早稲田塾
高校生のニュース常識

らい予防法廃止から20年

  • mixiチェック
公開日:

●強制隔離の歴史

今月末でハンセン病(=らい病)患者の強制隔離などを定めた「らい予防法」が廃止されて20年となります。この病の患者がなぜ非人道的な扱いを受けたのか歴史を改めて振り返ってみます。

2001年、ハンセン病患者を強制隔離し続けた国の責任を認め、全面敗訴とした熊本地方裁判所の判決に対して、政府は「患者・元患者が高齢であり早期の解決が必要」との理由で控訴を断念し、判決が確定しました。既に法律が廃止された後でもあり、当時の小泉純一郎首相が政治決断しました。

強制隔離・監禁・断種・・・・。判決から控訴断念に至るまでにハンセン病患者が歩んだ苦難の歴史に、多くの国民は驚き、患者・元患者に同情しました。それ自体は素直な感情の表明なのですが、なぜハンセン病患者に、これほどむごい対応をしてきたかという点を論評した記事などがあまり見られませんでした。

ハンセン病はかつてらい病と呼ばれ、死の病とみなされ、強制隔離政策が採用されました。その中心となった人物が光田健輔(1876~1964)です。彼は「救らいの父」とも呼ばれたハンセン病の専門家で、生涯をハンセン病に費やした学究です。彼はそれまで原因不明の奇病とされていたハンセン病をらい菌による伝染病と規定しました。最先端の学説を取り入れ、さらに詳細な検討を加えた結果、彼はハンセン病を強い伝染病とみなし、強制隔離を推進する立場をとりました。


●悪意ではなく学究

ここで重要なのは、光田は決して悪意ではなく、むしろハンセン病に全人生をかけた学究だったという点です。いいかえれば強制隔離・監禁・断種といった非人道的行為は、純粋な悪意によって生まれたわけではないのです。熊本地裁の判決を「正義に満ちた歴史的判決」とする「ハンセン病資料館」の紹介でも「らいに明け、らいに暮れた光田健輔の足跡は是とするも非とするも、日本のらいの歴史の中で一つの時代を画した生涯であり、その時代的背景を見ずして語ることはできない」と指摘していました。

さらに続きがあります。光田の「強い伝染病」説は戦後完全に否定され、厚生省(現在の厚生労働省)は1964年の「らいの現状に対する考え方」を発表し、らい菌の伝染力はきわめて微弱と認めました。同時に47年のハンセン病特効薬「プロミン」の国内導入開始以来、55年代ごろまでには特効薬の「国内外での評価が確定的なものにな」りました(熊本地裁判決文)。「きわめて弱い伝染力」と「治る」ということが明らかになったのです。

おそらく「きわめて弱い伝染力」と「治る」の見解発表は、ハンセン病への偏見を正すという「善意」に基づくものでしょう。ただそれが、ハンセン病患者・元患者の悲劇をさらに助長する一因にもなりました。

まず「きわめて弱い伝染力」という言葉が、「弱いとはいえ伝染するのだ」というニュアンスとなりました。

ハンセン病はらい菌そのものの毒作用で発病するのではなく、それに感受性をもつ人が発病するとされています。また、「治った」という状態も、身体から菌がいっさいなくなったという状態を意味するわけではありません。これは何もハンセン病に限ったことではなく、他の感染症にも同様のことがいえるものがあります。それらの知識がないまま「伝染する」という言葉だけが一人歩きしてしまいました。

そして「治る」です。この結論は、結果的にハンセン病に対する無関心を呼び起こしました。「滅多にかからず、治る病気」ならば自分には関係がないと多くの国民が考え、やがて重大な差別を受けた患者・元患者の存在すら忘れていったのです。

その結果、「隔離規定の違憲性は、遅くとも1960年には、明白になっていた」(熊本地裁判決文)にも関わらず、隔離を容認したらい予防法は96年のらい予防法廃止法の成立まで存続したのです。全面敗訴の判決は、このような事態を見すごした「国会議員の立法上の不作為」(同)の法的責任を認めました。


●結果的に人権侵害

まとめます。光田健輔の存在も「きわめて弱い伝染力」と「治る」という見解も、ハンセン病患者への悪意が前提にはなっていません。にも関わらず恐るべき人権侵害をもたらしました。そしてとくに「治る」とされてからは、国民の無関心が、その人権侵害を忘却へと運んでしまいました。判決は「国会議員の立法上の不作為」を問題としていますが、国会議員を選んでいるのは私たち国民であり、この判決で真に裁かれているのは国民一人一人なのです。

全国には13の国立ハンセン病療養所があり約1600人が入所しています。平均年齢は80歳を上回りました。

なお、免疫学上の問題については可能な限り調べましたが、もし事実誤認などがある場合には、お知らせいただければ幸いです。当初は筆者のような医学の専門家でないものが論じることにためらいもありましたが、「専門家に任せておけばいい」という姿勢もまた、ハンセン病の悲劇を助長した大きな要因であると考え直し、あえて記事とした次第です。(文中敬称略)


※筆者は「らい」という言葉がハンセン病患者・元患者および関係者の方に不快な思いを抱かせ、同時にそのような言葉の使用は慎むべきと承知しています。その上で固有名詞の法律名や「らい菌」など、表記するしか事実を紹介できない部分に限って使用したことをお許し願いたく存じます。

※記事の内容は執筆者個人の見解であり、早稲田塾の公式見解ではありません。