- 渡邉 正樹 教授
- 東京学芸大学
教育学部 養護教育講座 わたなべ・まさき
1957年千葉県生まれ。88年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。88年鳥取大学教育学部講師。91年兵庫教育大学助教授。99年東京学芸大学教育学部助教授。05年同教授。06年より講座主任。主な著作に『学校安全と危機管理』(編著)『健康教育ナビゲーター』(前著とも大修館書店)『子どもの危険予測・回避能力』(光文書院)などがある
ちなみに渡邉先生が主宰する「健康教育ナビゲーター」のWebアドレスはコチラ → http://www.u-gakugei.ac.jp/~masawata/
国公立大学初の「養護教育講座」とは

- 渡邉研究室のある「芸術・スポーツ科学研究棟」5号館
東京学芸大学教育学部の「養護教育講座」。教育系屈指の学芸大にしても聞き慣れない印象なのも無理はない。これは07年4月に開設されたばかりの最も新しい講座なのだ。その講座主任にして開設にあたり中心的な役割を担った渡邉正樹教授こそが今週ご紹介する一生モノの恩師だ。まずは、その養護教育講座についてから伺ってみよう。
「養護教育講座とは、学校の保健室におけるいわゆる『養護の先生』を育成するのが目的となります。じつは本講座を開設するまで都内の国公立大学に養護教諭の養成課程はどこにもありませんでした。以前から本学に開設してほしいとの要望が多くあり、ようやく今年度開設に至り第1期生を迎えることができました」
養護教育講座としてめざす教育目標について渡邉先生は次のように語る。
「学校保健一般についてだけでなく、外部の医療機関や保健機関などと連携を図りながらいかに児童・生徒の健康を守っていくかということを教育・養成の主眼にしています。その学校の置かれている地域の実情を把握して、地域コミュニティー全体のなかで学校保健をどう位置づけて取り組んでいくべきかを学ぶことになります」
さらに同養護教育講座の特徴については――
「まず1学年の学生定員が10人の少人数なのに対して、教員が5人もおります。ですから個別指導もきめ細かくなりますし、非常に恵まれた教育環境といえます。さらに養護教諭免許と同時に保健科の教員免許取得を希望する人のためのカリキュラムも用意されているのですよ」
さすがに国立大学というか、至れり尽くせりの配慮がなされている。
「健康リテラシー」理論提唱のパイオニア

- 小金井キャンパス東口からのケヤキ並木
さて渡邉先生自身の専門分野だが、「健康教育学」と「安全教育学」の2つ。これらの分野ではともに第1人者と目される。まずは本来的な健康教育学のほうだが、「健康リテラシー」という概念を日本に最初に紹介したパイオニアとしても先生は知られる。
「健康リテラシーというのは、健康に関する情報を自ら探し出して正しく読み取り、その情報を自らの健康に役立てる能力を市民・国民にもたせるという考え方です。10年ほど前からアメリカなど欧米では学校などの健康教育の目標となっていました。しかし当時の日本では知る人も少なく、私がこの概念の普及役を務めることになったわけです」
ようやく10年ほどかかって国内の教育研究者のあいだでも健康教育学の基本概念として認識されるようになった。だが未だ文部科学省など国全体を動かすまでに至っておらず、渡邉先生の普及活動も道半ばらしい。
「健康リテラシーが正しく理解され普及することで、たとえば性やダイエットなどに関する清濁雑多なメディア情報に対して批判的思考力が働いて正しく判断ができるようになります。そうしたリテラシー(活用能力)を保健教育によって高めることがますます大切になっています」
教職課程必修科目にぜひ「安全教育」を

- 冬枯れの学芸大学小金井キャンパス全景
もうひとつ渡邉先生が力を入れているのが「安全教育」。児童・生徒をめぐるこの国の近年の安全環境については、農耕民族由来の儒教倫理的なコミュニティー共同意識が薄れいくなか、誘拐・殺人や暴漢の校内乱入など凶悪化する犯罪さらに直下型地震などの大災害にも脅かされつつある。
「これまで日本国内においては、防災対策はともかく学校内での防犯といった考えは事実上ありませんでした。ますます都市化・国際化する時代にあって、外内部からの不条理な暴力やいじめに対してどう対処し自らをどう守るかといった安全教育の必要性を感じまして、以前から個人的に研究を始めていたわけです」
そうこうしているうちに大阪教育大学附属池田小学校無差別殺傷事件をはじめ児童・生徒をターゲットにした凶悪事件が21世紀初頭の黄昏ニッポン社会に続発するようになる。
高まる世論の不安批判を受ける形で文部科学省・総務省はその対策のための委員会や研究会を立ち上げていく。それらの委員長・座長などとして取りまとめ役を務めてきたのは誰あろう渡邉先生その人であった。小学校等の安全に関するマニュアルを文部科学省が全国的に配布したが、その作成責任者を務めたのも先生であった。
「これまでも校内安全に関するマニュアルは一応ありましたが、今回はじめて登下校時の安全対策のフローチャートも付けました。登下校時に犯罪被害に遭う例が近年多くなり、その対策として作成したものです。児童・生徒を犯罪から守っていくためには、子ども自身に危険予知とその回避能力を付けさせること、それに学校と地域とが緊密に連携して安全を守っていくことが重要だと考えます」
ただ教職課程を履修する学生の必修科目にこの「安全教育」がなっておらず、一刻も早く必修にする必要があるとも説く。健康教育学と安全教育学の分野では権威ともされる渡邉先生だが、偉ぶったり飾ったりする素振りなど微塵も見せない。
課題を発見し解決していく能力が問われる

- 教育系蔵書に定評ある学芸大附属図書館
東京学芸大学養護教育講座のゼミ演習が始まるのは3年次からで、まだ第1期生が1年次を履修中の07年現在は行なわれていない。2年後のゼミ開設時には渡邉先生も開講する予定だ。
「やはり健康と安全の教育についてきちんと指導できる人材の育成を目標とするゼミ内容になるでしょうね。そのための計画立案から指導法の教育、それに実習の機会も多くしたいと考えています」
そうした学生たちへの指導方針については、とにもかくにも自ら考えて行動できる人材を育成したいと語る。
「最初のうちは私のほうから指導するスタイルとなるのでしょうが、ある程度のところから自分で課題を見つけて解決に立ち向かえるような人材を育てたいと思っています。ただ問題にあたって1人で考え悩むということではなく、そのための人的ネットワークや各種ツールを活用することなども含みますが……」
この国の未来を担う子どもたちのために健康・安全教育の理想に向けて牽引しつづける渡邉先生。現役高校生諸君にとっても一生を託すに足るプロフェッサーと言えよう。
こんな生徒に来てほしい
いわゆる「養護の先生」といいますと医療・看護などのイメージが強いですが、実際には生身の児童・生徒たちを相手にする仕事ですし、子どもが好きであることが第1の要件になります。また保健室にやって来る子というのは、激烈ないじめや競争原理など今のニッポン教育が抱える問題の影響や何かしらの個人的悩みを抱えていることが多いのです。そうした子どもたちを前向きな気持ちにさせられるような人、そうした考えで仕事に取り組めるような人ならさらに素晴らしいですね。

