の見通しははかばかしくないようだ。

自分の殻を破るチャンスとしての大学生活

ある日の東京学芸大キャンパス
ある日の東京学芸大キャンパス

東京学芸大学は教育学部だけの国立の単科大学で、従来は教員養成を目的にした「教育系」だけの大学だった。しかし2000年から生涯学習の教育者養成等を目的にした「教養系」も開設され、葉養先生の所属はこちらになる。

「教養系は4つの分野、社会学・教育学・社会教育学それに医学とに分かれています。このうち私は教育学の『地域教育』を担当していることになります」

学芸大においてゼミ演習が始まるのは3年次からで、定員は例年10~13人ほど。葉養ゼミは先生による授業形式で基本的に進められていく。最近の学生気質については次のように語る。

「いまの学生たちの様子を見ていますと、タテ割り構造の人間関係をとても嫌うようですね。わたしの研究室には学部のゼミ生から修士・博士課程の院生までいるのですが、ゼミ生たちは不明なことがあると皆わたしのところに聞きにきます。『教授や講師だけが先生ではなく大学院生も立派な先生なのだから、私のところにくる前にまず院生にも尋ねてみたら』などと繰り返し指導しているのですが、これがなかなか徹底されませんね。院生たちにとっても後輩に教えることで学ぶことが多いはずなのですが……」

自身の学生時代に比べあまりに様変わりしてしまった今どきの学生・院生たちのコミュニケーションのなさを嘆く先生だ。そんな葉養先生の学生時代のころは、先輩学生や院生に論文の書き方のイロハから教わり、夜は先輩も後輩もなく安酒を酌み交わしながら談論風発が深更にまで及んだものだという。

「たまに研究室のみんなを誘って飲みに誘うこともあるのですが、みんな自分のスケジュールを優先してなかなか集まってくれないですね。本心として私も含めてタテ割りの人間関係のなかで飲むのが嫌なのかもしれません」

しかし大学時代の4年間というのは、価値観の異なる他世代や先輩との関係を経験して自分を変えていく人生一大チャンスの時期でもあるはず。学問以外のそうした経験も通して、自分の生きる筋道が見えてくるはずなのだが……

「私もいろいろ工夫しているつもりですが、残念ながら今の学生諸君の中には自身の道を見つけられないまま卒業してしまう例も多いですね。まぁ、これも受験競争一辺倒の教育制度や多世代の人間関係を経験していない弊害なのかもしれません」

ここに真の教育制度と教育政策のありようについて教育問題専門家として腐心する1人の教授の姿がある。

こんな生徒に来てほしい

東京学芸大学というのは教員養成という歴史と伝統がありますから、学習とか教育・成長・発達などに関心のある人にぜひ来てほしいですね。目先の偏差値的にピッタリなどという理由で来られるとちょっと困ります。それでは本人のためにも良くないと思います。大学というのは社会に出る最後の段階ですから、どういう夢を叶えるためにその大学に進むのかよく考えてから決めてほしいですね。

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