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GOOD PROFESSOR

国際基督教大学
教養学部

八代 尚宏 教授

やしろ・なおひろ
1946年大阪生まれ。68年国際基督教大学教養学部卒。70年東京大学経済学部卒。70年経済企画庁(現内閣府)入庁。81年同庁より留学で米メリーランド大学大学院博士課程修了。92年上智大学国際関係研究所教授。00年日本経済研究センター理事長。05年より現職。著作は『日本的雇用慣行の経済学』(日本経済新聞社・石橋湛山賞)『少子・高齢化の経済学』『「健全な市場社会」への戦略』(ともに東洋経済新報社)など多数

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「構造改革」を「生きた経済学」で分析すると

八代研究室のあるICU教育研究棟
初夏の大学正門。ここから600m桜並木が続く

国際基督教大学(ICU)の教養学部社会科学科の八代尚宏先生は、長く経済企画庁(現内閣府)において官僚として日本経済のカジ取りをしてきた。教授職に転じた今も経済関係の各種政府委員や諮問委員をいくつも務める。そんな多忙な八代先生にインタビューすることが今回かなった。世紀をまたいで一部の大企業に好転の兆しはあるものの、国民レベルではなかなか不況・不安ムードから脱出できないニッポン停滞の原因についてまず聞いてみよう。

「日本経済の長期停滞は複数の要因が重なり合って生じているものであり、一概にこれが原因であるとは言えません。ただ、これまでの成功体験(とくに高度成長期からバブル期までの社会的・経済的システム)にこだわり過ぎていることです。これは国にも地方にも企業にとっても共通していえることで、過去の成功システムにいつまでも固執して新しいシステムへの切り替えが遅れているのがニッポン停滞の大きな原因のひとつでしょうね」

敗戦後の日本経済は「欧米先進諸国に追いつき追い越せ」をスローガンに活動してきた。70~80年代にその目標をどうにか達成したあと、向かうべき方向と切り替わるべき新たなシステムを日本経済は用意していなかったともいえよう。

「その新たなシステムづくりを目指したのがいわゆる構造改革になります。しかし構造改革が始まってまだ数年しか経っていないのに、小泉純一郎・安倍晋三内閣と続く構造改革政策のせいで格差が広がっているというような批判がいま世に渦巻いています。しかし構造改革については欧米先進国はじめお隣の韓国でも日本以上のスピードで進められており、それぞれ大きな成果を挙げています。先進諸国のなかで過去の成功体験が目覚ましかった日本では構造改革の実施がいちばん遅れましたから、その成果が出るのはこれからなのです。そうしたことが一般によく理解されていないのは残念ですね」

「成果主義」「市場主義」の熟成はこれから

大学内ロータリー。正面はICU大学礼拝堂
和洋65万冊の蔵書を誇る大学図書館

一方、近年になって大手企業をはじめとした不祥事や不正事件が続々とこの国の世に噴き出している。この事態について八代先生は次のように断じる。

「企業による不祥事や不正事件は昔から行なわれてきました。ただ昨今のような悪質な不祥事や不正を懲りずに繰り返す企業・団体はこれから確実につぶれるような仕組みにすること――とくに消費者を裏切るような不正やカルテルをしでかした企業は、米国のように巨万の賠償金を支払わされ、その責任者は刑務所に実刑で入るようなまっとうな競争社会にしなければなりません。悪徳企業は市場システムから必ず淘汰されるような当たり前のシステムをきちんと作り上げることでしょうね」

官僚出身の経済学者にしてはなかなかにラジカルな意見とも思われようが、どれもが八代先生なりの確固たる論理的裏付けを伴って語られる。

そんな八代先生の専門は「労働市場」問題。日本におけるこの分野も、年功序列型賃金体系や終身雇用といった従来のシステムから成果主義等による新賃金体系に移行する企業が増えつつある。こうしたことがフリーターや失業者・社会的ひきこもり・インターネットカフェ難民・路上生活者などの増加の遠因とする論調も一部にある。しかし八代先生の立場としては成果主義・市場原理主義は大いに歓迎すべきことだと論じる。

「成果主義というのはむしろ公平なシステムなんです。つまり一流大学を出て大手企業に就職するとその人の一生の安定が約束されるなどという仲間内だけの公平性、それこそが前時代的なシステムであり、社会全体から見れば不公平そのものです。むしろ大手企業に入っても努力しない人はリストラされ、男女にかかわらず中小企業や家庭にいても能力や意欲のある人はどんどん抜擢・登用されて大手企業にも迎えられるようになる。こうした再チャレンジ可能なシステムのほうが公平かつ効率的といえます」

八代先生は低いがよく通る声で順を追って語っていく。

社会のなかの何を犠牲にして何を得るか?

小さな礼拝堂(これはシーベリー記念礼拝堂)がいくつかある
ICUのシンボル・大学礼拝堂の十字架

ICU教養学部社会科学科のゼミ演習は3年次後期から始まる。八代ゼミの受け入れゼミ生は例年15~16人前後で、少人数制のICUにしてはやや多い。どうやら八代先生の元で最新の「生きた経済学」をきっちり学び取ろうという意欲的な学生が多いからなのかも知れない。

「こちらからテーマを与えてグループ別にディスカッションしたり、あるテーマについて賛成組・反対組に分けてディベートをすることなどが私のゼミでは多いですね。こうした議論を重ねることによって、問題点がどんどん明確になってくる経験をぜひ体験してほしいわけです」

卒業論文については、ゼミ生の興味や関心のあるものであればテーマは何でもOKだという。ただし、その研究手法は経済学の手法で展開するという条件は必ずつく。したがって八代ゼミの卒論のテーマは、労働市場問題だけではなく、農林業・地域間格差・少子化・家族問題まで実に多種多様らしい。

そうした学生指導で心掛けていることについて聞くと、八代先生からは次のような意外な答えが返ってきた。

「そんなものは全くありません。主体は学生であって私はアドバイザーに過ぎませんからね」

そこをもうひと押しして尋ねると、こう続けてくれた。

「経済学的なものの見方――このことについてだけは学生にいつも強調しています。経済学とは、物理や化学が自然界の神秘を科学的に解明するように、社会の動きの根底に迫るものです。これらを学び知ることによって世の中の基本的な仕組みが理解できます」

「たとえば経済学では無料のものなどないというのが大原則です。何かを得ようとすれば必ず社会の別のところに費用が生じます。『あれもこれも』というのは経済学ではあり得ません。社会の最小限の費用で最大限の成果をどう得るか、それを常に考えるのが『生きた経済学』なのです」

「このためには政府の役割が大事です。競争原理に基づく市場社会は、(政府が)公平な審判をすることで選手がエキサイティングなゲームをやるサッカーの試合にも例えられますね」

こうした鉄則に基づいて、学生たちに例題を示しながら噛んで含めるように指導していくのだそうだ。

08年度から「学科制」廃止し「メジャー制」へ

さて、ICUでは長く1学部(教養学部)6学科制を敷いてきたが、明2008年の新年度から学科制を廃止することとなった。そして、メジャー制(専修分野)に移行することになる。

この新制度のカリキュラムにおいては、美術・文学・物理学・心理学など伝統的な学問分野と、日本研究・アメリカ研究・平和研究などの問題解決型・地域研究型の学問分野の2つのカテゴリーからなる31ものメジャー分野が用意される。

この中から学生は2つまでのメジャーを選択して履修できる。さらに、この新制度では入学時に自分が学ぶメジャーを決める必要がない。1~2年次で様々なメジャーの基礎科目の履修を経験して、本格的にメジャーを学ぶ3年次までに決めればいいことになる。

「少子化の時代にあって、大学側がいつまでも殿様商法で教えてやるといった態度では立ち行かなくなるということでしょう。これからは学生がお客様で、われわれ教員はサービスを買ってもらう側ということになりますね」

ニッポン労働市場に高まりつつある市場主義的な諸制度改革についてはもちろん、ICUの今回の改革についても積極的に評価する八代先生の姿が印象に残った。

こんな生徒に来てほしい

もはや大学側からこんな人でないと来てほしくない等といえる時代ではありません。来ていただけるなら誰でも歓迎します。ただ、この大学に入学するにあたって英語力だけは最小限しっかり身につけて来てほしい。これからは、国語力や論理的な思考力と結びついた英語力こそが総合力が身に付いているかどうかの重要な判断材料になりますからね。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。