- 上條 賢一 教授
- 東洋大学
生命科学部 大学院 生命科学研究科 かみじょう・けんいち
1949年長野県生まれ。71年新潟大学理学部地質鉱物学科卒。コンピューターシステムエンジニア(SE)や専門学校教員などを経て75年東洋大学工学部助手。84年同講師。96年同助教授。97年同生命科学部助教授。01年より現職。主な著書に『パソコンによる実験計画法入門』『パソコン統計学入門』『パソコン情報学入門(共著)』(いずれも工学図書刊)等がある
なお上條研究室のWebサイトアドレスはこちら → http://www3.itakura.toyo.ac.jp/%7Ekamijo/
情報工学から生命科学へのアプローチ

- 上條研究室のある板倉キャンパス1号館

- 広々とした東洋大学板倉キャンパス
今回ご紹介する東洋大学生命科学部の上條賢一教授はなかなかに型破りな経歴をもつ。プロフィール欄を見てもらえば分かるが、大学で地質鉱物学を学びながら、現在は生命科学部において教壇に立つ。いわゆる学歴は、分野の異なる大学学部卒でしかない。そこから大学院教授にまで至る努力の人。さらに、一時はプロの落語家を目指そうとしたらしい。全くもって捉えどころがないというかユニークな先生なのだ。
「わたし自身としても教員になろうという意識は当初まったくありませんでした。それがいつの間にか大学で教えているんですから、いちばん驚いているのが私自身なんですよ」
そう言って豪快に笑う上條先生。ふくよかなその笑顔はどんな相手をも和ませる。大学卒業からここに至る先生の経歴をあらためて紹介してみると……
新潟大学で地質鉱物学を修めて卒業した上條先生は、ひょんなことから畑違いのコンピューター関連企業に就職する。そこでSE(システムエンジニア)業務に就いてコンピューターシステムについて徹底的にたたき込まれる。そうした企業現場でのSE業務を続けるうちに、いつの間にか誰もが認めるITシステム・情報関連のエキスパートになっていく。
やがて卓越したその能力が認められて情報系専門学校の講師に迎えられ、さらに東洋大学工学部に、そして大学院教授の現在に至る。ただし、さすがの上條先生にとってもここまでの道程は生半可なことではなかった。
一睡をも惜しむようなSE時代におけるITシステム技術の習得、東洋大の教職に就いてからも独学での博士号取得(94年京都大学理学博士)など人知れず苦労も重ねてきた。そんな上條先生がいま教えているのは生命科学部生命科学科(単科)。そのへんの事情については本人の口から聞こう。
「この学科で教えているのは大半が化学と生物の教員スタッフばかりで、私ひとりが情報工学と地学の専門です。ただ最近は、どんな生命科学の研究にも情報工学が不可欠なものになっています。私としても、生命科学科の一員として情報工学を駆使して、ヒトの脳波や心電図の時系列変化を研究したりとソフト面からのアプローチを行なっています」
脳波や心電図等の時系列解析から病変予兆

- 低層で伸びやかな印象の板倉キャンパス

- 格調高さのある板倉キャンパス図書館
いま上條先生が力を注いでいるのは、ヒトの脳波や心電図・血圧などを定期的に測定して心臓発作・脳内出血のような危険な病変の予兆をとらえようという研究だ。これは世界でまだ誰も手掛けていない研究分野となる。
「ちょっと難しめに説明しますと、時系列における局所的フラクタル(自己相似)次元の変化を調べ、時系列変化の複雑性の度合いを計ることによって、そうした病変の予兆をとらえようという研究手法となります。たとえば血圧を毎日測っていると、その変化の仕方が複雑になって局所的フラクタル次元が高くなることがあります。それらを解析して危険な病変の前兆を察知しようというわけですね」
ヒト生体の病変予兆ばかりでなく、地球温暖化が海水温に及ぼす影響の予測(伊豆半島周辺での現地調査も上條研究室として始めている)、あるいは金属疲労から破断への予測など――この研究手法の汎用性は意外なほどに広い。研究手法確立に向けて未だデータ収集の段階ということだが、「たとえ時間がかかっても必ず解明してみせます」と世界初のパイオニアとしての決意を見せる。
東洋大学生命科学部では学部4年次になると各教員の研究室に入って卒業研究の1年間を送る。そこで面白いのが学生の配属先の決め方で、なんと学生同士の話し合いで事実上決めているのだという。配属学生が誰もいない研究室を出さないなど条件はあるが、あとは全て学生たちの裁量に任されている。
生命科学部にあって異質な存在の上條研究室は人気が高いが、定員は6人以内と決められている。3年次後期に研究室仮配属の制度があって、全員が研究室体験をすることとなる。そこで先生の学生指導の方針だが――
「学生の自主性に任せるのを方針にしているのですが、最近の学生は自主性に乏しい人が多いのが実情で、ある程度の方向付けだけは教員側からしてあげないと全然ダメなんですね(笑)。それにしても学生自身になるべく考えさせるというのが私の最大の方針としています」
卒業研究については、個人研究でもグループ研究でもOKとしている。生命科学に関するテーマであれば、上條先生の専門である情報工学・地学のどちらからのアプローチでもよいとのことだ。
プロはだしの落語トークで軽快な講義

- 最寄り駅の名は「板倉東洋大前」
さて、上條先生はプロの落語家を目指したこともあると冒頭に書いた。ちょっとこれにも触れておかねばなるまい。高校・大学ともに落語研究会に所属し、大学では会長まで務めた。その会員からプロの落語家になった人もいるというから、かなり本格的な落研ではあった。
上條先生自身も、大学時代にローカル局ながら自ら司会をして得意の落語や漫談を披露するテレビ番組に出演していて、その番組は3年間も続いたという。また、すでに故人になった金原亭馬生師匠が甲府市と新潟市で独演会を開いたときには何とその前座までも務めている。
「馬生師匠の前座を務めさせてもらったのは私の自慢のひとつですね。結局プロにはなりませんでしたが、落研で鍛えられた話芸の技術はいま学生指導に役立っています。講義を始める時にいきなり本題に入ると近ごろの学生たちは付いて来てくれません(笑)。そんなときは小話のひとつでもしてやり、まずは笑わせて集中させてから始めるようにしているんですよ」
そしてインタビューの最後にこんな話もしてくれた。
「学生時代になるつもりのなかった教職に就いていますが、いまは人を育てることの素晴らしさを実感する日々です。ただ、学生に迎合するような教え方はしたくありません。昔の先生たちの偉かったところは、生徒の質問に対して『答え』そのものを教えないで、『辞書の引き方』を教える教育をしました。教え与えられることに慣れきった今どきの学生相手ではありますが、そんな教師を目指したいですね」
こんな生徒に来てほしい
とにかく新しいことにチャレンジしようという人ですね。その気持ちさえあれば、成績や能力などあまり関係ないと思っています。ただ上から言われたことをするだけで満足することなく、いい意味で枠をハミ出すくらいの人のほうが頼もしいですね。向上心と体力さえあれば、人生いつでも再スタートはできます!










