早稲田塾
GOOD PROFESSOR

横浜国立大学
大学院 工学研究院システム 創生部門(建築学教室)

大原 一興 教授

おおはら・かずおき
1958年東京生まれ。83年横浜国立大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。87年東京大学工学系研究科建築学博士課程単位取得満期退学。87年東京大学工学部建築学科助手。91年横浜国立大学工学部建設学科助手。94年同助教授。05年同大学院工学研究院教授。この間97年スウェーデン・ルンド大学客員教授。また06年にスウェーデン王立工科大学客員教授と英ニューカッスル大学客員研究員。工学博士。一級建築士。主な著作に『エコミュージアムへの旅』(鹿島出版会)『痴呆性高齢者の住まいのかたち』(共著・ワールドプランニング)『生活視点の高齢者施設』(編著・中央法規)などがある
ちなみに大原先生主宰の建築計画研究室Webサイトのアドレスはコチラ→http://www.arc.ynu.ac.jp/~usr002/

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コミュニティー再生のための「建築計画学」

大原研究室のある保土ヶ谷キャンパス「建築学棟」
研究室において指導する大原先生と学生たち

横浜国立大学の大学院工学研究院(学部は工学部建設学科建築学コース)の大原一興教授は、初対面の印象からして見るからにスマートで都会派のプロフェッサーとお見受けする。その専門は「建築計画」。高校生諸君には聞き慣れない学問分野という人も多かろう。そもそも「建築計画」とは何か? まずはそのことから説明してもらおう。

「社会の主人公たる世の人々により良く使われる建築物をつくるためには、その建築物を使う側の人たちの中に潜む法則性を見つけ出すことが重要です。そして、それを建築物を設計するときの考え方に生かさねばなりません。つまり、建築物の使い勝手や居住性などについて『使用する側』の視点で考えていくこと――それを建築計画学と日本では言っています」

ともすれば従来の建築計画学では単体の公共的建築物についての考察が中心になる傾向があった。しかし現在は、その建築物を通して人間の動作特性から周辺環境との調和や都市計画までの幅広い視点を踏まえた考察研究が求められる時代になっているとも語る。

とくに大原先生は高齢者施設等の建築計画についての先進的研究で知られ、全国さまざまな施設計画・建設・運営などに関わってきた。それも、公的な建築物・施設にありがちな法律・規制に基づく効率性重視のアドバイスばかりでなく、そうした杓子定規的・業界常識的な「法則性」からちょっとした外れた試みを加えた野心的な計画に特色がある。そして実はそうした小さな工夫こそが使用側にとって効果的であり本質的・普遍的なのだ。

「東京・足立区のある老人ホームの敷地のすぐ側に小さな喫茶店のような溜まり場の運営を始めるお手伝いをしました。入居高齢者はもちろん、ホームで働く職員や周辺の住民も利用するようになりました。これまでの老人ホームというと、どうかすると地域の中にあって孤立しがちなのですね。施設そのものではなく近接する外に付加的に何かを設けることで、施設の存在はガチガチの法則性から解き放たれて別のコミュニティーの広がりをもつ存在になっていく可能性が生まれてくるわけです」

先進国に似合わないほどに貧困に過ぎる福祉・医療分野のニッポン的状況の説明として「介護難民」「痴呆老人難民」「がん患者難民」列島といったある意味で自虐的なキャッチフレーズが社会的に定着して久しい。そうした人生最後の喜悲劇的な大混乱を構造的に生み出すこの国の状況を克服するためにも福祉・医療施設など社会的資源の整備・増設が国民的課題とされる一方で、個別の周辺住民からは「迷惑施設」の扱いを受けがちな老人ホーム等々。こうした施設利用者・運営者・職員と施設周辺住民との間のギスギスした雰囲気がこの国のあちこちで地域コミュニティーを台無しにしかねない相互不信の種をバラまく。

それが地域に自然と溶け込んでいけるように心のこもった計画・設計上の工夫が凝らされたうえで建てられることによって、新たな共生・連帯の場として生まれ変わるのであれば安い投資という考え方もできよう。このほかにも、地域の人たちと共に作り上げていく小規模施設、あるいは団地の集会所や学校の保健室などでのそうした小さな工夫をして大きな効果をあげている先進例についても大原先生は生き生きと話してくれた。

「エコミュージアム」構想という社会的実験

秋緑の丘に建つ横浜国大の工学系建物群
新装された横浜国立大学の中央図書館

さらに大原先生が手掛ける研究プロジェクトの中のひとつに「エコミュージアム」というものもある。

「ここで言う『エコ』とはエコロジー(ecology)のエコでもありますが、むしろ原語のoikos(家・家族)という原点に立って「人間関係のコミュニティー(community)」という意味合いのほうに重点があります。また『ミュージアム』といっても具体的な建物などが必ずしもあるわけではなく、『屋根のない博物館』とか『地域まるごと博物館』とも呼んでいるものなのです」

博物館の元来の役割のひとつである「教える」「学習する」「保全する」「研究する」という機能を現実の地域のなかで行なおうとする「エコミュージアム」プロジェクトは、ある特定の地域のコミュニティー全体を丸ごと博物館のように再構成する社会的実験でもある。

大学近くの神奈川県内ですでに始動している事例を挙げてみると、「三浦半島まるごと博物館」あるいは川崎市の臨海工場地帯に残る古い機械類を保存する「川崎産業ミュージアム」、さらに多摩川の治水の歴史などを学ぶ「多摩川エコミュージアム」などで具体的な成果をあげている。また茅ヶ崎や城山・平塚などでもこのプロジェクト計画が進展しつつあるという。

「こうしたことも建築計画の研究分野に入るのかという疑問をもつ人も高校生諸君の中にはいるでしょうね(笑)。このエコミュージアムは、公的施設の代表格でもある博物館の機能を広げてその地域に住む人々の協力で運営されるものです。博物館運営のノウハウを利用することなどにより、建築計画の考え方の延長線上にあると私は考えています。建築計画学とは、建築物を計画する技術だけではなく、建築を通じて社会を計画するための学問でもあるのです」

その地域の主人公たる住民の熱意ある参加があって成功する「エコミュージアム」プロジェクトだが、全国的な広がりにまでまだ至っていないのも実情だ。このあたりその理念が理解されにくく、運動として盛り上げることの困難さも素直に認める大原先生でもある。しかし、先の壊滅的敗戦と引き換えに手にした「草の根民主主義」がこの国の地域コミュニティーの隅々までが行き渡るためにも意義のある試みとして、根気強く広めていきたいとの意欲を見せる先生の姿がいまも印象に残る。

自ら見出した研究テーマだけが身に付いていく

横浜国大へはこの階段を延々登っていく

横浜国立大学工学部建設学科建築学コースの大きな特徴として、コース単独で入試を行なうこと、そして建築家を志したり建築に関心をもつ学生しか受験しないということがある。

「18歳前後の年齢では具体的な進路について決めかねる人も多いでしょうが、このコースでは最初から建築を勉強したいという人だけに入学してもらうのを方針にしています。だからこそ1年次から専門科目を少しずつ学びつつ2~4年次に進む独自のカリキュラムも組めるわけです。同級生同士で熱い建築論議をしつつ先輩の作業を自然と手伝うこともでき、早くから具体的な建築の業に触れることもできます」

学部学生の全員が目的を同じくするため質の高い専門教育指導がなされていて、就職状況や建築士資格の取得試験の結果なども好調らしい。しかし実際の就職先は既成の建築業界だけに限られず関連分野にも就職している。その理由のひとつには、学部4年次の学生たちが多領域で活躍する個性的な各教員の研究室に配属され、丸1年間かけてそれぞれ多様な卒業研究に没頭することにあるのかもしれない。

大原先生の研究室でも例年7~8人の学生を受け入れている。同研究室ではゼミ演習が重視され、とくに4年次学生にとっては前期のゼミが重要となる。

「新たに4年次になった学生には『建築計画学』の基本的なことを前期ゼミのうちに徹底的に修得することが絶対条件となります。さらに先輩大学院生たちのいろいろな研究作業に参加して、さまざまなフィールドワークにも積極的に体験してもらいます。そうした中から自らの研究テーマを自力で探し出すことになります。私のほうから先に研究テーマを与えることは原則としてありません。とことん自分で考え抜いて決めたものでないと先につながらないからです」

小数者を排除しない住民総意の「地域社会計画」

卒論もふくめて研究テーマの決定にあたって大原先生が重視するのは各自の問題意識で、社会的にどんな意味があるのかを自ら明確にできるかどうかだとも。そうした学生指導の基本的方針については――

「とにかく自分で考えるということですね。ですからアドバイス以外に私のほうから『こうしなさい』などと言うことはあまりありません。明らかに方向を間違えているときには注意するようにしていますが。学生自身が実感とするものを核にして研究していきませんと、本当の意味での自身の研究になり得ないと思うからです」

こうした厳しい指導姿勢のなかで呻吟し苦しむ学生も中にはいるようだが、やがてその多くは大原先生らの薫陶により自ら解決する力を身に付けていく。インタビューの最後に「建築計画」研究に携わることの意義についてこうも話してくれた。

「ふつう建築といいますと外見的なハコモノが対象になりますが、我々が扱う建築計画での対象は実は人間そのものなのです。研究者自身もふくめて人の行動というのは実に興味深く、未知・不思議に満ちあふれています。一定の法則性・共通性がありながらも、そうした想定モデルから外れる人々も少なからず必ずいるものなのです。そうしたマイノリティーの人々の意見がなぜ生まれるのかも探りつつ、どのようにしてコミュニティー全体の民主的な総意として計画にうまく反映させていくか――そうしたことこそが施設や地域計画研究の面白さであり困難さでもあり妙味とも言えるでしょうね」

先進諸国並みに成熟していく新世紀ニッポン社会にふさわしい「建築」プラス「人間」のあり方に興味のある若者たち。そんな有意な学生諸君との出会いを大原先生は待ち望んでいる。

こんな生徒に来てほしい

幅広い好奇心をもつことが大切だと思います。とくに建築についてあまり狭い観点でとらえないでほしい。建築というのは、その領域に限界がないくらいに幅広い可能性に満ちた分野なのです。未来に向けてその建築の領域をさらに広げていくような意欲的な若い人を望みたいですね。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。