早稲田塾
GOOD PROFESSOR

國學院大學
文学部 史学科

吉田 敏弘 教授

吉田 敏弘(よしだ・としひろ)教授
1955年兵庫県生まれ。77年京都大学文学部史学科卒。81年同大学大学院文学研究科博士課程中退。81年京都大学文学部助手。86年大阪学院大学教養部助教授。92年國學院大学文学部助教授、94年より現職。この間02年に独ボン大学地理学研究所客員教授。

主な著作に『中世荘園絵図大成』(河出書房新社)『絵図のコスモロジー』(地人書房)『絵図にみる荘園の世界』(東京大学出版会)などがある(著作はいずれも共著)。

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歴史地理学は現代との接点を持ってこそ愉しい

歴史地理学教室は國學院大學本館4階にある

國學院大学の文学部史学科には「歴史地理学」専攻というユニークな専攻がある。同じ専攻は他の大学では国立大学に1校を数えるのみだという。歴史地理学というのは、ある場所についての地域構造や空間組織・景観などの歴史的変化を解明する学問分野である――

こう書くと何やら後ろ向きの暗いイメージを持つかもしれない。しかし7年前に同専攻を立ち上げ、現在も中心的な研究・指導に携わる吉田敏弘先生にかかると、ずいぶんとアグレッシブな研究分野に変身してしまう。

「こうした研究をしていますと、あまり現代社会とは結び付かなくなりがちなのも事実です。ただわたし自身は、過去の研究であっても現代とも接点を持ってかかわり、社会的貢献を果たすべきだという考えで取り組んでいます」

歴史地理学会は島原市(長崎県)でシンポジウム「災害・防災への歴史地理学的アプローチ」を2000年に開催したが、これを企画したのが吉田先生で、このシンポジウムではコメンテーターを務めた。

「島原といえば90年からの雲仙普賢岳の火山噴火で知られますが、じつは寛政年間の1792年にも大噴火を起こしています。島原大変と呼ばれ、その様子がたくさんの絵図等に残されています。それらを分析してみますと、寛政の噴火でも平成の噴火でも、周辺住民のそのとらえ方のプロセスがよく似ていることがわかります。土石流の様子も絵図に残されていますが、それが崩落ではなく地滑りによって発生したことがよく読み取れますね」

このシンポジウムは一般の市民にも公開され、地元の人々に大きな反響を呼んだという。こうした過去の事象を伝える絵図あるいは古地図等について、吉田先生はこう語る。

「日本の科学的な地図は伊能忠敬によってはじめて作られ、それ以前のものは形も歪んでいい加減なものばかりだという俗な見方があります。しかしあの歪んだ形にこそ、当時の人々の空間感や距離感のとらえ方が反映されているとは言えないでしょうか。ずっと絵図や古地図を見ていますと、当時の人々の根源的な空間のとらえ方が見えてきます。現代の写真や地図をいくら眺めていても到底そうしたものは見えてきません」

なるほど! 思わすひざを打ちたくなるような示唆的なことばである。目からウロコが落ちるようだ。

本寺地区の景観調査から世界遺産登録の動きへ

都心と思えないほど落ち着いた雰囲気の渋谷キャンパス正門

さらに吉田先生の調査研究には、岩手県一関市の本寺地区について岩手大学と共同で行なっている継続的な調査もある。

「本寺地区は古来から平泉・中尊寺が経営していた荘園で、それを伝える中世の絵地図も残されています。そうしたことを実証するための私たちの調査でしたが、それと並行して当時の文化庁が新たな重要文化的景観の法制化を進められていて、過去の農村風景の面影をよく止めているということで、この地区が指定第1号の候補地に選定されました。さらに中尊寺と併せて、ユネスコの世界遺産に登録しようという動きも出ているようです」

いずれも吉田先生らの調査に端を発したもので、歴史地理学の成果を現代社会へと貢献させる好個の例だといえよう。ただ、たとえ世界遺産指定を受けても、そこに住んで生活の場とし生産の場としている人たちが窮屈になっては何にもならないというのが先生の考えだ。

「重要文化的景観や世界遺産候補地なんだからと言って今ある景観を無理やり凍結して保存するような方法はよくないと思っています。むしろ、歴史上の重要な仕組みを残すことのほうが大切です。いま景観条例づくりが行なわれていますが、これらは地元のみなさんにお任せして、みなさんの納得いくものにしてもらおうと思っています」

本寺地区のケースを、こうした世界遺産指定におけるいい先例にしたいと語る吉田先生だ。このほか、欧州の中世の農村についての調査も先生の大事な研究テーマである。これらの研究について語る先生は実に喜々としていて、終始にこやかで温厚な人となりが伝わってくる。

いまのパラダイムに安住しないことから全ては始まる

キャンパス内には由緒正しき神社もある

國學院大学文学部史学科では、2年次の学生からゼミ演習が始まる。これまでのゼミは各学年ごとだったが、05年度入学の新入生から大幅に改変され、2~3年次が合同で行なわれ、ゼミの重複履修も可能になるという(正式な実施は新入生が2年次に進学する06年度からの予定)。

「歴史地理の勉強というのは試験の点数なんかで評価できるものではありません。学生たちが自分で面白いと思って自発的に取り組むことが大切です。その知的好奇心を奮い立たせてやるのが私たち教師の役目だと思っています」

自らのゼミの指導について吉田先生はそう語る。そのゼミを通して学生たちに学んでほしいのは次の2つのことだ。

「まず、『自らの問題発見と解決』ですね。それぞれの研究テーマを立てて、過去の文献や史料を集め、丹念に分析し、そこから問題点をすくい上げて、その解決の道を探っていく。これが基本的なプロセスで、どの学生にもこれができるようになってほしいですね」

「もうひとつは『パラダイムへの挑戦』です。研究というのは過去の論文を読んで理解することから始まりますが、ただこのとき、論文に書かれていることを全面的に正しいなんて信じないでほしい。そこには何か問題があるのではないか、間違いがあるのではないかという目で見て、いまのパラダイムに安住しないで読み込んでほしいのです。そうすることで新しいものの発見につながりますからね」

最後に、歴史地理学の調査や研究の尽きない面白さについて語ってくれた。

「歴史地理学の研究は古地図や絵図を探したり、現場の景観に足を踏み入れたりと、非常に実践的な研究分野だといえます。また、そこで暮らしている現代の人々から話を聞くことも重要な調査となります。つまり、過去に向かうだけでなく現代の問題ともリンクしているわけで、つねに〝歴史の連続性〟が意識されるようになります。そこが本当に愉しいところですね。そんな喜びを学生にもたくさん経験してほしくて、直接指導する機会をなるべく多くするよう心掛けているつもりです」

まさに現代の学生たちにとってもグッド・プロフェッサーな吉田先生なのである。

こんな生徒に来てほしい

高校までの学習や受験勉強などと大学での研究とではまるっきり違うものであることを知っていてほしいですね。大学はいくつかの専攻に分かれますが、歴史地理学にかぎらず何かを専攻するということは多少なりとも関心があることでしょうから、それを自発的に愉しんで納得のいくまで学んでいくべきです。自ら学ぶことは本当に愉しい。わたしの歴史地理学ならば、現地調査などでその愉しさをじっくり経験させてあげられます。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。