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GOOD PROFESSOR

筑波大学 大学院
人文社会科学研究科

五十嵐 泰正 准教授

いがらし・やすまさ

1974年千葉県柏市生まれ。専門は都市社会学・国際移動論。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得退学。この間にバーミンガム大学大学院カルチュラル・スタディーズ学科へ留学。生まれてから暮らしてきた千葉県柏市で、音楽や手づくり市などのイベントをする「ストリート・ブレイカーズ(柏のまちづくりイベント集団)」に05年より参加(現在は代表)、まちづくりに実践的にかかわる。

編著に『労働再審2 ——越境する労働と〈移民〉』(大月書店2010年)『みんなで決めた「安心」のかたち——ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の1年』(亜紀書房2012年)『よくわかる都市社会学』(共編、ミネルヴァ書房2013年)『常磐線中心主義(ジョーバンセントリズム)』(共編、河出書房新社2015年)ほか。『エコノミスト』『POSSE』『現代思想』、ウェブサイト「シノドスジャーナル」などにも寄稿。

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上野の街の多層的な表情が紹介された講義。
一時イラン人が集まった理由も温かな視点で解説
される
編著書『みんなで決めた「安心」のかたち
――ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の1年』。
先生が先頭に立って農地の汚染傾向を見つけて
情報発信をしてゆく経緯を記録

社会を動かすプレイヤーとしての都市社会学研究

――今週は、地域に分け入って、住民とがっちりスクラムを組んで街を支え続ける都市社会学者の登場だ。五十嵐先生は千葉県柏市生まれの柏市育ちだが、2011年の福島第一原発事故後、放射性物質のホットスポットができた柏で、地元農家と消費者との間に生まれた不信感を2年かけて修復。厳しい意見の対立があっても「地元愛」という共通項をもとに協働的な解決策を探る会議と放射能測定を重ね、その克服法を見出してきた。職場を飛び出して社会に働きかける大学の先生でもある。まずは五十嵐先生がそのように至った経緯からお聞きしていこう。

もともと僕は外国人労働者についての研究をしてきました。大学院修士課程では、パキスタン人とブラジル人がたくさんいる工場で3ヵ月ほどエアコンを組み立てる工場労働者として働いて、一緒に行動しながら観察し、その人間関係を調べました。人種間関係に興味があったんですね。いまでも興味がないわけではないのですが、もう少し広い空間で立場の異なる人たちの間の関係性構築のあり方を見たいと思って、都市社会学を勉強するようになり、イギリスにも留学しました。

その頃たまたま東京・上野とのご縁ができました。上野が終点のJR常磐線沿線の柏市民として、中高校生時代から買い物したり遊んだりしていましたが、とても親しい5歳上の高校の先輩が台東区の区議会議員に立候補したんですね。その選挙活動を頼まれて手伝って当選。すると、その先輩の上役である上野在住の方の都議会議員選挙も頼まれて大学院生のときに仕切ることになり、上野の街にどんどん知り合いが増えていきました。選挙って、サラリーマンの家庭で育ってきていると縁のないものですが、町中の人間関係がダイレクトに見えるある意味「町内社会のお祭り」なのです。

その後イギリスで都市社会学と都市地理学を勉強したのですが、さまざまな国から来ている留学生が自らの国の都市について説明するゼミで、上野のことを説明したところ、ロンドンで言えば大英博物館と「リージェンツパーク」と「カムデンマーケット」と「キングスクロス駅」さらに外国人移民が多い地区――それぞれ離れて存在する全然イメージや機能が違う諸地区が、歩いて10分ぐらいの距離に凝縮している都市なんて聞いたことがないと驚かれました。上野という街は世界的に見てもユニークであると気づいたのです。

都市社会学では、都市を「高密度で多様性や異質性に富む地域」と表現します。伝統的な農村だとみんな同じく農業に就いていて似たような人たちが集まっているわけですが、都市では分業が進んで、多様な職業や階層・ライフスタイルの人々が集まっています。アメ横から美術館までが集まっている上野は、東京のなかでも、階層的にも文化的にもさまざまな人たちがあまり触れ合うことはなくても一緒の空間を共有する場所です。「高密度の異質性」という都市の定義から考えると、上野は稀有なレベルで都市的な場所と言っていいのではないかと気づき、帰国してから上野の街について研究するようになりました。

JR常磐線への愛にあふれた
『常磐線中心主義(ショーバンセントリズム)』。
ウェブサイト「シノドスジャーナル」やTwitter
でも発信中
広大な筑波大学キャンパスの中央入り口付近

「観察者」よりも「プレイヤー」でありたい

自らの研究テーマを選ぶにあたって、最初僕は研究対象に「本職」のいる研究分野は避けようと思っていました。政治学をやるなら政治家、経営学なら経営者になったほうが面白いに決まっている。なので、職業として成り立ちにくい分野で「観察者」になろうと思って、最初は研究テーマに「国際労働移動」を選んだわけです。

けれど、それが「都市社会学」にだんだん変わっていくことになります。都市社会学とは、平たく言えば「まちづくり」のうち、ソフト事業やコミュニティーにかかわる部分も研究対象です。そこにはまちづくりコンサルタントやプランナーといった専門職たちもいる。最初の条件から外れます。それなのに、こちらに興味が移った理由は、上野の商店街や選挙にかかわった経緯もありますが、自分自身が研究者・観察者というよりプレイヤーとして一主体でありたいという想いが増してきたことがあります。

先の移民研究では、自分自身は本職のプレイヤーである移民には、日本にいる限りはなれるわけがない。海外に行ったとしても、移民労働者として工場で働きながら移民労働者を研究するのは出来ないが、まちづくりのアクターの一人として活動しながら都市社会学を研究し教えることはできるはず。「観察者」であると同時に、プレイヤー・アクターになりたいという気持ちが増してきた。それで次第にまちづくりに直接かかわる分野にシフトしてきたのかもしれません。

構内のシンボル的な「石の広場」。
学園祭のコンサートやイベントなどはここで催される

いろいろな人と出会い「生き方」の幅を知ろう

――五十嵐先生が受け持つ講義は「都市社会学」「地域社会学」「現代社会論」という3つだ。

「都市社会学」では都市のイメージやモノ・資本・情報の流れといったことを中心に、「地域社会学」では都市に生きる人々やコミュニティー形成を中心に見ていきます。都市を社会学的に語るときの2つの側面ですね。また「現代社会論」は、いわゆるグローバリゼーション論で、人の移動、労働の移動、それによって起こらざるを得ない社会や制度の変化、といった話が中心になります。

いっぽうゼミ(社会学演習)では、今年は「かしわインフォメーションセンター」と連携して、柏の起業家を学生たちがインタビューし、それをまとめてWeb上の記事としてアップしています(「柏発! 起業のリアルストーリー」http://kashiwaentrepreneu.wix.com/home)。「若者の街」という定評が定着してきた柏に遊びに来るだけではなくて、起業したり仕事したりする場としての魅力を発信したいというのが狙いのひとつです。インタビュー対象は、飲食店から古着屋さん、IT企業から新規就農者、ユニークなところではダンス教室やローカルアイドルのプロデュースまで、さまざまな業種の柏の若手起業家を18人選定しています。来年はここから発展して、起業をめぐるさまざまな条件や地域の消費者のニーズについても計量的に探っていく予定です。

ゼミについては2年ごとに1テーマでやっていて、2011〜12年は上野「アメ横表通り商店街」のみなさんとタイアップして、アメ横の活性化策を学生視点で考えました。13〜14年は柏の農業がテーマで、直売所のイベントでアンケート調査したり柏市民の地産農産物の購買行動を調べたりもしました。

フィールドワーク重視のゼミ活動では、何か少しでも学生の視点から地域に貢献することというのが第一ですが、一方で学生へのキャリア教育面での効果もねらっています。いろいろな形で仕事をしている人たちにリアルに出会うことで、目の前の就職活動にとらわれがちな今の自分を相対化してもらいたいという思いがあるのです。

もちろん大企業に勤めるのはとてもいいけれど、一方で、地域のなかで起業したり、フリーランスになったり、ベンチャーや中小企業に勤めたりも、ひとつの選択肢としてイメージを持ってもらいたい。いったん企業に就職しても、いろいろなライフステージで独立するという選択肢も頭のなかに現実的なイメージとしてあれば、何かどうしても苦しかったり思うようにいかない状況になったりしたときに、今の会社にしがみつくこともないのだって思えるのかもしれません。

いま、「キャリア選択の幅」に関する人々のイメージが広がったようでありながら、実はとても狭くなっています。起業っていうとIT企業みたいなものばかりがイメージされて近年ブームになったように思われがちですが、高度経済成長期までの時期の方が現在よりずっと企業の開業率は高かったのです。確かにその大半は、下請けの町工場やラーメン屋や喫茶店を開くようなもので、悪条件下の船出も多かったでしょうが、企業に雇われるだけでなく、そういう「抜け道」から上昇していく選択肢を現実的に考えられる状態のほうが閉塞感は少ないですよね。

柏の起業家とか農家の人々の多くはまじめですが、アメ横で店を経営している人たちのなかには、世間一般から見るとかなり豪快な人もいます(笑)。そのぶんパワーがあり、同時にいい加減でもある。そういう人たちに会って「こういう社会人もアリなんだ」と新鮮に感じることは、学生たちにもいい影響があるのではないかと思っています。いろいろな仕事のやり方や人生のあり方が世の中にはあることを知っておくことは、ますますパイが少なくなる「いい就職」にしがみつこうとしてしまう閉塞感のあるこの時代に、今とても大事なことですから。

自転車であふれる構内。海外からの留学生も多い

社会と人々とをつなぐ「調整役」を育てたい

柏が放射能のホットスポットになった3.11後の時期に、地元の農家や消費者が協働的に地産農産物の問題解決を話し合う場である「安全・安心の柏産柏消」円卓会議を立ち上げたのですが、最初のころはすごく重い空気だったのですよ。でも、なぜか僕自身は「絶対なんとかなるはず」って妙に楽観視していました。

このとき円卓会議のメンバーにお招きした基準は、柏に愛着があって当事者としてこの問題に取り組んでくれそうな人かどうか、それだけでした。放射能の問題を最もシビアに考えている消費者でも、まず「柏が好きかどうか」「この街で生きていくつもりだ」というところだけが確認できれば、最初は農家と隔たりがあっても協力して解決策を考えていけるはずだと思ったんですね。

――それから実際に、ずっとさまざまな意見の「調整係」をされていった五十嵐先生。この「調整」というのは社会学を学んだ人なら誰でもできるようになれるのだろうか。

いや、みんなが得意というわけではないでしょうね。単に自分がそこは苦にならないという(笑)。ただ、自分が苦にならないことって自分ではたいしたことだと思わないものですよね。ところが、大学院生の頃だったか、「この人はすごいなぁ」と思っていた人に「調整能力があって君すごいね」みたいなことを言われたんですね。最初は馬鹿にされているのかなと疑いましたが、そういうわけでもなさそうなのです。

自分が当たり前にできることを他の人も簡単にできるとは限らない。できたとしても、すごく疲れてしまったりする。自らの資質って、高校生はおろか、大学生でもわからないことが多い。自分のどんな資質が役に立つのかは、ある程度、社会経験を積み重ねて、しかも他人との比較の中でやっとわかってくることが多いと思います。

たしかに何をやりたいのか自分を見つめることも大事ですが、やりたいことだけしていたり自分で考えたりする、それだけでは見えてこないことがたくさんあります。そして、自分で「これが得意だ。好きだ」と思ったことよりは、他人に「君こんなところがすごいね」と言われたことをやった方が良いというのが僕の持論です。「好きな服より似合う服」というか、自分のなかで得意だと思っていても、別に社会のなかではさほど特筆すべきではない資質に固執するよりも、自分ではできることが当たり前すぎてピンと来てなくても、他者との比較のなかで評価される資質を伸ばしてみようとする方が実際に良い結果をもたらすことが多い。結果が出てくると「似合う服」が結局「好きな服」にもなるものなのです(笑)。

僕は大学生のころ、文章を書くとか自己表現するとか、そういうことが好きだと思い込んで研究職を選びました。これは間違った選択だったかも、ですね。いざ大学院に入って本格的に始めてみると、まわりの人と比べてそれほど強い情熱もなければ、得意なことでもない(笑)。組織に入らないでクリエーティブに生きるライフスタイルに憧れる若者は多いでしょう。僕も若いころは自分に一匹狼的なイメージをもっていて、大企業とか公務員とか絶対無理だと思っていた。でも本格的に組織で何かする経験って大学生の頃までにはあまりないですよね。それで資質を読み誤りましたね。

実際は組織をつくったり、その中でさまざまな調整をしたりすることのほうが、はるかに僕はナチュラルにできるのです。だから、いまの段階で自分の資質が何か知った形で大学生に戻ったら、研究職は選んでいないかもしれない。とくに人文社会系の研究者は最終的に「個」の世界ですから。そういう反省を踏まえれば、進路を決めるまでに組織を動かす経験だとかいろいろな経験を積んで、世の人々との比較のなかで自分の資質をしっかり把握してもらいたいですね。

いま代表をさせてもらっているまちづくり団体の仲間は、僕が調整型のリーダーということをよく知っていてくれます。いまは調整型のリーダーって受けないでしょう。どっちかっていうと「ブレない」でぐいぐい引っ張っていくほうリーダーのほうが人気がありますよね。歴史上の人物なら織田信長、昨今の指導者なら小泉首相みたいな。僕はそこに違和感があります。

考えてみると小学校の頃から僕は勝海舟が好きでした。ガーッと理想を掲げて決起する維新の志士みたいな人はあまり好きではなくて、開明的な先見性を胸に秘めながら、幕府という巨大組織のなかで少しずつ持論を通し、最終的に大きな仕事をした勝さんに惹かれていたのです。勝さんのいちばんの功績は、江戸を焼かないで済んだ無血開城です。政府軍との難しい交渉に臨んだ胆力や、決裂に備えて二の矢・三の矢を周到に準備していた緻密さもすごいですが、むしろ身内の幕府側に厳しいことを言いながら押さえる調整能力が重要だったでしょう。

彼は自分のことを「周旋屋」(雇用や売買などで間に入って取り持ちをする人。ブローカー)だみたいなことを言ってるんですよね。「周旋屋が国事を成す」とも言っています。勝海舟が育てた坂本龍馬は、独立心の強い起業家タイプなので師匠とは少し違いますが、薩長同盟をまとめたのはまさに周旋屋の真骨頂です。

いま、社会の価値観がどんどん多様化していますので、いろいろな考え方の人の話を聞いて落としどころを探りながら方針を決める調整役の役割が、本当はますます重要になっているはずなのです。僕自身、そういう役回りに興味があるし、社会の中でさまざまな人の利害や価値観を丁寧に調整できる人材を育成したいという想いが強くありますね。

こんな学生に来てほしい

社会学は、現実の社会とそこで生きる人々を相手にする学問です。理論はあくまでツールでしかなく、論理的に正しいことの追求に終始しても、それが現実社会で誰かの役に立たなければ何にもなりません。学問のための学問、研究のための研究はあまり意味がありません。身近なところから複雑な現実に向き合っていくことを楽しめる人、人々への好奇心が強くて、かつ繊細さとおおらかさを併せもつような人に来てほしいですね。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。