早稲田塾
GOOD PROFESSOR

慶應義塾大学
商学部

八代 充史 教授

八代 充史(やしろ・あつし)教授
1959年兵庫県生まれ。87年、慶応義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。日本労働研究機構研究所主任研究員補佐・慶応義塾大学助教授を経て現職。オックスフォード大学サイド・ビジネススクールにアカデミック・ビジターとして在籍するなど海外歴も長い。著書に『大企業ホワイトカラーのキャリア ――異動と昇進の実証分析』(日本労働研究機構)など多数。

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人事制度による企業の人材獲得競争が始まった

三田キャンパスを美しく彩る図書館旧館。慶應に来たことを実感させてくれる。

2004年末に財団法人・社会経済生産性本部が実施した調査によれば、4月に入社した新人社会人の8割以上が転職容認派であるという。転職でのキャリアアップが珍しくなくなった日本社会の現況を考えれば当然かもしれない。塾生が働きはじめるころには、転職がもっと一般的になっている可能性も高い。そして、今回紹介する八代充史先生の専門分野は転職などで大きな力を発揮するという。

「企業の役割は利益を上げることです。そのために従業員をどう管理するのかが、わたしの専門である労務管理や人的資源管理論のテーマとなります。無駄に人を雇わない、無駄な仕事はさせないなど、いかに合理的に仕事を進めていくか追求する一方で、従業員のやる気も高めていく。その両方をベストな状態に保つためにどうすればいいのかを研究しています」

やさしく先生がかみ砕いてくれた話を聞くと、そんなに難しい学問とも感じないかもしれない。しかし具体的に考えはじめると、専門的な分析なしに結論など導き出せないことがすぐに分かってくる。

たとえば従業員のやる気を引き出すために昇進を乱発すれば、賃金が上がり企業利益も下がる。それならばと成果主義を導入し、利益をもたらした者には高い報酬を払い、成果の上がらない従業員の賃金を大幅に下げると、失敗を恐れて冒険をしない企業体質となって収益も下がってくる。そこで失敗を厳しく問わないようにシステムを改良すると、その環境に甘えて働かないフリーライダー(ただ乗り)の従業員があらわれてくる。

まさに二律背反。片方を立てれば、もう片方が立たないという状況になってしまうのだ。この分野の研究成果に企業が関心を寄せるのも当然だろう。しかも、この学問分野は近年ますます注目を浴びるようになってきている。それは近年の労働市場の変化とも関係がある。

「イギリスの投資銀行などで象徴的ですが、収斂と差異化が起こっています。たとえばMBA修得者を採用する企業が一定数を超えたときは、雪崩をうったように各社がいっせいにMBAの合格者を採用しました。一方で、他社と同じでは優秀な人材が集まらないと危惧した企業が他社との差異を強調しはじめたのです。つまり、人事制度が人材を集めるための企業競争のひとつとなってきたのです」

優秀な人材を確保するために、各企業の労務管理の内容が問われる時代になってきたのだ。日本においても、いわゆる終身雇用にこだわらずに能力の高い人材を中途採用で集める企業がどんどん増え出している。人員獲得競争が激しくなれば、人事制度でアピールする企業も当然多くなってくるだろう。企業の労務管理に関する素養が求められる所以でもある。

「新幹線待ち」のサラリーマンを突撃取材した学生も

図書館新館の向かいにある並木。学生もどこかお洒落に見えるのは慶應マジック!?

こうした時代状況を八代先生は次のように説明してくれた。

「マスコミを賑わしたホリエモンは企業価値の重要性を結果的に教えてくれました。この企業の価値には従業員も含まれます。個人の才覚で何千億円もの利益を生み出す投資銀行などの敏腕社員はもちろん、メーカーの技術者や営業の担当者によっても企業の売り上げは大きく変わってきます。そうした優秀な人材が他社に流出しないように、従業員の満足を企業は追求していかなくてはなりません」

近い将来、こうした人材獲得競争によって日本の人事制度はより多様化していくことだろうと予測される。また一方で、選択肢の増加とともに個人の責任が重くなることも忘れてはならない。

「辞令一本」で、働く地域から所属部署まで会社側がすべて指定し、そのかわりに失敗の責任を会社が負う旧来の人事制度にかわり、責任と選択の両方を企業から個人に移す制度が広がってくるからだ。だからこそ、自分が何をしたくて将来どのような条件で働きたいかを明確にし、そのうえでどのような労務管理が自分に合っているのかを把握する者が適職をつかんでいくことになるだろう。八代先生のゼミでは、そうした際の基礎知識はもちろん、企業選択や人生の選択にもっとも重要な「モノの考え方」をじっくり学ぶことができる。

八代先生のゼミの特徴のひとつはフィールドワークにある。3年次には6~7人で班を組み、4年次は卒論に向けて個人でフィールドワークを行なう。過去には、JR東京駅で新幹線を待つサラリーマンに突撃アンケート取材を敢行して素晴らしい論文を書き上げた女子学生もいたという。もちろん対象企業に直接に調査・取材するケースも多く、調査協力を企業に依頼する学生側の責任も重くなる。だからこそ、非常にレベルの高い研究成果が過去発表されてきているのだ。この国の企業労務管理について本気で勉強したい学生にはぜひお勧めしたいゼミだ。

こんな生徒に来てほしい

やはり必要なのは「しつこさ」でしょうね。企業にフィールドワークをお願いするのは、モノを売らないセールスのようなものです。手間も時間もかかる調査に応じ、なおかつ悪く書かれるかもしれないリスクを企業は負っているわけです。それでもお願いして調査に協力していただくわけですから。また、調査内容が甘すぎて私から『もう1回聞いてこい』などと言われたら、再度アポをとって担当者に聞きに行かなくちゃいけません(笑)。だからこそ「しつこさ」が必要になってくるのです。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。