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GOOD PROFESSOR

早稲田大学
人間科学部

鳥越 皓之 教授

とりごえ・ひろゆき
1944年沖縄県生まれ。東京教育大学文学部(民俗学)卒。同大学大学院文学研究科(社会学)専攻修了。専門は環境社会学および環境民俗学。グアテマラ共和国の湖やジャングルでの調査(04年)をはじめ、日本に限らずイギリス・中国など世界各地で環境や庶民生活を研究。著書は『花をたずねて吉野山』(集英社)『環境社会学の理論と実践』(有斐閣)『柳田民俗学のフィロソフィー』(東京大学出版会)『環境社会学』(東京大学出版会)など多数。

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現代人の生活に変革を迫る新たな環境論

夏のある日の早稲田大学所沢キャンパス

環境保護に対する社会意識はここ数年これまで以上に高まりつつある。環境を扱う学問というと純粋な理系学部をイメージする人も多いかもしれないが、今回紹介するのは社会学・民俗学の領域で環境問題を扱うパイオニアとして知られる早稲田大学人間科学部の鳥越皓之先生だ。

「自然科学系の立場で環境問題を扱う場合には動物や植物・水質・大気あるいは生態系といったことを研究対象にします。わたしたちの環境社会学の立場ではまず人間を対象とします。そして分析そのものを目標とするよりも、環境を良くしていくために具体的にどういう政策をとれば良いかということまでを考えます。極端にいえば、地球上から人間がいなくなってしまえば自然環境は良くなります。でも、そうするわけにもいきませんしね(笑)」

いうまでもなく、地球環境を汚染しつづけているのは野生の動物や植物ではなく私たち人間だ。そうした矛盾に満ちた人間が地球環境に対して処していく総合的な考え方を提示するのがこの学問のスタンスとなる。

また、自然環境保護にとどまらず①景観や宿場町などの歴史的環境②ゴミ問題③有機農業④マンションの高層問題――など日常の環境も分析の対象にするのが環境社会学の興味深いところでもある。

住民とともに街づくりの方向性を変えていく

所沢キャンパス内にはなんと野球場もある

「ようやく都会や田舎に限らず各地で地域のコミュニティー組織やNPO(特定非営利活動法人)など環境保護運動を推し進める市民団体が生まれるようになってきました。しかし、必ずしも効率的に機能しているとはいえない現実もあります。それら地域の組織のあり方の検討や、市民団体とともに魅力的な景観も含めた街づくりプランニングを提案したりするのも環境社会学の大事な役割となります」

ここでの「景観も含めた街づくりプランニング」とは具体的にどのようなものなのか? この素朴な質問についてはこう答える。

「たとえば日本の住宅街周辺の公園は魅力に乏しいものが多い。たいていブランコや砂場があるだけですね。なぜこんなに魅力のない公園ばかりになっているかというと、その地域の個性が公園づくりにまったく反映されていないからなのです。葉が落ちる植物を公園に植えると近隣から苦情が出るというので、全国どこでも通常の公園は、落葉樹の一切ない同じ種類の木が植えられている何とも味気ない公園ばかりになってしまっています」

ところが、住民自身が計画に参加をし採択した公園プランであれば、多少落ち葉等があっても住民が役所に文句をいうことはなくなるもので、多様な樹木が植えられるようになるという。それだけでもこの国の住宅街の景観は変わるはずだ。

また、自然環境と歴史的環境とが交わった名木・古木の保護問題と市街地再開発計画等との相克についても、樹木を切ってしまうかどうかという判断を役所だけで決めてしまうのでは時代遅れだと鳥越先生は強調する。

住民も参加させて議論するプロセス自体が大事なのであり、議論のなかで単に効率性のみが先行した街づくりのあり方の方向性を変える必要もあるという。

ゼミ演習で取り組む21世紀「東京やすらぎ論」

早稲田大学所沢キャンパス内のバス停

鳥越先生のゼミ演習の最大の特徴は、「東京やすらぎ論」と題して調査と議論を兼ねた研究を行なっていることだろう。21世紀の混沌きわめる大東京にも「やすらぐ」ことのできるスペースが果たしてあるのか、さらにその「やすらぎ空間」はどういう要因のもとに成立し得るのか――そうしたことについて「魅力ある景観」をテーマの中心に調べていく。

「05年のゼミ生は13人ですが、全員にカメラとノートをもたせて東京の街をくまなく歩くんです。見てきた結果とアイデアをリポートにまとめつつ、みんなで議論を行ないます。けっこう学生たちは楽しんでいるようですし、ゼミの日が楽しみだと言ってくれています」

もちろん、「東京やすらぎ論」の議論内容は具体的な政策として実現可能かどうかということも視野に入れなければならない。未来の街づくりのあり方に貢献できる人材がこのゼミから生まれるのもそんなに先ではないはずだ。

環境政策を「ホンモノ」にするために

いま鳥越先生はこの国の環境政策が大きな曲がり角に来ているという。環境に対する人々の考え方は少しずつ変わりつつあるが、行政側はさまざまな事情もあって対応に遅れを見せている。一言でいえば、現場から離れた環境政策があいも変わらずなされているというのだ。

ただ、地方自治体の若い人たちの間におもしろい発想をする人たちも出てきていて、住民と行政がどのように手を携えていけばよいかも今後は検討する課題となるという。

ここで、現場から乖離した環境施策の具体例をひとつ挙げてもらおう。

「たとえば、道路わきなどに見られる小川や用水路には今かなりの割合で〝暗渠〟と呼ばれる蓋がなされていますよね。この蓋によってメリットも確かにあります。道が広くなって車が通りやすくなるし、子どもが小川や用水路に落ちないということ等はあります。しかしもっと大切なことは、この蓋によって、小川や用水路の水が汚染されても住民も行政も気付かなくなるという大きなデメリットが発生してしまうわけです。小川や用水路が汚れれば、その集積である大きな河川も汚れてしまいます」

以前であれば、川が汚れれば「それはどこの工場からの排水のせいだ」などと見極めることができたが、今ではそれが分かりにくくなっている。効率的だと今まで評価されてきた暗渠方式だが、いまや優れた環境政策とはいえないことが分かるだろう。

ちなみに鳥越先生は環境社会学のほかに「環境民俗学」も専門としている。ここで環境民俗学についてもレクチャーしていただこう。

「水を例にあげましょう。『水場をきれいにしましょう』などといった注意書きを洗い場などでよく目にしますよね。人間はなまけものなので汚したままついその場を離れてしまうこともあり、どう考えても、このような注意書きは効果があるとは思えません。ところが農村部などに行くと、お地蔵様や水神様が祭ってある手洗い場がよくあります。神様などがいると思うと皆さん自らすすんで掃除をして水場はきれいに保たれます」

「これなど注意書き等よりも良い工夫だと思いませんか? こうした伝統の中のさまざまな知恵に注目した新しい視点からの学問が環境民俗学ということになります」

古の知恵を引き継いできた人々の生活には、特別な環境政策などなくとも地域環境を守るための伝統的なノウハウが存在した。そうした中から現代に応用できる有効な手段を引き出そうとすることが環境民俗学の目的なのだろう。

 環境社会学と環境民俗学――。21世紀日本の環境問題に実質的にかかわることを目指す現役高校生諸君なら、鳥越先生のような研究手法もあることもぜひ知っておくべきだ。

こんな生徒に来てほしい

環境というものを狭く考える必要はありません。環境という社会問題や文化を契機として、人間や社会のあり方を考えてみたいなぁと思う生徒がいいですね。自分でものを考えようとする姿勢をもった人だとさらにいいですね。また、社会学や民俗学ではフィールドワークが重要な役割を果たすので、教室から出て野外で精力的に調査することや人に話を聞くことが苦にならない人のほうが向いているとは思います。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。