早稲田塾
GOOD PROFESSOR

慶應義塾大学
理工学部

加藤 万里子 教授

加藤 万里子(かとう・まりこ)教授
1953年東京生まれ。76年立教大学理学部物理学科卒。81年同大学院理学研究科博士課程修了。81年慶應義塾大学理工学部講師。90年米イリノイ大学客員助教授。93年慶應義塾大学理工学部助教授。04年より現職。

主な著書に『100億年を翔ける宇宙』『100億年を翔ける宇宙・点字資料』(いずれも恒星社厚生閣)などがある。
※加藤先生のWebサイト:http://sunrise.hc.keio.ac.jp/~mariko/

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女性科学者が研究に没頭できる環境を!

加藤先生の教授室がある慶應日吉キャンパス「来住舎」

よくアマチュア天文家などが新星を発見したといったニュースを聞くことがある。しかし、あれは新しく誕生した星を発見したということでは全然ないらしい。

「近い距離にある2つの星が互いの重力で影響し合うと、一方の星(白色矮星)の表面に水素ガスがたまっていきます。それがある程度たまると、不安定核燃焼(核反応)を起こして、エネルギーが放出され非常に明るくなります。地球から見ているとそれが新しい星の誕生のように見えるので、それで新星といっていることが多いわけです」

そう説明してくれたのは、慶應義塾大学理工学部教授の加藤万里子先生である。

その〝新星〟だが、元来がガスの核燃焼なのでガスが燃え尽きてしまえば見えなくなり、その寿命はずいぶんと短い。早いもので20日間くらい、長くても1年ほどだ。その寿命の差は、なぜ生じるのか。それを世界ではじめて解明したのが加藤先生である。

「新星の暗くなるなり方を計算できる光度曲線の理論をつくったということです。これは白色矮星の重さと元素組成の違いによるものです。減光が早い星は質量が上限に近いほど重く、減光が遅い星はその逆になります。一応“新星風理論”と呼ばれていますが、本当は“加藤理論”と呼んでほしいんです。でも、だれも呼んでくれませんね」

加藤先生はそう言って笑う。いまは笑ってそういえるのだが、天文学界で〝加藤理論〟が認められるまでの苦労は並大抵ではなかったという。

“新星風理論”認知までの曲折

慶應義塾日吉キャンパス正門から続くイチョウ並木

「83年にこの説を発表したときはほとんど無視されました。それでも論文を発表しつづけていると、しだいに私の新星風理論と実際の光度曲線が合致する例が続出してきます。すると、今度は世界中の天文学者から批判・反発の論文が殺到するようになったのです。それで私は寄せられた批判のすべてについて反論し、すべての批判をつぶしてやりました」

その反論に費やした時間は10年にも及ぶ。そのあいだに発見されるどの新星も光度曲線は先生の理論どおりの軌跡を描き、理論の正しさが実証されることになる。

さらに2001年のヘリウム新星の不安定核燃焼を予測し、それがみごとに的中。新星風理論の正しさは動かしがたいものになる。

こうした功績が認められ、加藤先生は03年の「林忠四郎賞」を受賞する。天文学会で最高の栄誉といわれる賞で、女性では初の受賞である。じつは、このときの受賞には同時受賞者がいた。東京大学教授の蜂巣泉先生で、お2人はご夫妻なのだ。

蜂巣先生のほうは、連星系の進化に〝加藤理論〟を組み込んで系統的な研究を行ない、Ia型超新星の起源を解明した功績が認められての受賞。夫妻で同時受賞というのも史上初のことである。

なぜ「女子は理科に向かない」のか?

加藤先生の学説によってCG合成した新星・さそり座U星の図(CG合成・加藤万里子)

「女子は理科に向かない」という謬見がある。理科科学の最前線にいる加藤先生は、こうしたことを含む女子教育問題にも強い関心を寄せ、またしばしば社会的発言も行なっている。

「私が大学で物理を学ぶと決めたとき、母がひどく嘆きましてね。来る日も来る日も『女の子が物理なんて』などと言われ続けました。ですからこの問題は私自身のこともあって、非常に身にしみる問題なんです」

以前、加藤先生は、高校で使用される理科Ⅰのすべての教科書(89年版)の挿絵について調査したことがある。その結果、挿絵に登場する人物の81%は男性で、歴史上の人物の肖像についてはすべて男性だったという。

「こういうことから『女子は理科に向かない』というようなことが知らず知らずのうちにすり込まれていくのだと思います。女子が本来もっているものが、社会的な制約のなかで抑え込まれてしまうんですね。この調査結果を学会で発表してから、かなり改善された部分もありますが、全体的な状況はさほど変わっていませんね」

「私自身の研究においても、そうした社会的な制約がなかったらもっとエネルギーが注げたと思っています。ですから、次の世代の女性たちには、本当に研究に没頭できる環境をつくってあげたいんです」

あとに続く女性科学者や技術者のために、その道筋をつくっていく。加藤先生が自身の研究の次に取り組んでいるテーマでもある。

絵本づくりで天文学を学ぶ

慶應義塾大学では、1年次の学生は全員が日吉キャンパス(横浜市)で学ぶ(SFCは除く)。そして、3・4年次になるとそれぞれの専攻に分かれて(文学部と医学部は2年次から)、三田・矢上・信濃町の各キャンパスで専門課程を修める。

そのうち日吉キャンパスにあって加藤先生は、1・2年次の学生に一般教養で天文学を教えるのと、理工学部1・2年次の学生に文章添削の指導をしている。

「天文学の授業では、天文学をテーマにした絵本づくりをグループ作業でやってもらいます。天文学の楽しさを知ってもらうことはもちろんですが、共同作業を通じてお友達づくりをしてもらうことも目的のひとつです。大学時代の人脈づくりは本当に大切で、その助けになってくれればと思っています」

「文章添削のほうでは、ちゃんと自分の頭で物事を考えて、それが人に伝わるような文章に書けるよう指導しています。理系だから文章が書けなくても構わないという時代ではないですからね」

学生たちがつくったという絵本のいくつかを見せてもらった。この授業は非常に盛り上がるというが、それが伝わってくるような楽しい内容の作品の数々である。

加藤先生は見るからに明るい人柄で、趣味もまた多彩だ。プロ並みというピアノをはじめ、イラストを描き、パッチワークに凝り、なんとレディースコミックについても一家言をもつ。詳しくは加藤先生のWebサイト(http://sunrise.hc.keio.ac.jp/~mariko/)を一度見てほしい。

そうした明るく屈託のなさそうな先生だが、じつは過去に研究以外のところで大きな葛藤を経験していて、その後遺症はいまも残ると語る。その明るさの裏には、複雑な屈折も潜ませているのだ。

それだけに、先生のもつ人生観には深い洞察力があるようにお見受けした。人生に悩み途方に暮れるような学生にとっても、いい導き手になってくれるはずである。

こんな生徒に来てほしい

大学は自分の意志で来るところです。つまり親が言うからとか、世間体とかで進学して来るようなところではありません。いずれは人は社会のなかで自立しないといけません。その自立へのプロセスとしてあるのが大学であり、そうしたことを考えながら4年間学んでほしいですね。卒業証書をもらうためだけに大学に来るんでしたら、もうその意味はないですよ。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。