早稲田塾
GOOD PROFESSOR

武蔵大学
人文学部(基礎教育センター) 根津化学研究所

藥袋 佳孝 教授

みない・よしたか
1954年岐阜県生まれ。82年東京大学大学院理学系研究科化学専門課程博士課程修了。82年東京大学理学部助手。91年同専任講師。93年同大学院理学系研究科助教授。この間86年米フロリダ州立大学化学科博士研究員。96年より現職。著作には『あなたが捉える化学の世界』(共著・三共出版)『大学院 無機化学(下)』(分担執筆・講談社)などがある。

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放射化学から環境問題へのアプローチ

東京・練馬区にキャンパスを置く武蔵大学は人文学部と経済学部・社会学部からなる文系の私立大学だ。今回紹介する藥袋佳孝先生はこの文系大学にあって化学を教える。人文学部でなぜ化学なのか――そのあたりから聞いてみよう。
「本学人文学部では1・2年次の学生を対象に専攻科目のほかに基礎科目の履修が義務づけられています。わたしが講義をする化学をはじめ物理・生物を学ぶ『自然と環境』と、スポーツや心理学を学ぶ『心と体』の2講座からなっています。以前はどこの大学にもあった教養課程に近い講座なんですね」

多くの大学から教養課程が事実上消えて久しいが、ここにきて大学生の学力低下の問題などもあって教養課程の見直し復活の機運が高い。そんな中にあって全人的教育をめざす武蔵大学では10年以上前からこの講座を開設している(基礎科目を担当する教員は藥袋先生もふくめて「基礎教育センター」に所属する)。

「かつての文系教養課程といいますと、高校までに学んだことの復習という性格が強かったのですが、いま私が教えているのは『社会とのかかわりにおける化学』がテーマです。たとえば07年度は『食』をテーマにして添加物や農薬・遺伝子組み替えなどの問題を取り上げています。人文科学との接点があるテーマそれもなるべくアップツーデートな課題を選ぶようにしています」

ニュースで話題となる時事的テーマを基礎科目講座に取り入れるようになって、受講する学生の表情が変わったという。そして同じ理系の物理・生物各コースもこれを踏襲するようになり、現在では3科目合同のフィールドワーク学習「地球科学野外演習」なども行なわれる。

放射性物質の挙動研究の第一人者

そんな先生自身の専門は「放射化学」と「地球化学」。とくに放射化学の分野では日本では数少ない研究者のひとりとされる。

「とくに放射性物質の環境のなかでの挙動について研究しています。たとえば放射性廃棄物を地中に埋設廃棄する場合、その放射能が地下水に溶け込んだとしても地下水が通る地層の鉱物が吸収してくれます。そうした環境のなかでの放射性物質の挙動についていろいろ想定しては実験し、放射性廃棄物をどのくらい深くまで埋設すれば地上に影響しなくなるのかなどを調べています」

藥袋先生がこの研究を始めたのは、米フロリダ州立大学に博士研究員として留学していたとき。同大学教授の研究を手伝ったのがキッカケで、日本での放射性物質の挙動分野の研究をリードしていくことになる。

このほか文化財の産地や技法についての放射能を使っての化学的分析、さらに地球化学の分野では海洋堆積物中の微量含有物質の解析――これらが現在のところの研究課題となる。いろいろと研究内容について語る藥袋先生は、理系の学究らしく理路整然として実に明解に説明してくれる。

07年度から「環境問題」ゼミ開講

これまでは人文学部1・2年次における基礎科目として物理・化学・生物の講義が中心だった藥袋先生ら武蔵大学の理系の先生たちだが、07年度の後期学期からは3・4年次学生を対象にしたゼミ演習も始められることになった。これも日ごろの熱心さが大学当局から認められた結果ともいえよう。

「今回の理系ゼミは物理・化学・生物の教員たちが合同で『環境問題』を統一テーマにして開講するものです。ですから相当ユニークなものになるはず。当然ゼミですから卒業論文への道も開かれます。ただ、あくまでも人文学科の学生が対象になりますので、学科とゼミのテーマがうまく合致する内容の卒論が求められます」

文系の学生たちが理系の研究手法やテーマをどんなふうに絡めて卒論課題を提案してくるのか――それが今から楽しみとも。ちなみにこの〝理系ゼミ〟開講は07年度後期からだが、卒論研究への指導はゼミ生が4年次に進む08年度からとなる。そうした学生たちへの指導方針について藥袋先生は次のように語る。

「大学で過ごす4年間とは、長いようで短くまた人生の重要な時期に当たります。ですから学生たちの気持ちをできるだけ汲んで逆に学ばせてもらうつもりで教壇に立つようにしています」
「わたしが教えているのは専門科目ではなく教養科目ですので、学生に教える内容は教員に任されています。文系で学んで社会に出て行こうとしている学生たちに化学の何を教えればいいのか? そうしたことを考えながら教えるのは私にとっても貴重な経験になっています」

何をどう教えたらいいのか試行錯誤の日々――これは永遠に解けない命題かもしれない――そう熱く語る藥袋先生だ。そして受講してくれる学生の心に何かひとつでも残るような講義を心掛けたいとも。

「根津化学研究所」研究員として

さて、藥袋先生の研究室のある9号館「科学情報センター」棟に接して、かなり趣があるというか古色蒼然とした雰囲気の建物がある。1936年に設立された「根津化学研究所」がそれで、武蔵大学の創設者である故・根津嘉一郎氏を記念した研究所でもある。

この研究所の初代所長は後に東京大学教授にもなる玉蟲文一博士だ。同博士を中心に日本のコロイド化学(ミルク・煙・霧などのように粒子が分散して存在する物質)の研究で主導的な役割を果たした歴史的な研究所としても知られる。

研究所建物は当時のままの姿で残され今やほとんど使われることもない。しかし藥袋先生は、武蔵大学教授のかたわら根津化学研究所研究員としてその遺徳の継承役を自ら買って出ている。

「いまは建物自体は記念館的で活発には使われていませんが、この根津化学研究所の名前を冠した公開セミナーは開いています。日本における化学研究に多大な貢献をした由緒ある研究所をもつ大学として、その伝統を生かした講義や実験の工夫をしていきたいですね」

21世紀この国の化学教育のあり方に工夫と情熱を傾けるひとりの教授の姿がここにはある。

こんな生徒に来てほしい

武蔵大学がめざす教育目標として「自ら調べ自ら考える」学生を育てる――というのがあります。学校の規模は決して大きくありませんが、そのぶん教員と学生さらに教員同士・学生同士で親密な関係を結ぶことができています。その特長をうまく生かして大学4年間で大きく育ってほしいですね。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。