{literal} {/literal}
GOOD PROFESSOR

東京学芸大学
教育学部 養護教育講座

朝倉 隆司 教授

あさくら・たかし1956年広島県生まれ。81年東京大学医学部保健学科卒。88年東京大学大学院博士保健学専攻修了。The JSSP/WASP Awards(第18回世界社会精神医学会)受賞。共著として『在日韓国・朝鮮人の健康・生活・意識』(明石書店)、共編著として『生き方としての健康科学』(有信堂 99)などがある。

  • mixiチェック

「健康の不平等」を是正する新時代の研究

自由に意見が飛び交う朝倉ゼミのある日の風景

「日系ブラジル人のアンケートに『日本人は冷たい』とよく書いてあります。もちろん感謝している方もいらっしゃいます。でも『日本人が見下している』と感じている方も多いのです」

東京学芸大学教育学部の朝倉隆司先生はそう語る。はたして、日本の産業界からの強い要望により労働者(あるいはその家族)として「帰国」した日系ブラジル人たちの気持ちをあなたは一度でも察したことがあるだろうか? 05年2月に発表した『日系ブラジル人児童生徒における日本での生活適応とストレス症状の関連』の中において先生は次のように指摘している。

「日系ブラジル人児童生徒が学校において『適応的な日本人の子ども』と同じように振る舞うようになると、日本の学校生活はある程度うまくいくだろうが、反面で彼らの母語の能力とエスニックネットワークが弱まると推察される」

90年の法律改定により日系2・3世の就労が認められるようになった。バブル景気期に深刻化した人手不足を解消するためだ。しかし多くの日系ブラジル人たちが経済大国たる祖国ニッポンに寄せた希望はわずか15年ほどで小さく縮んでしまった。もう一度問おう。いったい何故なのだろうか?

「短期的な肉体労働者いわゆる〝3K労働〟を担わせるために日系人を入国させたという形なんですね。だから彼らをいつでも追い出せるぞというスタンスが日本社会のどこかにある。本腰で日系人を受け入れて彼らの教育や生活を保障しよう等とは考えていません」

こうした社会的ゆがみはすでに問題化・表面化してきている。日系人をきちんとフォローできない貧困なる社会的状況も響いているのだろう。群馬県における日系人子女の就学率は年々低下しており、不就学率が40%を超えているという調査報告もある。結果として年齢をごまかして働きに出たり非行に走る少年少女も増える傾向にある。

小学校を卒業するかしないかで働きに出て事実上の工場労働者になってしまうと、年齢とともに定職にありつける可能性はどんどん低くなる。だからいってブラジルに帰国してもうまく生活できるとは限らない。これでは自らの未来に希望を持てない人が増えるのも当然だろう。

一般国民にも関係する小数派「健康」問題

国立大だけにキャンパスは広く、食堂も緑に包まれていた

朝倉先生の専門は「保健医療行動科学」あるいは「精神保健学」と呼ばれるものだ。その研究課題は幅広く、さきに触れた日系移民の生活適応と精神の健康や思春期の問題行動、労働者のストレスなどもその範囲に含まれる。また、がん患者の心理的サポートグループの中心的メンバーとしても活躍している。

ただし朝倉先生は医師でもカウンセラーでもない。先生が「診断」するのは個人の心や身体ではなく、そうした小数派の人々の「不健康」を作りだす社会システムなのだ。公害・環境問題の例を出すまでもなく、社会環境が人々の健康に大きな影響を及ぼすことはよく知られている。そして、この国の社会環境は一般的に思われているほど今も昔も均一ではない。多くの人が気にも留めないマイノリティーの社会といわゆる「一般社会」では大きな格差が存在する。

そして「環境」のより厳しい移民やがん患者などの少数派社会に朝倉先生の研究のフィールドは向けられてきた。先生の研究姿勢の底に流れているのは学生時代に感じた大都会TOKYOへの反発だという。大学に合格し広島からはじめて上京した先生は「東京」にショックを受けた。と同時に、東京中心の報道や世の中の動きにも疑問を抱いたという。

「マイノリティーの人たちが抱えている問題がマジョリティーたる一般国民にまったく関係ないかというと、そんなことは全然ありません。ただマイノリティーにおいてはより明確になっているだけなのです。マイノリティーが健康で暮らせるなら誰もが健康で充実した生活を送れるのだろうと思います」

つまり、冒頭に記した日系ブラジル人の苦しみは現役高校生諸君生にも関係ないとはいえない。いきなりマイノリティーに自身がなったとき――それは将来のリストラ・失業かもしれないし事故・病気かもしれない――その時こそニッポン社会そして日本人を冷たいと感じる可能性はきわめて高いのだ。

「環境」に続き「健康」に時代のスポットが

朝倉研究室もある東京学芸大キャンパス研究棟

実はこれまで社会的な観点から「健康」が語られることは決して多くはなかった。経済等に目を奪われ疎にされてきた分野のひとつだといえる。しかし、かつて「健康」と同じように顧みられることのなかった環境問題にスポットがあたるようになり、少なくとも先進諸国においては「環境に配慮しないビジネス」など成り立たない状況にまで転換した。

徐々に光が当たり始めている「健康」が社会問題のテーマとして大々的に論じられる可能性も少なくない。その意味でも先生の研究成果が注目される。そして何よりも……

「いまこそ『健康』の不平等を是正していく必要があると思っています。たとえば学歴が低いとか経済的に貧しいとか一定の職業に就いている――そうしたことで生じる『健康』の格差を今からできるだけ縮めておきたいのです」

しみじみとそう語る朝倉先生の篤実な研究姿勢に今後とも着目していきたい。

こんな生徒に来てほしい

「健康」と社会のつながりに関心を持ってくれる人がいいですね。マイノリティーの視点を明確に持つことは難しいとは思いますが、せめて理解してほしい。ただ感情的であったり運動的であったりするのではなく、構造的にマイノリティーと社会をつなげて考えられる人が理想です。卒業後も企業の利益だけを考えるのではなく、「健康」や環境という複眼的な視点を持てるようになってほしいですね。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。