早稲田塾
GOOD PROFESSOR

東北大学
大学院 生命科学研究科 生命機能科学専攻 脳機能遺伝分野

山元 大輔 教授

山元 大輔(やまもと・だいすけ)教授1954年生まれ。東京農工大学大学院修了。米国ノースウエスタン大医学部博士研究員、三菱化学生命科学研究所室長をへて、99年より早稲田大学人間科学部教授、03年より現職。『恋愛遺伝子運命の赤い糸を研究する』(光文社)は、遺伝子の専門知識がない人でも面白く読める本として注目を集めた。そのほかにも『行動を操る遺伝子たち』(岩波書店)など著書多数。

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行動遺伝学の第一人者が「恋愛の仕組み」を解明する

棚に並ぶのはおよそ5万匹のショウジョウバエ。突然変異体を含め、貴重なショウジョウバエが飼育されている

あらためて言うまでもないが、男でも女でもモテる人はモテるし、モテない人はモテない。悔しいと感じている人も少なくないだろう。そして、フッと思ってしまうものだ。そもそも身体の設計図ともいえる遺伝子が違うのじゃないか、と。

尾羽の長いオスのツバメや目玉模様の多いオスのクジャクが、メスにモテるという研究結果がある。さらに虫や鳥類、さまざまなほ乳類で、左右対称つまりシンメトリーな体をもつ個体は左右のバランスの悪い個体よりモテるとの説も報じられてもいる。?

こうした研究結果は、どこまで人間に当てはまるのだろうか? いまさらモテる遺伝子を手に入れられるわけでもないが、せめてモテる理由ぐらいは知っておきたい。そう思うのは人情だろう。そうした世間の声に後押しされ、遺伝子や動物行動学から人の恋愛行動を解説できる現代の「語り部」が誕生した。山元大輔先生もそのひとりである。

「スイスの研究グループが男子学生を44人集め、真新しいTシャツを着せて2晩寝かせ、そのTシャツのにおいを50人の女子学生にかがせる実験をしました。どんな感じか点数を付けさせたんですね。『ゲロゲロ』っていうのと、『何かいいわ』っていうのをね(笑)」

「すると、『イヤだ』と感じた女子学生とそのTシャツを着ていた男子学生のMHC遺伝子型の組み合わせが非常によく似ていることがわかりました。逆に、『いいな』と感じた女子学生とそのTシャツの男子学生はMHC遺伝子の型は遠く離れていたのです」

MHC遺伝子がつくるMHCタンパク質は、体内に侵入してくるウィルスや細菌などに対する門番の役割を果たすという。そのため、いろいろなMHC遺伝子をもつと「外敵」への抵抗力が高まる。つまりMHC遺伝子の違う相手とカップルになれば、病気などに強い子どもを産める可能性が高くなる。

なるほど!

山元先生は、ほとんど専門用語を使わず、実験の意味とそこから導き出される結論について笑いを交えて説明してくれた。聞いているだけで、素人の自分が生物系に強いのかと錯覚してしまいそうになるほどだ。女性誌などからの取材依頼が多いのもうなずける。

もちろん先生の話してくれた実験結果は、もともと無味乾燥の研究論文でしかなかった。それを分かりやすく要約し、さらに膨大な専門用語をひとつずつ平易な言葉に置き換え、わかりやすい例えを添え、笑いどころまで押さえて教えてくれるのである。これだけでもスゴイ!

悟りを開いたハエだと思ったらゲイのハエ

ショウジョウバエの行動が環境で変化しないよう、温度や湿度が一定の実験室で研究が進められる

しかし、これは先生の本業ではない。というのも、ショウジョウバエを使った行動遺伝学の分野において先生は世界的な研究者だからだ。ショウジョウバエの突然変異体から「ゲイ遺伝子」を探し出し、その塩基配列を世界で初めて完全に読みとったのが山元先生なのである。

「人工的に遺伝子を壊した突然変異体をつくって、性行動に変化が起こったショウジョウバエを8種類見つけました。交尾する相手をうっとりさせる羽音が音痴で出せないとか、交尾をすると交尾器が外れなくなるとか、オス嫌いでオスが寄ってくると顔面キックをするハエとかね」

そのなかに大発見につながるハエがいた。メスの顔色をうかがったりはするのに、求愛しようとしない「サトリ」突然変異体だ。

「性欲がないから『悟り』と(笑)。ところが調べてみると、相手がオスだと求愛するんです。さらに研究を進めた結果、サトリで壊されていた遺伝子がつくり出すタンパク質は、脳細胞をオスにする働きがありました。つまりサトリの脳は全体としてオスなのに、一部の神経細胞がメスだったのです。脳の雄雌がパッチ状になっているんですね。フェロモンを分析する中枢がメスになっているから、オスが近寄って来ると『すてきな殿方ね』とGOのシグナルを出す。ただし性行動をつかさどる神経回路は別の遺伝子がオス型につくり上げるので、求愛行動はオスのまま」

ハエの遺伝子研究から生まれる人の病気の治療法

ハエに赤と青の色をつけた2種類の糖を選ばせ、食べた割合を腹の色具合で見るために餌を着色する。

「世界を驚かせたサトリの論文が発表されたのが96年。現在、さらに研究が進み、サトリの遺伝子のつくり出す7種類ほどのタンパク質を特定し、遺伝子と行動の関連を以前より詳しく説明できるようになったという。

またサトリとは別の突然変異体から取り出した遺伝子が、人間で免疫不全症を引き起こす遺伝子と似ていることがわかり、病気の治療法開発に向けた研究も行なわれている。ショウジョウバエの遺伝子研究は人体の研究にも広がっていくものなのである。

それにしても、たったひとつの遺伝子がこれだけハエの行動を変えた事実に怖さを感じた人も多いだろう。ハエと人間の遺伝子に共通する部分があるなら、やはり人間の行動も遺伝子に支配されているのだろうか? 恋の行方さえも、遺伝子によって定められているのだろうか?

「人間の場合、恋愛には多様な要因が絡まっています。収入がいいとか、話が面白いとか、これらは遺伝子とは直接には関係しません。でも、そういう後天的な要素を全てはがしても人間1人ひとりの好みにはある種のバイアスがかかっている。MHCのTシャツ実験が示しているのは、そういうことなのです」

やはり虫やマウスと違って、人間には自由な意志があるらしい。行動遺伝学の第一人者からの言葉に、多くの人たちが胸をなで下ろすことだろう。

こんな生徒に来てほしい

のめり込む人ですね。没頭できることは誰でもあると思うんです。人間の充実感はあまり高級なことではなくて、むしろ動物的なもんじゃないでしょうか。『お腹がすいたから食べたい』というように疑うことなく何かに没頭できたら、それこそ人間の幸せだと思うんです。だから、私の研究室の内容にのめり込める学生に来てほしいですね。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。