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GOOD PROFESSOR

中央大学
理工学部 都市環境学科

谷下 雅義 教授

たにした・まさよし
石川県出身。1967年生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程中途退学。工学博士。東京大学助手、東京大学大学院工学系研究科専任講師、中央大学理工学部専任講師・助教授・准教授を経て2008年より現職。都市工学、空間計量分析を専門とする。現在の研究課題は、自動車の外部費用と関連税制、地区計画・建築協定が不動産市場に及ぼす影響、歩行空間の生理的評価、公的空間のマネメント組織など。著書に『都市・地域計画学』(コロナ社 土木・環境系コアテキストシリーズ)ほか

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後楽園キャンパスは、都会の真ん中にある
「玉川上水・分水網を世界遺産・未来遺産へ」
プロジェクトの地図製作は谷下ゼミ4年生が担当

維持可能な地域をデザインする

今回紹介する中央大学理工学部の谷下教授は、都市工学、空間計量分析を専門とする。しかし道路や橋、河川や町並みでなく、地域の持続可能性を高めるための社会経済システム全体をデザインする。

巣鴨の地蔵通り商店街のまちづくりのサポートもしているが、現在、強く関心をもっているのは、農山村の社会資本システムの設計だ。

そのために、その地域が有する自然・歴史・文化を徹底的に調べる。文献だけでなく、現地を繰り返し訪問し、現場で暮らす人の話を聴く。「そこにある知恵」をなるべく生かして、場所の生命力を守るシステムを、空間デザインとの関連で総合的に考えて提案を行う。その際、地域の人たちが、最終的にコンサルタントや先生など学識者を頼らずに、自分たちで問題を解決できるようにすることを大切にしている。

――先生は「土木工学」から、建設に関連する法整備や経済、さらにそれらを人がどう受け取るかなどさまざまな分野に取り組んでいます。

狭い意味での土木工学は、道路、橋、今度の東日本大震災後の防潮堤など、社会を支える基盤施設(インフラと呼ばれます)を「つくる」のが仕事ですが、私自身は、インフラ自体にではなく、それをつくり、使う「人」のほうに興味があったのです。

そもそもどのようなインフラを誰がどのようにつくるのかという計画プロセスと、つくられたインフラを誰がどのように利用するのか、すなわちインフラをつくる前と後が研究対象です。

人に興味を持った理由の一つは、もともと田舎出身だったこともあるでしょう。都市環境学科に所属していますけれども(笑)。「農山村が元気になれば、都市も元気になる」というのが、私の基本的な考え方です。

――地方の社会資本システム設計を手がけたきっかけはありますか。

生まれた故郷の小学校の廃校ですね。小学校は地域のアイデンティティとなる象徴的な場所ですが、私の出身地、石川県河合谷地区は、特に教育に力を入れてきたところです。1926(大正15)年、老朽化した小学校を立て替えたいがお金がなかったこの地区の人たちは、村全体で禁酒して、飲んだつもりで集落全員が貯金して、建設費を供出した。村に8軒あった酒屋さんはすべて廃業、村の入り口に「禁酒」の碑を建てた。大切なものをつくるために村が一体となって努力をした。20年近く禁酒がされ、海外メディアにも紹介されています。

高度成長期以降、人口減少にともなって小学校の児童数も減少していきます。2003年より河合谷小学校は小規模特別認定校に指定してもらって、通学区を超えて町民であればだれでも通えるようにしました。また地区の全世帯は児童の有無にかかわらず小学校の活動のために毎年お金を負担してきました。ところが、2005年、突然廃校の方針が示されました。地元では、2000人を超える署名を含め存続のための運動を一生懸命行いましたが、その願いがかなわず、2008年3月に廃校になりました。

私自身も地域を離れた人間です。何ができるかを考え始めたのが、地方の社会資本システム設計を手がけることになったきっかけです。

「どうしたら持続可能な地域ができるのか」。

そのためには単にインフラをつくる土木工学だけではまったく足りません。建築や造園などの人間が活動する場所をつくる周辺分野、さらには法律も経済も社会学もいろいろな知識が必要です。

ゼミ活動(河合谷プロジェクト)でのひとこま

震災復興は防災と復興とのバランスが大切

地方に対して、中央(都市)にいる自分は何ができるか、そういうことを考えていた中で、震災が起きたわけです。特に「津波被災地の防潮堤はどうあるべきか」に注目しています。

建物の倒壊や火災が発生した阪神淡路大震災では、現地で再建することができました。しかし今回は、原発被災地にしても津波被災地にしても、現地再建をする(できる)のか、いいかえると「どこに住むか」が大問題になりました。津波被災地では、高い防潮堤をつくる一方で、高台に居住するというわかりにくい選択が行われている地区が多くあります。

私は「バランスが大切だ」と繰り返し言っています。

急いでやることと、ゆっくり考えてよいこと。狭い場所で考えてよいことと、広域的に考えなければならないことがあります。海岸堤防は急がなくてよいことだと私は思っています。漁業などの仕事ができるよう、復旧は急いですべきことですが、「震災前より3m以上高くする堤防を造るかどうか」は、どこに居住し、低地をどう利用するかとあわせて考えたほうがいいと思っています。

教科書では考え方をシンプルに説く。
事例はみな谷下教授が担当した。
最寄り駅・後楽園駅からの
「通学路」にある礫山公園

学生を交えたプロジェクトも

――昨年、教科書を書かれています。「持続可能」ということが先生の本のベースにはあり、事例が、身近な例で書かれていますね。

自分自身が経験していることしか書けないので。私の知っている現場の話を書いただけです。

昨日はここ数年学生と訪れている、神奈川県秦野市の上地区についての授業がありました。最初に紹介した巣鴨と同様、こうした地域を訪問できるのは、「俺たちの町をこうしたいんだ」という地元のリーダーとリーダーを支えるフォロワー、そして行政や外部と地元をつなぐコーディネーターがいるからです。コーディネーターの方から声をかけていただいて、専門家という立場で参加しています。また私の周りには学生がいます。学生が若者として地域にかかわることで地元の方々から喜ばれることも多くあります。

――先生の役割は? プランが円滑に動くようにするのでしょうか。

そうです。私は「問題を解決する力は、地域が持っている」と信じていて、その潤滑剤の役目を果たそうとしています。動きやすく、解決しやすくするのが自分の仕事だと思っています。いろんな化学反応が起こるための潤滑剤、触媒ですね。

もちろんプラン自体の手直しをすることもあります。ただし、私がいなくなっても、地元の人たちと行政でやっていける感じがいいですね。行政の担当者さえ、本当はいなくていい。地元の人たちが自分たちで問題解決できるようになったらいいなと思っています。

――先生ご自身が関わっているプロジェクトと別に、学生の方を交えて進めるプロジェクトがある。それが河合谷と能登。そちらも教育というより実際的な活動ですね。

河合谷プロジェクトでは、お寺に泊まる、またお寺カフェを開く取り組みを、この夏からはじめようと思っています。

ここも最初に「人が集まれる場所としていきたい」というお寺の方がいた。精進料理を食べるってことは美容や健康とつながります。食前に集落を散策するコースを作って、ちょっと運動してからごはんを食べる。周りにある直売所や大滝流しそうめんなどと組み合わせていく。そのために、地域にはどういう資源があるのか、どんな面白い人がいるのかを発見してもらう調査をこの夏学生と一緒にやるつもりです。

学生を交えるとゆっくりした活動になります。過疎化は深刻なので急がなければならないのですが、無理はできません。半歩ずつ前に進んでいる感じです。新鮮な目で、いろんなものをよく見てもらいと思っています。

こんな生徒に来てほしい

生き生きやっている人は、まず、現場が好きだったり、人と話をするのが好きな人ですね。重要なのは好奇心を持っているかどうかです。何かに出遭ったときに「不思議だな」と思えて「面白い」って言える人がいいですね。論理的に考える力は、教室で学ぶことができます。それを使う現場に興味を持つことが大事だと思います。現在学部生は12人、就職先は官公庁や建設会社が多い。久しぶりに今年は2人大学院に進学する予定です。


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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。