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GOOD PROFESSOR

一橋大学
経済研究所

鈴村 興太郎 教授

鈴村 興太郎(すずむら・こうたろう)教授
1944年愛知県生まれ。66年一橋大学経済学部卒。71年同大学大学院博士課程(経済学研究科)修了。71年一橋大学経済学部専任講師。73年京都大学経済研究所助教授。82年一橋大学経済研究所助教授。84年より現職。現在、公正取引委員会競争政策研究センター所長を兼任。

主な著作に『経済計画理論』(筑摩書房)、Rational Choice, Collective Decisions and Social Welfare(Cambridge University Press)、Competition, Commitment, and Welfare(Oxford University Press)などがある。

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経済システムの評価・設計に注目する「社会的選択の理論」の開拓者

COEプログラムで若手研究者のために開放されている「工房」

一橋大学の附置研究所である「経済研究所」は経済学の実証的な研究機関として知られるが、今回紹介する鈴村興太郎先生は、日本を代表する理論経済学の研究者として世界的にも名高い存在である。

この研究所は、世界および日本の経済の歴史や現状の理論的・実証的研究を行ない、政策提言や制度設計にもかかわっている。研究者個人あるいはグループごとに毎年の研究課題が設けられ、日本の経済政策への提言にも結びつく高度で先端的な研究がなされている。

同研究所のなかで鈴村先生は現代経済研究部門に所属している。ご自身の研究内容については以下のように語ってくれた。

「私が現在研究している主要な領域は『社会的選択の理論』と『競争と経済厚生』の2つです。これが私の研究活動の両翼を担っています。社会的選択の理論は比較的新しい研究領域であり、現代的な研究の出発点を画したのは1973年にノーベル経済学賞を受賞したケネス・アローです。アローの先駆者的研究を継承して、この研究領域を飛躍的に豊かにして97年にノーベル経済学賞を受賞したのがアマルティア・センでした。それまでの大多数の経済学者は、いい結果を生む経済システムや経済政策はいいシステム・いい政策であると考える結果主義者でした。これに対してセンは、システムや政策の評価の情報的な基礎を拡充して、選択の機会の豊かさや人々の権利、選択手続きの公平性などに私たちの目を向けさせたのです。わたしは、この豊かな情報的基礎に立脚する社会的選択の理論の一層の展開に目下傾注しているのです」

「たとえば社会福祉の分野では、結果として人々に提供される福祉サービスやコスト収支だけに福祉政策の評価を依拠させるのは明らかに不適切です。福祉サービスの受益者に選択の機会が与えられるかどうか、受給プロセスでかれらが屈辱的な経験にさらされることはないかなど、結果に至るプロセスのあり方が重要な評価の視点となることも多いからです。同様な考慮は経済システムや経済政策一般の評価や設計に際しても重要です。だからこそセン以降の社会的選択の理論では、経済システムや経済政策のあり方を検討する際、人々の選択機会や選択手続きに備わる特徴にも――結果の善さと並んで――注目する研究が次第に重要視されるようになってきているのです」

公取委の競争政策研究センターにおける研究活動

日本における経済学研究の殿堂・一橋大学経済研究所

鈴村先生のもうひとつの柱となる研究テーマは「競争と経済厚生」である。日本の産業政策や競争政策を長く研究するとともに、理論的産業組織論の分野でも研究を国際的に発表してきた先生は、2003年に公正取引委員会に附置された「競争政策研究センター」の初代所長に就任している。競争政策に関する経済学的研究で日本の第一人者と認められての就任である。

じつは競争政策を研究する附置機関はこれまで公取委にはなかった。競争政策に関する体系的な研究を行なって将来の競争の法と政策のあり方にフィードバックしたり、改革プランを提言していくことが今後の競争政策研究センターの中心課題になるという。

「公取委に附置された研究センターですから、企業間の競争についての調査研究が中心になります。民間企業だからといって常に競争しているわけでなく、ときに協調行動をとることもあります。そのうち、ある企業グループがほかの企業や消費者を犠牲にしてインサイダー企業だけで利益を得ようとする集団行為がカルテルであり、公共事業に対する入札談合はその典型的な一例です。このような行為を理論的に研究するだけでなく、過去の協調関係の歴史をも研究して、違法なカルテル行為を摘発する際に手がかりとなる指針を発見することもセンターの重要な機能だと考えています」

公取委にある膨大な資料と経験を踏まえて、鈴村先生を中心とする経済学的・法学的な調査・分析が重ねられて、日本の競争政策が充実されることを期待したい。

21世紀COEの拠点リーダーとして

国立キャンパスの新緑に映える一橋大学附属図書館

文部科学省が推進している「21世紀COEプログラム」は、各大学の優れた研究拠点を選択的に支援・推進する制度である。一橋大学でも現在すでに3つのCOEプログラムが展開されているが、そのひとつ「現代経済システムの規範的評価と社会的選択」の拠点リーダーを務めているのが、鈴村先生その人である。

「このCOEは私の研究課題を中枢に据えた研究プログラムになっていて、現代の経済制度の規範的評価と社会的選択についての基礎研究と応用研究を2つの柱にしています。研究・教育活動はいくつかの班に分かれて推進されていまして、社会的選択の理論に関する理論的・哲学的研究、現代経済システムの3つのサブ・システム――国際経済システム・企業経済システム・福祉経済システム――に関する個別研究をフィードバックして、全体として有機的・複眼的に絡み合った共同研究が軌道に乗り出しています」

このプログラムには、一橋大学経済研究所と大学院経済学研究科のスタッフが分野横断的に配置されている。経済学における理論と実証の各分野にわたる研究者が学際的・融合的に研究にあたる数少ない試みでもある。

「私は理論的な研究が専門ですから、軸足はそこに置きながら、現代経済システムの3つの個別研究にも補足的に加わっています。拠点リーダーの役割を背負った以上は、きちんとした研究総括ができて良い結果が出せるように最大限の努力をしたいと考えているからです」

いま個別の研究が進められているが、やがてはそれらを統合した研究に進む。最終的には、研究成果の国際的な公表と政策提言などに結実させることをめざす。

研究技法は継承・伝承されるべきもの

さらにCOEプログラムには若手研究者の育成という目的もあるという。 「研究の第一線に若い研究者がどんどん登場できるようなプログラムにしたいと思っています。いい研究や論文であれば、COEの予算で海外の学会などに行って発表する機会も設けています。研究というのは、若いときこそ本当にいい成果が出るものです」

ご自身の若いころを振り返りつつCOEプロジェクト推進の抱負を語る鈴村先生だが、そうした若手研究者のためにCOE用研究室の一室を「工房」と名付けて開放している。

「研究の技法というのは継承・伝承されるべきものだと思います。活発な研究が進行している現場に参加しないと、そうした技法はなかなか学べません。これは陶芸や音楽などを学ぶのと同様で、人間的な触れあいの中で技法は継承されていくものなのです。私が最も期待しているのは、海外からのビジター研究者なども巻き込んで若手研究者たちが研究を盛り上げていくこと、そして彼らの間にシナジー(共同作用)が生まれることですね」

このCOEプログラムが終了(残り4年ほど)するとき、この鈴村工房からどんな才能が離陸しているのか、それがいまから楽しみだ。最後に、21世紀のいま経済学を学ぶ意味についてはこう語る。

「経済学は最近あまり人気がなくて、若い学生たちは金融工学や経営学などに集まっているようです。そうした分野の研究もたしかに大事ですが、経済システムの全体を研究することの面白さもぜひ知ってほしいですね。システム全体の流れを見て、それをどう改革していけばいいかを考える――。非常にスケールの大きな学問であり、哲学的な関心とも自然なインターフェースを保って研究できるのは経済学だけがもつ魅力ではないでしょうか」

鈴村先生はじつに質実剛健なお人柄とお見受けするが、その周囲には本当の大人だけが自然ともつ風格が漂う。ぜひ教えを受けたい先生のひとりだが、残念ながら先生はいま学部の講義やゼミは担当していない。直接教えを受けるためには、一橋大学大学院まで進む必要がある――。

こんな生徒に来てほしい

経済学の背景には長い間の人類の思索が入り込んでいます。そのため、いろいろな思想とのインターフェースが分厚い分野でもあります。利己的な個人からなる社会がなぜなかなか崩れないのか。初めてその追究をしたA・スミスの研究はすでに哲学的でもありました。このような思想・哲学への関心、社会の仕組みへの関心、そうした興味を満たしてくれるのが経済学なのです。

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