吾輩は虎である 十
「吾輩は虎である」 十 藤沢校
昨日耳にした報道によれば、二千十年は虎の年であるとか。
虎族の責任もはなはだ重大である。
正月早々、吾輩の尊敬する虎がやってきた。
日本史の虎、北岡先生と、数学の虎、服部先生だ。
我ら虎族間でお互いに挨拶をするときには決まって紳士的笑顔である。
虎だって笑わないとは限らない。
人間は自分よりほかに笑える者がないように思っているのは間違いである。
吾輩が笑うのは、鼻のあなを三角にして咽喉仏を震動させて笑うのだから人間にはわからぬはずである。
吾輩は、日本史の虎、北岡先生から、ある土産をもらった。
吾輩は、同じ猫科の遠い祖先が捨て猫の身から立身出世して著した傑作を読み、
虎ながら一つの心理を感得した。
「得難き機会はすべての動物をして、好まざることをもあえてせしむ」
そもそも虎年の歴史をひもとけば ―長いことだからこれは日本史の虎北岡先生に譲って、
ひもとくだけはやめてやるが― 人間は全く虎年で持っているのだ。
虎年はかくのごとく人間にもだいじなものである。
人間が虎年か、虎年が人間かというくらい重要な条件である。
先だっての虎年は一九九八年である。 ・・・
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先だっての虎年は一九九八年である。
吾輩が写生文を鼓吹できるのも、逐一読者に報知する能力と根気を持ちうるのも、
虎年一九九八年生まれの、林檎印がついた白き機械の御蔭であった。
二十四年前の虎年一九八六年。
世界初のレンズ付きフィルム「写るんです」なるものが生まれた年。
吾輩がベースボールの虎と認めるベースボール軍団日本ハムのダルビッシュ有投手が生まれた年だ。
一九八六年生まれの輩は、寅年の中でも36年に1度の「強の寅」と言われ、強い運気を持つのだ。
虎族一同、渾身の声援を贈るのである。
三十六年前の一九七四年。
白君の誕生である。 虎年生まれの白君は世界でも有名な美貌家である。
吾輩は虎には相違ないが物の情けは一通り心得ている。 女性の影響というのはじつに莫大なものだ。
その顔の丸さかげんがいうにいわれんほど美しい。曲線の美を尽くしている。
鼻の出っ張り加減、足の長さ具合、何があっても動じない目つきなどもとうてい形容ができん。
人間の歴史は肉の歴史にあらず、骨の歴史にあらず、血の歴史にあらず、
たんに虎年の歴史であると申したいくらいだ。
虎年の二〇一〇年。この早稲田塾藤沢校から虎年の歴史に関係する大事件がおこりそうだ。
<続く>










