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GOOD PROFESSOR

大妻女子大学
家政学部 ライフデザイン学科

柴山真琴 教授

しばやま・まこと

お茶の水女子大学文教育学部卒業後、海外子女教育関係の仕事に従事。その後、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)を取得。2002年鎌倉女子大学児童学部教授に就任。2010年より現職。日本乳幼児教育学会「学術賞」(2003)、日本質的心理学会「学会賞(優秀日誌研究論文賞)」(2015)などを受賞。

おもな著書に『行為と発話形成のエスノグラフィー:留学生家族の子どもは保育園でどう育つのか』(単著、東京大学出版会)『子どもエスノグラフィー人門:技法の基礎から活用まで』(単著、新曜社)などがある。

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学会誌『質的心理学研究』第13号(2014年)。
(著者:柴山真琴・ビアルケ(當山)千咲・
池上摩希子・高橋登)が掲載
柴山教授の代表的著書
『子どもエスノグラフィー人門:技法の基礎
から活用まで』

日常観察にこだわる「質的心理学」研究とは

――いま複数の学問分野において質的研究法のひとつである「エスノグラフィー」への関心が高まっていると聞く。今週紹介する大妻女子大学家政学部の柴山真琴教授はその専門家。その独自のアプローチによる研究が評価され、今年10月には第7回日本質的心理学会「学会賞(優秀日誌研究論文賞)」を受賞した。まずは、ちょっと聞き慣れない「エスノグラフィー」「質的心理学」といった専門用語のことから聞いていこう。

エスノグラフィーのエスノ(ethno-)とは「民族」、グラフィー(-graphy)とは「記述したもの」のことです。ですからエスノグラフィーを直訳すると「民族誌」となります。もともとは人類学で開発された研究方法です。異文化の人々の行動様式を理解する場合、文化的見習いとしてその社会に入って観察し記録するというアプローチがとても重要です。生活者の日常行動と当事者の視点を知ることで、その集団の人々がもっている暗黙裡の価値観や行動パターンを見いだせるからです。

ここのところエスノグラフィーへの関心が高まっているのは、近年、心理学研究の手法が多様化してきたことと関連があります。心理学の伝統的手法は、「要因を統制した実験的状況で特定の心理過程を測定し、量的データの統計的分析に基づいて因果関係を明らかにする」ものでした。学問成立の当初、古典物理学に代表される自然科学分野の学問を手本としたことが背景にあると思います。

しかし80年代以降、心理学研究のあり方を問い直す動きが起こりました。「質的心理学」の始まりです。日常生活の文脈を離れた実験をもとにした量的な測定だけで果たして人間の心理がどれだけわかるのかという疑問・反省ですね。もちろん実験室のような限定された条件でなければ明らかにならない心理的側面もありますし、数値化が必要な部分もあります。しかし、たとえば子どもの発達などは日常のルーティンや家族の営みの繰り返しによって起こるものであり、日常に支えられて存在するものなのです。日常的に何をしているか、その実践の過程を見ないと現実を生きる子どもの発達過程を理解することはできません。

柴山教授の研究室がある校舎
昨年新設されたばかりの本館校舎。
千代田区三番町という都心オフィス街のなかで
オフィスビルのような雰囲気

グローバリゼーションと子どもの複数言語習得

――柴山先生がそうした分野に関心を持つようになったきっかけについては……

もともと子どもたちの心の発達について興味があり、大学院では「発達心理学」と「教育社会学」を学びました。当時の指導教員が、人類学の手法を用いて文化との関係で心理学的問題へアプローチしていたこともあって、自分も「質的心理学」や「エスノグラフィー」の専門家になりたいと考えるようになりました。子どもの発達というのは、文化によって形成される社会的なものなのです。当たり前の子育てと思われていることが、ちょっと離れて他の国と比べてみると、独自の文化によるものであることがわかってきます。大きくいえば「発達と文化のかかわり」についての研究分野といえますね。

いまや世界中でグローバル化が進み、国境を越えた人々の移動があらゆるところで進んでいます。日本の家族においても、グローバリゼーションによる家族の多様化が起こり、生まれた直後から2つの言語に触れて育つ国際結婚家族の子どもが増えています。たとえば父親とはドイツ語、母親とは日本語というように、日常的に2つの言語で会話をしていれば2つの言語で話せるようにはなります。しかし読み書き力は、系統的な教育と長期にわたる学習がなければ身につきません。

さらに2つの言語で読み書きが出来るようになるには、どのような実践が家庭でなされるべきなのか――そのプロセスに関心を持つようになったのは、あるときドイツで暮らす一家と知り合ったことがきっかけでした。調べてみると、多くの観察研究が子どもの会話力に焦点をあてたもので、2つの言語で読み書き力をどうやって習得しているかというプロセスは、いわばブラックボックスのようになっていたのです。そこで2009年に研究を立ち上げて、2010年から4年間、日本学術振興会の科学研究費補助金をいただくことができ、調査・研究を本格化させました。

――それこそが今回の日本質的心理学会「学会賞」の受賞につながったことになる。これまでの研究成果が認められ、新たに5年間の研究助成を受けることが決まったそうだが、どのような点が高く評価されたのだろうか。

外国に住みながら日本語の読み書きを習得すること、それは一般にイメージされているほど容易いことではありません。時間的な負担も大きいので、子どもも嫌になりがち。それを支えるのが家族で、2つの言語での読み書き力を形成していく営みは、いわば親子の共同作業なのです。子どものバイリテラシー形成が家族のどのような実践に支えられているかを知るため、2年半にわたって国際結婚家族の日本人母親に週に一度同じ日に記録をとってもらい、変化のプロセスを観察してもらいました。

また、わたし自身も毎年、ドイツを訪れ、子どもが通うドイツの学校と、日本語を学んでいる日本語補習授業校を訪ねたり家庭訪問をしたりして、観察とインタビューを重ねました。子どもへの2言語検査も定期的にしてきました。このように複数の研究方法を組み合わせて多角的で厚みのあるデータを収集することで、家族内実践を生き生きと描き出した点が高く評価された点のひとつでした。

その結果、当初思っていた以上に、ご両親が高い意識をもって子どもの「2言語習得」を長期のプロジェクトとして、子どもとともに共同で取り組んでいる実情がみえてきました。そのことに最初に気づいたのは、調査対象とは別の家族の母親と話をしたときでした。その母親は、子どもが自分の母国語を学ぶことにあまり関心をもっていませんでした。「母国語は世界的にマイノリティーな言語なので、無理に習得させてもあまり意味がない」と語っていました。

日本語も世界的にみると少数言語ですが、日本人の母親の多くは、我が子に日本語の読み書きを習得してほしいと強く願い、そのために大変な努力をしています。母国語でないと子どもと深い部分での気持ちのやりとりがしにくいことも理由のひとつでしょう。さらに日本語の読み書きを習得することで、「子どもが自分のもう一つのルーツである日本文化に直接アクセスできるルートをつくっておきたい」ということも大きな動機のひとつのようです。

高層階までの吹き抜けがあるアトリウム。
カフェテリアでは談笑する女子大生たちの姿が絶えない

ヒトは言語を獲得してはじめて「人」になる

――「その国のことばで読み書きができるかどうか」、それは各文化の継承のために重要ということなのだろうか。

そのとおりです。たとえば「読みの学習」を例にとると、小学校も低学年では文字の読み書きを覚え、読むこと自体の練習が中心になります。でも中学年とくに小4以降になると、複雑で抽象的な内容の文章を読むことを通して新たな知識を得ることが求められるようになり、次第に高度な思考を発達させていけるようになります。まさに自らのバックボーンとなる文化を獲得するための非常にハードな取り組みになりますが、その最初のハードルを乗り越えるのが10歳前後のころ。それぞれ国内にいると意識されないものですが、高度な読み書き力を獲得して初めて人は文化的な存在になっていくのです。

――つぎに柴山先生が担当する講義ではどのような形で展開しているのかについて聞いてみよう。

いまは「生涯発達心理学」「家族心理学」「共生社会の心理学」「ライフデザイン演習1」などを教えています。「ライフデザイン演習1」では、観察法と面接法を中心とした質的研究法を教えています。質的研究法は、人間の営みを日常生活の文脈ごととらえて読み解くレッスンです。自ら関心をもった場所などに出かけて観察する作業をしてもらっています。このとき観察だけで読み解くことができないことも多く、その人自身に語ってもらって初めてその行動の意味づけがわかってくる場合もあります。そのためにも「面接法」の授業が役立ってきます。

日常的に我々はいろいろなものを眺めていますが、ただ眺めるのと、データを集めるための研究方法として意識をもって観察するのとではまったく違います。ある学生は、スーパーに来店する人々のうちエコバッグを持参する人たちを観察しました。するとレジ袋分の値引きをする店より、レジ袋の代金を上乗せする店のほうがエコバッグ持参率が高いことがわかってきました。

今後のマーケティング調査でも、作り手側のメーカーサイドの発想ではなく、受け取る側のユーザーが具体的にどう使うのかという意味づけが重要になってくるでしょう。そういう現場の事実を知らなくては、どのようなこともうまくいきません。

みなさんも社会に出ると、どのような仕事でも必ず現場で観察し考え分析し、その結果を現場にフィードバックしていくという実践的な活動が求められるようになります。そのときにこうした質的研究法はとても役立つことでしょう。

卒業生から贈られたという寄せ書き。
「似顔絵も描こうという気持ちが本当に嬉しい」
と柴山先生

こんな学生に来てほしい

生活を営むうえで、目の前のことだけでなく、社会に対して幅広く関心を向けていけるような人。ますます複雑な要素が絡みつつある世の中の社会現象を多角的に見ることに関心をもてる人。そして、自分自身で課題を見つける努力を惜しまない人、そういう方々に来てほしいですね。「真に豊かな生活」を追求するライフデザイン学科は、人間の生活に対して興味を持っている人にとってとても面白い家政学の一分野だと思いますよ。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。