早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東京大学
大学院 工学系研究科 社会基盤学専攻

清水 英範 教授

清水 英範(しみず・えいはん)教授
1959年愛知県生まれ。82年東京大学工学部土木工学科卒。東京大学助手・同講師さらに岐阜大学助教授・東京大学助教授をへて、98年より現職。

著作は『空から見る国土の変遷』(古今書院/共著)『国土の未来』(日本経済新聞社/共著)など多数。
清水研究室(地域/情報研究室)のHPはコチラ
http://planner.t.u-tokyo.ac.jp/jindex.htm

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「空間情報学」が拓く国土や都市の未来

清水英範先生の研究室がある建物

今回ご紹介するのは、東京大学の清水英範先生。国土計画や都市計画の分野に「空間情報学」という新しい領域を開拓しようとしている。

「空間情報学とは、地図を作成したり、地図によって地域の様子をより分かりやすく表現したり、地域の特徴を解析したり、そしてこれらの方法を地域の問題の解決に向けてどのように利活用していくかを考えたりする――総合的で学際的な分野です」

清水先生は、この空間情報学を、国土計画や都市計画のための問題意識の醸成、さらに計画策定に向けた議論や合意形成に役立てていきたいと意欲を燃やしている。

「これまで、地図で地域の実態や特徴を詳細に探るまでもなく、国土や都市の計画課題は明確でした。産業振興や国土の均衡ある発展、公害対策や住宅供給・交通渋滞対策などなどです。地域によってはこれらの課題は今もって深刻な課題ですが、一部にはようやく余裕ができ、また国民の意識も確実に変わってきました」

「美しい国土を創ろう、個性豊かな都市を創ろうといった動きです。また国土や都市の計画においても、これまでのように政治家や官僚主導でなく、国民自らが議論を重ねて未来を展望していこうという気運が高まっています。このような時代にあって、地図は本来の役割を果たす必要があります。国民が地域の実態を知って他の地域と比較し、これを知識として共有しながら国土や都市の未来のあり方を議論する――これこそが地図の役割であり、これを支えるのが私たちの空間情報学です」

清水先生の研究室は「地域/情報研究室」という。空間情報学を通して国土や都市を支えたい、より魅力ある空間へと再生したい――そうした先生の願いが込められている。

空間情報学が「地図」を進化させていく

初夏のある日の東京大学赤門前

さて地図と言えば、国土地理院の地形図や地理の授業で使う地図帳を思い浮かべる人が多いだろう。しかし空間情報学で扱う地図とは、このような紙の地図ではないらしい。地理情報システム(GIS)という、コンピューターによる最新の地図なのだという。

「ここでの空間情報とは、空間的な位置のわかっている情報という意味なのです。地図に普通に描かれている情報はその代表例ですが、それだけではありません。地図の上にプロットできて重ね合わすことができる情報であれば、すべて空間情報となります。空中写真や人工衛星の画像も統計データも空間情報です。GPSという人工衛星を使ってカー・ナビゲーションでは自動車の位置を求めますね。これも空間情報の一例です」

「すでに私たちの周りには、従来の紙の地図に描かれている情報とは比較にならないくらい膨大な空間情報があります。世の中に存在する情報のじつに80%が空間情報であるという調査結果があるくらいです。位置の情報をキーにしてこれら膨大な情報を統合的に管理し処理するのがGISです。GISは、あらゆる空間情報を蓄積して、いま国土や社会がどのような状態になっているかを表現します。GISは未来の地図なのです」

この「未来の地図」ということばは魅力的だ。では、空間情報学によって「地図」は具体的にどのように進化していくのだろうか。

「関心をもつ情報だけを表現したオリジナルな地図を作ることもできますし、地形や建物の情報を組み合わせた立体的な地図だってできます。GPSや各種センサーの技術を利用して、自動車や人の動きなども含めた地域の動態をリアルタイムに表現することもできます。過去から現在までの空間情報のストックを活用し、国土や都市の変遷をアニメーションとして描き出すことだってできます」

なるほど、地図が3次元になり、リアルタイムになり、しかもアニメーションが加えられる。まさに「未来の地図」という感じがしてきた。最近「サイバー・シティー」(Cyber City)ということばが注目されてきたが、これなども空間情報学がめざす地図の未来形態なのだという。

「空間情報を蓄積してサイバー空間上にバーチャルな国土・都市空間を構築しようというのが『Cyber City』です。Cyber Cityを通して、多くの人々が国土や都市の実態を共有することができます。実際には難しい大規模な社会実験をCyber Cityを通して行なうこともできます。最新のCG(コンピューター・グラフィックス)やシミュレーションの技術を融合すれば、過去や未来に自由にタイムトラベルすることだって夢ではありません」

江戸絵巻から東京の「原景観」を探る

東大生たちの憩いスポット三四郎池

最近とくに清水先生が精力的に取り組んでいるのが、国土や都市の変遷をビジュアルに表現する研究だ。なかでも、GISやCGといった先端技術を駆使して江戸時代の絵図から東京の「原景観」を再現しようとする研究は大きな注目を集めている。

「もっと個性的で魅力あふれる都市空間に東京を再生させるには、地形的な個性をいかした都市景観の形成が必要だと思うのです。大自然が長い年月をかけて築き上げた地形こそ、ほかの都市には絶対にまねのできない都市の根源的な個性です。人間がそうであるように、都市もその個性をいかさなければ美しく輝きはしません」

「では、東京の地形的な個性とは何か? これを美しい景観形成にいかすにはどうしたらよいのか? 私はそのひとつの答えを江戸に見つけたいと思っています。江戸時代は、都市整備の多くを地形に依存するよりなかった時代です。市民生活の潤いや憩いを地形景観に求めるよりなかった時代でもあります。そこには、東京の地形的な個性と、これを都市の景観形成にいかす多くの知恵が隠れているように思うのです」

江戸時代の絵図が空間情報学によって現代によみがえる、なんと魅力的ではないか。江戸だけでなく明治時代や戦前の東京も視野に入れつつ、清水先生は研究を進めている。

「日本は明治時代から近代的な地図整備をスタートさせました。先人の努力でこれらの地図はきちっと残っています。そこには、国土の変遷が刻み込まれています。私たちが忘れてしまったあるいは見失いかけている東京の根源的な個性がたくさん隠れているはずです。パリにもロンドンにもない、ましてや上海やシンガポールにもない東京の個性とはいったい何であるのかを研究を通して考えいきたいと思います」

土木工学から「社会基盤学」へ

日本アカデミズムのシンボル東大安田講堂

清水先生が所属するのは大学院工学系研究科の社会基盤学専攻。社会基盤学という分野も新しい分野のように思うかもしれない。最後に、社会基盤学とはどのような学問分野なのか、何を目指そうとしているのかについてお話を伺った。

「社会基盤というのは、道路や鉄道、空港や港湾、上下水道、電気、通信などのライフラインなど、市民の生活や経済活動を根底で支える施設をいいます。これらの社会基盤の計画やデザイン・建設・管理などを総合的に担う分野が社会基盤学です」

道路や鉄道の建設と聞けば、土木工学ではないかと思う人も多いだろう。しかし、これはどうも違うようだ。土木工学というと大規模な施設を建設する技術という感じがするが、社会基盤学は、これらを包含したもっと広い分野なのだという。

「地域の課題を探るところから社会基盤学は始まります。それは防災であったり、美しい景観形成であったり、自然環境の復元であったりします。多くの場合これらの課題は複雑に絡み合っています。この中でどのような課題から解決していけばよいのか、そのためにはどのような社会基盤の整備が必要なのか、そうしたところから考えていきます」

「防災のために河川堤防を整備する必要があるとします。もちろん単に丈夫な堤防をつくればよいというものではありません。経済性はもちろん景観設計や環境保全の観点から、どのような堤防をどのようにつくればよいかを議論します。社会基盤学とは、国土や都市を計画しデザインし、これを実現していく総合工学なのです」

日本はかつて貧しかった。国民が豊かな生活を送るためには、道路が必要であり、鉄道が必要であり、ダムや港が必要であった。そのためにこそ土木工学が必要とされた。国民の期待に応えて土木工学は大きく発展し、青函トンネルや本四架橋に代表されるように日本の土木技術は世界一の水準にも達した。しかし、このような輝かしい歴史だけが土木工学の歴史ではない。時に自然環境や美観を破壊し、時に無駄とも酷評されるような社会基盤が生まれてしまったことも事実である。

土木工学は、今その世界的な技術水準を保ちながら、国民が希求する「新たな社会」「新たな国土像」の実現に向けて大きく動き出した。それが社会基盤学なのだ。

「新しい時代をめざすため、伝統的な土木工学という名称を社会基盤学へと私たちは変更しました。土木工学の志や誇りを捨てたわけではありません。土木工学とは、英語でシビル・エンジニアリング(Civil Engineering)と言います。市民のため社会のための工学という意味です。もちろん社会基盤学においても、これに変わりはありません。むしろシビル・エンジニアリングであることを徹底的に貫き、これを社会にも正しく理解してもらうために、私たちは社会基盤学という名称を選択したのです」

こんな生徒に来てほしい

社会基盤の整備は、その性格上その多くは公共事業として行なわれます。要するに、国民の税金によって実施されるのです。また社会基盤は一般に規模が大きく、一度つくったら数十年、場合によっては数百年単位で使われるものです。良きにせよ悪しきにせよ、その地域に多大な影響を及ぼします。社会基盤学を志す学生には、社会的な責任感・使命感をしっかりもってもらいたいですね。換言すれば、それだけ社会的な意義の大きいやりがいのある仕事ということです。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。