早稲田塾
GOOD PROFESSOR

一橋大学
社会学部

渡邊 治 教授

わたなべ・おさむ
1972年東京大学法学部卒。東京大学社会科学研究所助教授などをへて、90年から現職。専門は政治学・日本政治史・憲法学。現在、民事法律学会理事、東京自治問題研究所所長。『憲法「改正」の争点』(旬報社)『構造改革で日本は幸せになるのか』(萌文社)など著書多数。辛口の政治論法でマスコミにも注目されている。

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社会から見た政治、歴史から見た政治

緑に恵まれた一橋キャンパスには、文系とくに社会科学系の学生にとってゼミをはじめ充実の学生生活が用意されている

テレビや新聞で盛んに取り上げられている「聖域なき構造改革」は、現代の日本政治のキーワードとなっている。毎日耳にしている言葉だけで、なんとなく分かったような気になってしまうが、それでは「なぜ今の日本で構造改革が叫ばれているか、なぜそれが必要か」と問われたとき、はたして論理的にその理由を説明できる学生が何人いるだろうか? このあたり一橋大学社会学部の渡邊教授はこう語る。

「政治学とは、一般的に言えば、日本や世界の政治がどういう力で動いているか、どの方向に向かっているかを研究する学問です。しかし実際には、その原動力となっている歴史的・社会的な背景を語ることなしに、政治現象だけを見ても、どうしてそういうことがおこるかをとらえることはできません。一橋大学で政治学が社会学部の枠のなかで教えられているのは、日々変わりゆく政治現象をもっと様々な視点からアプローチしていこうという考えに基づくものなのです」

社会学部のなかで政治学を学べる唯一の国立大

渡邊ゼミ合宿の一こま(秋)

日本のほかの大学では、政治学は法学部にあるのが一般的。だがヨーロッパやアメリカの場合、政治学が法学部にあることはあまりない。それでは、どうして日本では政治学が法学部にあるのだろうか?

「日本はいわば後発の近代国家ですから、ヨーロッパから新しい制度を学んできて新しい政治体制を作るため、まず国家にとって一番必要なもの、つまり法律から入ったわけです。そこで、官僚やエリートはこぞって法律を勉強し、政治学も近代国家を形成するためのエリート養成の学問のひとつとして確立されてきた歴史があるのです」

渡邊先生はこう説明する。一方、一橋大学では、政治が社会の中にある実際の対立状況を調整し変えていくものであるという観点から、広く社会科学の一環として政治学をとらえている。渡邊先生自身は法学部の出身だがこう話してくれた。

「法律学と政治学では本質的な意味が違います。社会科学のひとつとしての政治学は社会や政治の仕組みがどうなっているかを探る学問ですが、法律学には実際の社会をどう規律するか、どうコントロールするかの技術を学ぶという意味で、もっと実践的・実学的な側面があります。一橋大学の政治学が社会学部にあって、学生たちが政治学だけでなく、教育学や社会学・人類学・マスメディアなどを学びながら、政治を社会の仕組みの一部としてみていくのは良いことだと思います」

地域を意識した構造改革こそが日本再生への道

渡邊ゼミ合宿の一こま(夜)

ここでもう一度、小泉内閣の「聖域なき構造改革」に話を戻してみよう。構造改革で問題になっている郵政改革・医療改革や特殊法人改革・不良債権処理などは、狭い意味の政治を知っているだけでは解けてこない。たとえば医療の実際がどうなっていて、それを政府がどう変えようとしているのか、またそれに付随した社会保障の抱えている問題を理解しなければ、改革論議の本質は見えない。また、特殊法人や不良債権・金融制度の改革を考えるには、どうしてそれが起こっているのか経済的な問題も解かなければならない。

つまり、今なぜ構造改革なのかという問題を探るとき、狭い意味の政治学だけではなく、経済学や社会学・教育学・歴史学なども視野に入れながら、政治と社会の関係を主として解明していく必要がある。

今でこそ、構造改革は小泉内閣の専売特許のように使われているが、じつは同様の改革はすでに1980年代にイギリスのサッチャー政権やアメリカのレーガン政権がやっている。構造改革政策が出てきた背景にあったのは、第2次世界大戦後の西欧諸国で普遍的になった「福祉国家体制」だ。福祉国家は、資本主義社会の副産物として貧富の差が拡大したり公害が深刻化して行くのに対して、高額所得者から大量に税金をとって、格差の拡大を防ごうという所得の再分配政策を行ない資本の害悪をなくそうと生まれた国家体制だ。さらに、それまでは営利によってまかなわれていた医療や教育・福祉などに国家が積極的に介入し、国民に平等な機会を与えるという理念によって政治が運営された。

しかし企業にとってみれば、これはありがたい話ではない。重い税金を取られたうえ、国民の安全・社会環境を優先するために国家がさまざまな形で企業活動を規制するからだ。それでも経済成長は続いていたうちはいいが不況が深刻化するとこうした不満が爆発した。つまり、ヨーロッパやアメリカにおける構造改革は、深刻な不況に直面した企業が「これではグローバルな経済活動のなかで企業の自由な競争力が弱まってしまう」という危惧から始まったわけだ。言い換えれば、不況が進むなかで福祉国家体制を打破して、企業にとって活力のある政治体制にしようという動きだった。

「ところが日本の場合は、第2次世界大戦後の高度成長のなかで福祉国家体制自体が十分に実現しませんでした。この背景にあるのは、企業に有利な税制や経済成長を優先するための公共事業など自民党の利益政治でした」

と渡邊先生は言う。これらは経済成長には有利に展開したが、そもそも自民党体制の下でついてきた日本企業の競争力は公共事業投資に支えられた内需主導型だった。世界中に生産拠点を拡大しつつあるグローバル型の日本企業にとっては、税金が増えるだけで効率が悪い。アメリカやヨーロッパの企業がグローバル化を促進して競争力を高めるなかで、日本の企業もグローバル化をせざるを得ない状況になった。

同じことは、すでに90年代にマスコミを騒がせた「グローバル・スタンダードの確立」「金融制度の自由化」などのスローガンにもいえる。

「じつはグローバル企業の競争力を回復させるため日本でも規制緩和をしろという政策だったのです」

と渡邊先生は断言する。これらの流れを受けた小泉内閣の構造改革も、グローバル企業の競争力を高めるための改革といっても過言ではないことになる。ただし先生はこうも力説する。

「資本のグローバル化に合わせて、政府が国民の生活を変えていこうというのは大きな間違いです」

たとえば、中国の労働賃金は日本の30分の1。これに目をつけたユニクロは、日本の労働者1人分で30人分が払える中国に生産拠点を移すことで、低価格商品を定着させた。しかし、ユニクロの進出で中国が潤ったかというと必ずしもそうとはいえない。中国は環境への規制も緩いし、女性差別もある。日本のグローバル企業の競争力上昇の裏には、中国をはじめ発展途上の国々の社会構造の遅れがテコになっているのだ。

また、グローバル企業の競争力をアップさせるための政策として、税金を減らして財政をスリムにしていく改革が進められているが、その反面で、高齢者の医療負担が増えて、国民に必要な教育や福祉・医療がすり減らされている。

「真の構造改革は、むしろ弱者や弱小産業がいかに安心して暮らせるか、また、それぞれの地域をどう再生するかにかかっています。真のグローバル化はローカライゼーションを伴うもので、地域のカラーを保ちつつ、人々が平等でそれぞれ人間らしく生活できる再生の道を探っていかなければなりません」

具体的な問題にアプローチするゼミ・卒論指導

小泉型構造改革のもうひとつの特徴は、それが野党勢力ではなく、自民党体制下で行なわれている点だ。ヨーロッパでの構造改革が福祉国家体制を相手にしているのに対して、小泉内閣のやろうとしているのは自民党が自民党体制を相手にした構造改革。渡邊先生はこう説明する。

「これはいわばタコがタコの足を食うようなもの。改革推進派にとっては自民党が最大の抵抗勢力という苦しい状態です。また、他の勢力には信頼できる担い手がいないということから、体制を維持しながらやるというジレンマがあり、これが改革を遅らせている原因となっています」

さて、一橋社会学部では1・2年の総合科目で「政治と社会」という科目があり、まず政治を社会の視点から学び、3・4年で本格的に政治学を勉強するという仕組みになっている。実はこの構造改革問題は、2002年の「政治と社会」講座のテーマにもなっている。また3年の政治学では、現代日本の自民党政治がどうしてこれだけ長く続いて、それが今どう変わろうとしているのかを取り上げている。

こうした問題は新聞やマスメディアだけではわからないし、他大学の政治学ではあまり取り上げられないテーマだ。

「講義では具体的に学生たちが日常的に見ている政治現象をテーマとして取り上げることをモットーにしている」

と話す渡邊先生の講義は、そういう意味でちょっと風変わりでもあり、それが魅力になっている。

「学問の体系や理論から入るというやり方もありますが、私の講義では、いま現に起こっている政治問題を、新聞やテレビの視点でなく、正面から現実の問題として接近していきます」

そう渡邊先生は熱っぽく語ってくれた。東大出身の渡邊先生が一橋大学に来て一番驚いたのは、ゼミの連帯感だった。

「東大はどちらかといえば個人主義で、極端に言えば講義に出ようが出まいが自分の勝手でした。ですから、一橋のゼミの充実と連帯感の強さに大学らしい大学を見た気がしました」

社会学部でもゼミは3年以降は必修だ。10人前後の学生で構成され、白熱した議論が交わされる。まず、3年では1年通して統一のテーマを研究する。何十冊も本を読み、夏合宿も経験する。夕方4時半から始まった授業が8時・9時までに及ぶこともしばしばだ。4年では就職活動が一段落した夏休み以降に卒論に取りかかり、9月に合宿。1月の提出時には卒論合宿までもあるという。

こんな生徒に来てほしい

国立大学は、伝統的には法学部と経済学部・文学部という構成で成り立っていて、国立大学で社会学部があるのは一橋大学以外にはありません。そういう意味で、一橋大学の社会学部はかなりユニークな存在であるといえます。反面、法学部なら民法や刑法というように、他の学部では具体的な目標が立てやすいのですが、社会学部は教育学や政治学・マスメディア・環境などいろいろな科目を受講できるため、言い換えれば何をやっていいか分からなくなりやすい学部であるともいえるでしょう。つまり問題意識が強く、既存の学部や分野を超えてしまえといった意気込みのある学生にとってはすばらしいところですが、反対にカリキュラムに沿って言われたことをこなしていくことに慣れている学生は不安を覚えるかもしれません。さまざまな視点から物事を分析しようという意欲のある学生には、ぜひ来ていただきたいですね。

日本では高校までの勉強は大学受験を前提にしているし、企業に入ると忙しくて勉強をする機会もなくなります。しかし、大学は社会の中でこれからの人生を豊かに過ごすための基礎を自主的にたくわえる場所です。特にゼミはやりたい研究テーマを見つけ、これからどう生きていくかを考えるよい機会です。ともするとあっという間に過ぎてしまう4年間だからこそ、せっかくの大学生活を無駄にしないだけの強い意志を持って入学するよう心掛けたほうがいいですよ。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。