早稲田塾
GOOD PROFESSOR

慶應義塾大学
理工学部 システムデザイン工学科

吉田 和夫 教授

よしだ・かずお
1978年慶應義塾大学大学院博士課程修了。工学博士。87年より慶應義塾大学理工学部助教授に就任。94年より現職。同年日本機械学会論文賞。01年慶應義塾常任理事に就任。主な著作は『生体機械工学』(日本機械学会)『ダイナミクス ハンドブック』(朝倉書店)『防振制御ハンドブック』(フジテクノシステム)ほか多数
ちなみに吉田先生が主宰する「吉田・高橋研究室」Webサイトのアドレスはコチラ → http://www.yoshida.sd.keio.ac.jp/

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ロボットを人間に近づけるために

吉田研究室のみなさん。和気あいあいと研究を進める様子が印象的

あなたが「がんばれ!ニッポン」大好きのサッカー狂サポーターだとしてもブラジルやイタリアなど強豪相手に日本代表が4対0や3対0で常時勝てるなどとは到底思わないだろう。まず選手個人個人の力量が違いすぎる。しかし、ロボットによるサッカー世界大会「ロボカップサッカー」でそんな「奇跡」を成し遂げた日本人「監督」がいる。慶應義塾大学理工学部の吉田和夫教授その人だ。

「ロボットの性能自体で見ると私たちのチームはベスト3なんて全然入りません。まっすぐ動くスピードで競うなら参加チームのせいぜい真ん中ぐらい。キック力もイマイチですね。というのも欧米のチームは学生がロボットを作っていません。プロの技術者が製作していますから。でも私たち『EIGEN(アイゲン)』チームは基本的に学生だけで作り上げています」

ところが去る04年・05年のロボカップでの結果は圧勝だった。8ヵ国計23チームが参加した勝ち抜き戦でほぼ完封し、いずれも3点差以上の大差をつけて見事「吉田JAPAN」は優勝したのだ。コンピューター搭載の自律型ロボット4~6台を1チームとして競うルールだが、試合のビデオを見る限り他チームとの力量差は歴然としている。

最高スピードでは欧米に劣るはずのロボット選手だが敵チームの脇をぐんぐんすり抜ける。ディフェンスにおいても他チームのシュートコースをふさぐよう立ちはだかる。そして相手がシュートを放ってもことごとくキーパーが正面でキャッチ。とても性能が劣るとは思えないすごいパフォーマンスの連続だ。しかし、どうしてこんなことが可能なのだろうか?

性能に差がなくとも世界ロボカップで優勝する理由

日々改良を加えられている「ロボカップ」選手ロボット

「ロボットづくりの発想自体が根本的に違います。欧米チームは『こうなったら、こうするしない』型のシナリオに基づく設計をしているんですね。つまり『if文』。すべてのパターンを想定しておけば必ず勝てるはずというわけです。それに対して私たちのロボットづくりの発想は、たえず自らの動きを自己評価して逐次その情報を共有化することで時々の最善の行動を全ロボットが判断するようにしているんです」

吉田先生らのEIGENシステムではロボット自ら随時その「満足度」を測っている。たとえばボールにもっとも近いロボットの満足度が3、次に近い者が2、まるっきり遠い者は0――そうした情報をチーム全体が共有化することにより、各ロボット選手がチームにとってどのような位置付けにあるのかが明白となってくる。そのうえでチームへの貢献度が低い者は貢献度を上げる方法を各自「考える」のだ。それらの結果として低満足度のロボットは他のサポートへと動き出す。これが試合中たえず繰り返しなされていく。

「攻撃でも守備でもそのフォーメーションが自然にできあがり、しかも自由に変化していきます。しかもポジションが重なりません」

いくら「if文」の数を多くしても型どおりのパターンでしか動けない他チームがかなうわけがない。実際のサッカー試合を考えてみれば分かるだろう。全員が自ら状況を判断して最善の選択を続けるチームと、決まりきった型にしか反応できないチーム。たとえ少々足が遅くてもシュート力が弱くても、チームとして攻守に圧倒的な差がそこにある。

エンジニアとして尊敬されるにはオリジナルな研究を

実際にチームプレーを見せてもらった。かなりのスピードにビックリ

これは、技術の差という以上により本質的な哲学の差ともいえよう。しかも吉田先生のロボットには自律した動きをスムーズにするための独自技術がいくつも導入されている。たとえば「キュービック・ニューラルネットワーク」というシステムだ。

「ロボット同士の距離などを細かく測定してセンチ単位で規定することも可能です。しかし細かく定量化された世界は情報量が多すぎますね。ちょっと一部のバランスが崩れると全体がすぐに機能しなくなってしまうんですね。そこで情報の質を維持しながら量を落とす技術が必要になってきます。それがキュービック・ニューラルネットワークなんです」

現在の容量水準において情報量を適正に落とさない場合ロボットは一瞬にしてバランスを崩して倒れてしまう。そこで吉田先生たちは、センサーの3割が故障した状態でも機械にバランスを取らせ直立させ続けることに成功している。

「日常的にあまり意識されていませんが、人間は状況によって情報処理の質を変えています。なんとなく危ないから戻るかと思うときもあれば、細かな情報を得て判断するときもある。そういう情報の質の変化を行ったり来たりするのが生物らしい動きなのです」

吉田先生の話を聞けば聞くほど、今回のロボカップ優勝だけにニュース価値があるではないことに気付く。というのも、優勝を勝ち取った技術が極めて独自性の高いものだからだ。すでにある技術を改良する開発手法を採ったとしても、1回くらいならロボカップに優勝することもできたかも知れない。しかし、既存技術の改良ではなく新分野の研究によって世界的勝利をものにした――その点にこそ、より本質的な真価があるのだろう。

ところがこの国のマスメディアなど今回の優勝の真の意味がきちんと紹介されること等ついになかった。

「けっこう私自身として今回はすごい研究だと思うんですけどね」

そう笑いながらも世間・メディアの評価に不満も示す。そして吉田先生は少しまじめな表情に戻ってこうも続ける。

「21世紀の日本が世界から真に尊敬されるためにはオリジナルなことをやらないと全然ダメだと思いますよ」

なんと学生時代「哲学科」への転向も希望していた

じつは吉田先生は、文部科学省が選ぶ21世紀COEの拠点リーダーとして「知能化から生命化へのシステムデザイン」と題された一大研究も推進している。ロボット先進国とされる日本の研究を引っ張っていく立場だともいえる。

「それでも私はいわゆる『ロボット屋』じゃないつもりです。できれば新しい生命を作ってやろうかとさえ本気で目論んでいます。これからは『システム生命』という概念が必要になるだろうとも考えます。『共生する機械』の設計概念を機械に持たせないと、やがて機械によって人間が脅かされてしまう可能性すらあります」

現実のヒト(そして人々)はあらゆる事態に沿った完璧なマニュアルを持って社会を構成し暮らしているわけではない。単に「こうあるべきだ」というある一定の情報(規範)を共有しているに過ぎない。全員があるべき姿を思い描きつつ具体的に行動を逐次選択していく。それこそがヒトが生きて社会を構成することに繋がる。だから特に禁止されていなくても多くの人は盗みなどしないし、意味もなく人を傷付けたりもしない。

そうした「人間性」の根源とも言える深遠な「カラクリ」を機械・ロボットに注入しようという歴史的壮挙を吉田先生は目指しているとも言えよう。

「じつは20代の後半までは機械科から哲学科に転向しようか等とずっと考えていました。ただ機械の歯車を作るようなエンジニアにはなりたくなかった。でもエンジニアリングに研究者の価値観が入っていくことを後に理解するようになって考えが変わりました。ひとりのエンジニアとして、世の中によい影響を与えるようなモノづくりや発想を提供していけば良いのだと……」

人類知が極限まで発展した遠い未来社会において、ロボットをヒトに近づける吉田先生らの努力が実を結ぶ時が必ずやって来るはず。そのとき「あるべき理想の姿」をロボットに植え付けなければならない。そうした発想の基点となるものとして、理想を求め独自の研究を進める吉田先生のようなエンジニア・工学研究者の存在が決定的に大事になるのだろう。

まったくの素人だが、今回そうした実感だけは伝わってくる貴重な取材となった。

こんな生徒に来てほしい

我々の研究チームに強さの秘密があるとすれば、さまざまなタイプの学生・研究者がいるからなんでしょうね。ですから、どんなタイプの人でも歓迎します。ただし目標に向けて日々葛藤するエネルギーをもっている人というのが条件にはなります。内的なエネルギーをもつ若い人に遭遇すれば何らかの形で個性を引き出す――それこそが私の仕事だと思っていますから。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。