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GOOD PROFESSOR

東京学芸大学
教育学部 人文社会科学系

河添 房江 教授

かわぞえ・ふさえ
1953年千葉県生まれ。77年東京大学文学部国文科卒。85年同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。85年東京学芸大学教育学部専任講師。89年同助教授。02年より現職。一橋大学大学院言語社会研究科連携教授も兼任。著作は『源氏物語の喩と王権』(有精堂・第1回関根賞)『性と文化の源氏物語』(筑摩書房)『源氏物語時空論』(東京大学出版会)など多数
河添先生が主宰する『河添房江のホームページ』のWebアドレスはコチラ↓
http://homepage1.nifty.com/fusae/index.htm

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『源氏物語』研究に新たな光を

河添研究室のある人文科学系研究棟2号館
正門に続く桜並木の新緑が美しい

一生モノの恩師として今週ご紹介するのは東京学芸大学教育学部人文社会科学系の河添房江教授。河添先生が日々教壇に立つのは人文社会科学系「日本語・日本文学研究講座」で、小学校から中学・高校までの国語の教員養成が目的とされるコースだ。まずは、この日本語・日本文学研究講座の特徴から説明してもらおう。

「ほかの教育系大学の同じようなカリキュラムをもつ専攻コースなどと比較しても、教員スタッフの数の多さや充実ぶりが第1の特徴でしょうね。この分野の教員だけで10数人はいます。ここで学ぶ学生は国語の教員に将来なることが前提で、それぞれ小・中・高の教員のいずれを目指すのかによって個別のカリキュラムが組めるようになっています」

さて河添先生自身の専門は国文学で、とくに『源氏物語』における斬新な研究で知られる。その独特の研究手法の特徴は何かといえば、この世界最古とも目される長編物語にさまざまな視点から光を当てるところにある。

「というか、どうもひとつの論文を書き上げるとつい飽きてしまって、別の視点のテーマに行ってしまう移り気な性格なんですね(笑)」

そう笑う河添先生だが、その好奇心の旺盛さこそがまだ30代の若さでの「第1回関根賞」の受賞につながった。今やこの分野での権威ともなった先生だが、早いうちからその才能を嘱望されていたのだ。

東アジア世界における『源氏』の意味とは

初夏を迎えた東京学芸大学正門
河添「自主ゼミ」での授業の様

自身の源氏物語研究については次のように語る。

「源氏物語といいますと、それまでの中国文化の影響から離れ日本固有のみやびな国風文化の中から生まれた長編文学とされてきました。しかし遣唐使の時代が終わっても東アジアからの人や物・情報の交流ルートは確立されていて、それは物語の随所にうかがわれます。ですから東アジア世界からのリアルタイムの文物の影響なしにこの物語は開花しなかったというのが私の基本的な立場なんです」

また源氏物語といえば、平安の「プレイボーイの宮廷物語」という俗な見方もされがちだ。しかし「光源氏」に代表される当時の権力者の権威がどのようにして保証されていくのか?その経緯を記した物語でもある――そうした見直しの可能性を河添先生は指摘する。

「その一番の根拠は光源氏自身が当時のトップクラスの文化人であるということです。学問をはじめ絵画・書道・音楽までのすべての領域でトップの実力をもつ当時の天皇以上のスーパースターとして光源氏は描かれています。それによってこそ政治的立場も補完されているわけなのですね」

源氏物語は成立からすでに千年もの時をへて古今その研究実績はおびただしい数にのぼる。それでも、この紫式部原作の長編物語はあらゆる未知なる研究テーマを包括するスケールの大きな作品なのだと河添先生はいう。

「この源氏物語は読み返すたびに新しい発見があります。汲めども尽きぬ泉のように次々と新しい研究テーマが浮かんでくるんですね。少なくとも私には(笑)」

源氏物語をこよなく愛して止まない河添先生ならではの話だ。このほかにも、復元なった『源氏物語絵巻』を見ながらどのようにして単なる挿絵ではない絵の深い意味が生まれてきたのか? さらに、源氏物語などの古典文学研究においてコンピューターを活用した情報処理研究――等々も最近の先生の研究テーマだという。

その起居動作からして河添先生のたたずまいは楚々としている。まさに源氏物語に登場してくる女性のひとりと見まがうような嫋やかな雰囲気をも漂うほどだ。

「教える」ではなく「育てる」ことこそ

「自主ゼミ」における集合写真
東京学芸大学キャンパス全景

東京学芸大学ではいわゆるゼミ制は採っていない。しかし学部学生は3年次の後期から各教員の研究室に配属になり、卒業論文に向け指導を受けることになる。河添先生の研究室でも例年10人前後の学生を受け入れており、その人気はすこぶる高い。

「3年次のうちは、卒論のテーマに向けた各自の発表をもとに皆で意見交換し、私のほうから最後にコメントするのを何回か繰り返していきます。そうやって卒論の基礎固めをして、4年次になると本格的な卒論指導に入ります」

そこで学生たちへの指導方針だが、次のように語ってくれた。

「教育というのは、その字のごとく『教える』ことと『育てる』ことから成り立ちます。このうち教えるテクニックを身に付けることは誰でも比較的簡単にできるものです。しかし人を育てるのは非常に難しいし、また育てることの方が大切なのです。どう育てれば良いのかといえば、環境を整えてその学生自身が自主的な力で伸びていけるようにひたすら待つ姿勢をとることですね」

巷間よく言われがちな「指示待ち」の現代の若者たちの姿ではなく、自らの判断で情報を選択し行動できる若者を育てる。それこそがいま真に求められている教育だろうとも語る。

教育実験の場としての「自主ゼミ」

ケヤキの緑陰が涼しげな学生憩いの広場

また河添先生は「万葉ゼミ」と「源氏ゼミ」という2つの実験的な「自主ゼミ」を主宰することでも知られる。これらは東京学芸大の学生であれば誰でも参加できるゼミで、これらを教育実践の場として先生は位置づける。

「まずは学生たちの力を信じるようにしています。以前はあれこれ教えすぎて失敗した経験もありました。いまは私のほうからできるだけ指示などしないで、とくに最初のうちは自分で考えてもらいます。あるいは学生同士で話し合って互いに切磋琢磨させて、自分たちの力で問題を解決して充実感を得るようにしていくわけです。私からは最後に少し意見を伝えるくらいにしています」

そうした河添先生の想いは各ゼミ生たちの心にも届いているようだ。学窓を巣立つとき「4年間の学生生活でいちばん印象深かったのは自主ゼミです」といったことばを残していくゼミ生も多いという。

「とにかく学生たちの力を信じてあげることです」

きっぱりと河添先生はそう話す。そして最後に古典を学ぶための心構えについても語ってもらった。

「古典文学を研究するにあたっては、まず作品自体をじっくり読み込むことです。とくに源氏物語のようなメジャーな作品に関しては先行の研究が驚くほどたくさんあります。しかし先にそういうものを読んでしまうと、どうしても影響されてしまいがちですから、まずテキストそのものを熟読することです」

「古典文学にはそれぞれの作品にひとつの正しい読み方などあるわけではありません。つまり数学などとは違って、ただひとつの正解などというものはありません。そこで大切になってくるのは、それぞれ読み手が自分なりの解釈をどう確立するのかということなんです」

こんな生徒に来てほしい

この大学に向かないだろうという人から順に挙げていきますと、何となく漫然と大学生活を送りたい人、大学のブランド名に憧れている人、就職前のモラトリアムの期間として来る人――そういった人ですね。ここは教員の養成が主たる目的の大学ですから、しっかりとした目標意識をもって地道にコツコツ努力する人に向いている大学だと思いますよ。

とくに私の許で古典文学について学びたいという人については、まず文学が好きであってほしい。若者らしく意欲があって読書好きで広い視野を持っている人だとなお素晴らしいですね。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。