早稲田塾
GOOD PROFESSOR

首都大学東京
システムデザイン学部

下村 芳樹 教授

しもむら・よしき
1961年山口県生まれ。84年九州工業大学工学部卒。84年三田工業(現京セラミタ)入社。この間に東京大学大学院工学研究科にて博士(工学)の学位取得。98年川崎重工入社。00年東京大学人工物工学研究センター助教授。05年より現職。主な著作に『定性推論と自己修復複写機――挑戦:知能化する機械』(養賢堂)『モデルベース推論の応用:故障診断と自己修復機械――工学知識のマネジメント』(前著ともに分担執筆・朝倉書店)『スタート!「産学連携」』(共著・日本プラントメンテナンス協会)などがある。
下村先生が主宰する「下村研究室」公式ホームページのアドレスはコチラ → http://www.comp.metro-u.ac.jp/smmlab/

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21世紀の可能性を拓く「設計工学」「知識工学」

下村研究室のある1号館「新本棟」
下村研にはオリジナルロゴもある

首都大学東京の日野キャンパス。システムデザイン学部の3・4年次学生と大学院システムデザイン研究科の院生たちが学ぶこのキャンパスにおいて教鞭をふるう同学部・研究科の下村芳樹教授。その下村先生こそが今週ご紹介する一生モノのプロフェッサーだ。まずはこの聞き慣れないシステムデザイン学部ってどういう所でどんなことが学べるのかから聞いてみよう。

「現代人が直面している社会問題は以前にも増していろいろな要素が複雑に絡み合うようになりました。しかしこれらの混沌を学問のひとつの領域で解決することは事実上困難な状況となっています。その理由は、現代の諸科学・学問の体系はその進化・進展の仕方の性質上、結果として個々の対象領域に細分化された非常に複雑な構造を有しており、それらを組み合わせて実問題に適用するということはさほど容易なことではないことにあります。そこで従来の縦割り型の学問領域に横串となる仕組みを与え、学問の横断的な融合をめざすのがシステムデザイン学部であるということになります」

そもそも首都大学東京システムデザイン学部は学科制を採らずに5つのコース制を敷いている。ここで下村先生が所属するのは「ヒューマンメカトロニクスシステムコース」だ。

「このコースは人とシステムの融合による実学の実現を目指すものです。たとえば従来の工学では、実際に手に触れられるもの(可視なもの)だけをその研究対象としてきました。しかし、ここでは目に見えない社会問題なども扱うことにより「役に立つ学問」すなわち「実学」の教育と研究を目指しています。そのため機械系から生体(生物)系やロボティクス(ロボット工学)系、さらにサービスと製品設計の高度な統合を扱うサービス工学やアートデザインなどを研究する教員スタッフなども学問の垣根を越えて集められ、諸問題解決のための実践的な方策を研究しています」

すでに世界初「やわらかい複写機」は実用化へ

初春の首都大日野キャンパス正門
モダンな雰囲気が印象的な2号館

なお同学部生の1・2年次は南大沢キャンパスで基礎教育を学び、3年次から日野キャンパスに移って専門課程を学ぶことになる。下村先生自身の主な専門分野は「設計工学」と「知識工学」であるが、その研究範囲はすこぶる広い。そのうちから3つのキーワード(「やわらかい機械」「ライフサイクル工学」「サービス工学」)について説明してもらった。まずは「やわらかい機械」について……

「21世紀の人間生活において機械システムがもつ意味は日々一層大きなものとなっています。しかし実際の機械システムはあまりにも『硬く』『やわらかくない』のですね。たとえば小さな部品ひとつの故障でシステム全体が機能を失なって停止したり、その結果わたしたちの生活に大きなダメージを与えたりします。それが原発事故や大規模停電・航空機事故など壊滅的な大事故に直結することすらも決して稀なことではありません。そうした機械システム上に発生するトラブルを自己修復するような『やわらかい機械』を作れないものか――こうした論点が本研究の基本的なアイデアの始まりでした」

こうした新発想を元に下村先生らは1台の複写機をつくり上げた。これこそが世界初「やわらかい機械」の第1号機の登場となった。

「汎用オフィス事務機器のなかでも複写機は、機械工学・電磁気工学・化学などの融合によって実現されている非常に複雑なメカニズムを有している機械システムであり、その設計が難しいことから設計者により「生もの」などと評されることもある様々な故障が発生しやすい機械です。そのような複写機という機械を対象として、それが故障したときに全体の構造を複雑にすることなく、機械自身が自律的に故障を修復して機能を維持する方法を試作してみたのです」

じつは複写機の内部には何種類ものワイヤーが走っており、それが帯電してそれぞれ複写機能の一部をつかさどっている。このうち感光ドラムを帯電させるワイヤー部分はその細さから切断事故が起こることが多く、いったん切れてしまえば複写機としての全機能が停止してしまう。このような全面停止・故障であっても、切れたワイヤーの機能を別のワイヤーに補わせるなどにより機械自身が自律的に故障を修復することが可能なシステムというのが下村先生の発想だ。このシステムの画期的な点は、ワイヤーの切断に限らずさまざまな故障を機械自体が検知し自ら修復してしまうことにある。

ちなみに世界初の「やわらかい複写機」はすでに完成し、すでに一部実用化もされている。

「循環型社会」実現のための工学的方法論とは

「自己修復複写機」の一例
「サービスCAD」の一例

下村先生における次のキーワード「ライフサイクル工学(環境調和型設計)」については……

「現代の社会問題のなかで地球的規模の最大のものといえば環境問題ということになります。この大難問の解決のために工学が貢献するための方法として考え出されたのがライフサイクル工学の発想です。つまり同じモノづくりでもより環境負荷の小さな材料を使用して環境負荷の小さな方法で製造し使用すること、さらに使用済みの製品を回収して再利用する閉じた製品ライフサイクルを実現する方法ということです」

これを工学的には「製品ライフサイクルの閉ループ化」という。この「閉ループ化」を実現したリサイクルシステムの完遂のためには、新製品の設計段階から生産・流通・消費・再生・廃棄までの製品のライフサイクル全体を見据えたシステム設計が最も大事と下村先生は語る。

そして最後のキーワード「サービス工学」については……

「戦後日本は製造大国として世界史上未曾有の急成長を遂げることに成功しました。しかし21世紀初頭のいま社会全体が成熟期・飽和期を迎え、モノづくりはいわば行き詰まりの状況に陥っています。その一方で、最近の家計支出も『モノ(製品)』から『コト(サービス)』へと移っている傾向が顕著に見られます。都市化・少子高齢化が進むなか医療や教育・安心安全などへの支出の割合が一層大きくなっているのです。しかし、これまでモノに対する工学的方法論は整備されていても、サービス・コトに対する工学的方法論が未成熟であるのがこの国の現状でもあるわけです」

「サービス工学とは、こうした新たな工学的方法論を構築することで、モノとコトの高度な統合を実現し、かつての高度成長期のモノづくりと同様のニッポン発の高価値の創出を可能にしようという研究です。工学分野の設計研究では、たとえばCAD(Computer Aided Design)に関するものがあります。CADとは、設計を支援するためのソフトウェアシステムの総称です。我々が現在開発を進めているのは、従来すでにあるモノの設計を支援するものではなく、サービス(そしてサービスとモノの統合)を設計するCAD、すなわち『サービスCAD』と呼ばれるものです」

まさに今までにない新しい工学研究においてその中心で推進役を務めているのが下村先生その人なのだ。

学ぶ側が楽しくない大学など存在理由なし

ちょうど満開の桜が迎えてくれた
着々と整備が進む日野キャンパス

それにしても下村先生の柔軟な発想による研究の数々はどれもが目からウロコの落ちるものばかり。その語り口は淡々として一見静かだが、研究・教育に懸ける熱き想いが取材する側にもヒシヒシと伝わってくる。

「学ぶ側にとって楽しくなければ大学での教育機関としての存在意義は希薄になってしまう」

これこそが下村先生の教育ポリシーという。したがって常に学生サイドに立って指導に当たってくれる。下村研究室配属の学生や院生たちのモチベーションが高いと評判なのもそうした事情によるものらしい。

首都大システムデザイン学部の学部学生の研究室配属は3年次後期の仮配属から始まり、4年次春の正式配属とともに特別研究(卒業研究)に着手する。下村研究室においても例年学部生だけで4~6人の学生を受け入れているが、人気のある研究室だけに毎年選抜になるらしい。

各個の特別研究のテーマについては先生が用意した30ほどのテーマからそれぞれの学生の希望や適性・興味などを考慮しながら決められていく。その前提として学生当人が「楽しく研究に打ち込めること」があることは言うまでもない。あらためてインタビューの最後に下村先生はこんな話もしてくれた。

「大学で特に工学を学び研究するうえで強く意識してほしいのは何をもっての実学かということです。その意味することのよく分からない人、あるいはモチベーションや方向性を見失なっている人などはいつでも私の研究室を訪ねてください。研究室はいつでも開放していますし、1・2年次の学生でも大歓迎です」

こんな生徒に来てほしい

受験生の皆さんには「なぜ大学に進むのか」という意味をよく考えてほしいと思います。高校生のうちにその結論にまで至る必要はありませんが、それについて考えてみること、その過程自体が非常に重要なのです。大学に入学することは人生のゴールでは決してありません。新たな道に進むための切符を手に入れたにすぎない――そのことを肝に銘じてください。私たちのところに来てほしい学生としては、まず夢のある人ですね。そして稚拙であっても構わないから自身の理想とアイデアを熱く語ることのできる人、それに我々のパートナーとして一緒に闘うことが楽しいと感じてくれる人ならなお素晴らしいですね。

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※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。