早稲田塾
GOOD PROFESSOR

日本社会事業大学
社会福祉学部

八木 ありさ 准教授

やぎ・ありさ
1982年より石黒節子氏に師事。’88年お茶の水女子大学大学院修士課程舞踊教育学専攻修了。’92年お茶の水女子大学大学院博士課程人間文化研究科人間発達学専攻単位取得退学。’94~’04年、野坂公夫・坂本信子主催ダンスワークスに参加。新人公演・秀作展に出演のほか、東京新聞および埼玉全国舞踊コンクール等に入賞。’02年ベルリン州立アリス・ザロモン社会福祉大学客員講師。’06年独ダンス・セラピー協会認定治療的ダンス指導者。
’07年(社)日本女子体育連盟JAPEW研究奨励賞受賞。おもな著書に『ダンス・セラピーの理論と方法』(彩流社)がある。
先生が主宰するホームページのWebアドレスはコチラ →http://homepage.mac.com/ziege/Menu12.html

  • mixiチェック

言葉にできない感情があらわになるダンスセラピー

授業で使われたティッシュペーパー。「ずっと見ていたいね」という感想も
ティッシュの雪に埋もれた学生。「ふわふわと温かい」

日本社会事業大学社会福祉学部の八木ありさ准教授。インタビューの当日、先生から勧められたのは、なんと3箱分のティッシュをひたすら引き出してみることだった。

「使わないのにティッシュを無駄に引き出すのは、禁じられてきた行為ですよね。それを解放すると、自分の意外な面が見えてきます。ティシュペーパーが引き出されるにつれ、いままで意識されなかった自分の心のなかも引き出されてくるイメージです。思わず夢中になって周囲を忘れて大声で叫んでいたり、また、どんどんティッシュを引き出して白い紙に囲まれたときにフッと神聖なイメージを抱き『お葬式みたい』と感じた学生もいました」

八木先生はダンスセラピーを専門としている。舞踊教育学を研究し、舞踊を通しての教育について学んできたという。

「ダンスセラピーによって身体を使ったコミュニケーションを体験できます。人間関係を築きにくいと感じている人にとっては、とくに大きな経験となるようです。神経症やうつ・摂食障害を抱えていらっしゃる方とともに踊るときは、内容がもっと治療的になります。社会的に制約されていたり、自分の抑制によって表現されないまま眠っている数々の思い。それらが無意識の動きに出てくるのを待って、解放していくのです」
「セッションに参加なさる方は、まず踊ることで大きな解放感を味わいます。そしてセラピストは、その方が表現できないまま抱えていた自分の感情に気づいたり、向き合ったりできるよう、協力しながら一歩一歩一緒に進みます」

ダンスセラピーは体と心をリラックスし、クライアントと信頼関係を作り上げることから始まる。クライアントの体が動くようになったところで、テーマを設定した即興表現などを行なう。そして「イメージのことば」を使って、さらに強い思いや感情・心理を探っていくという。

「その方の心の中にあるものを動きから感じとって、さらに私の動きや言葉にしていくんです。たとえば『これはどんな感じ? 壁を押しているみたいだね』とかね。重くてゆっくりした直線的なその方の動きを『壁を押す』と表現する。そのことばにご本人が共鳴できれば、動きが『展開』していきます。たとえば壁の連想から自分の記憶にあるドアを思い出すこともあるでしょう。そうすると動きが変わってくるんです。そのドアに阻まれている実感がこもったり、そのドアを開けたいっていう思いがあふれてきたり……」

感じるのは「エネルギー感」

授業の1コマ。新聞紙を落とさずに風を切って走る!

人の身体はごまかすことができない。どんなに自分自身を鼓舞しても、どうしても嫌なときには動かなくなるものだ。自分の気持ちに気づかないふりはできても、身体はなかなかだませない。身体に正直に本音を語らせるのがダンスセラピーだといえるかもしれない。

「ダンスセラピーを通して、ご本人が感情を言語化できるようにしたいとは思っています。ただ自分の気持ちをことばで表現できない人のためにこそダンスがあるわけですし、言語化できなくてもセラピーは成立します」

治療的にダンスセラピーを行なう場合、クライアントが必ずしも話せる状態とは限らない。認知症の進んだ高齢者には、言語のコミュニケーションが難しい場合もある。精神疾患で強い薬を飲んでいる場合には、なかなか言葉を話せないケースもある。そうしたクライアントにも、ダンスセラピーは効果を発揮するという。身体で表現できたことが、クライアントの生活を好転させるのである。

では、気持ちを探る側にいる八木先生は、クライアントの動きをどう感じているのだろうか?

「すごく感覚的な表現ですが、踊っている方やグループのこのへんが薄い、このへんが来ている、このへんが違う――などといったふうに感じますね。エネルギー感を感じるんです」

一流の格闘家が対峙すると、一定の距離以上たがいに踏み込めない場合がある。相手からのエネルギーを本能的に感じ取るからともいわれる。格闘家ばかりではない。トップアスリートが対戦相手の発する「エネルギー感」に言及するケースは少なくない。「試合の前から負けてました」というような選手のコメントを聞いたことのある人も多いだろう。その身体を研ぎ澄ました者だけが見える世界なのかもしれない。

実は先生自身も4年前まで現役のダンサーとして舞台で踊っていた。研究や教育に携わりながら舞台で踊れる身体を維持することは容易なことではない。ダンスに求められる柔軟性や筋肉などを維持するために、かなりの時間を練習に割かなければならないからだ。

「ダンサーはクライアントさんの身体の動きに敏感です。それはダンスセラピーをするうえで利点ですが、セラピストは必ずしもダンサーである必要はありません。クライアントさんの質感が感じられればいいわけですし、ダンサーの意識が強く出て自分が踊ることに気を取られるようだと困りますから。ただ、まったく踊ったことのない人がダンスセラピーを施すのは難しいでしょうね。踊ったときの解放感や動きとイメージとの関係を経験している必要がありますので」

体調によって感じ方も違ってくるダンスセラピーを行なうには、自身の身体をきちんと管理しなければならない。ただ、それはダンサーのようにギリギリまで鍛えていくことではないらしい。鋭い感受性を持ちつつ、クライアントの状態を冷静に判断できる身体や心を維持することなのだ。

学生たちが「ペロンと脱皮」!

授業のあと学生たちと記念撮影

日本社会事業大学では現在、保育士課程2年次の学生が必修でダンスセラピーの授業を受けている。少人数で行なうことが大切なので、30人あまりの履修生を2クラスに分けている。

「最初は学生をどんどん乗せていきます。これもダンスなんだ! 楽しいって。まあ、見方によっては学生をだますんですね」

そう言って先生は楽しそうに笑った。

「そのうち自分と向き合うことになる。そうすると『あれ、聞いてないぞ』と反発したり、自分の殻に引っ込んでしまう学生もいます。でも、それを超えたときに知らなかった自分に出会うわけです。学生の中には『ペロンと脱皮した』なんて表現する人もいますよ」

ダンスセラピーを通して学ぶのは自身の隠れた思い・心理だけではない。ことばで伝えられない痛みがあることを理解する訓練にもなっているのだ。福祉教育のモデル校として福祉に携わる人の育成に大きな力を発揮してきた日本社会事業大学においては、とても重要な取り組みだろう。卒業後、福祉の現場で出会う人々は自身の問題を必ずしもことばで説明できるわけではないのだから。

ただ、この授業はかなり神経を使うという。というのも、身体は正直であるぶん、時に人の思いや感情を一気に吐き出してしまうからだ。そのケアをするのも、八木先生の仕事になる。

「学生が無防備な状態になったとき、絶対に置き去りにしないようにしなくちゃいけません。逆に『踊るのなんて恥ずかしいな』と感じている学生がいると、授業を一緒に受けている学生全員の意識が閉じてしまうこともあります。そうならないように『意識を閉じちゃうともったいないよね』などとコツコツ伝えていくようにしています」

ゼミではテーマに即して自由に研究

みんなで楽しんだゼミコンパの1枚

こうした一般授業だけではなく、3年次から始まるゼミ演習でも八木先生はユニークな取り組みを行なっている。まず大きなテーマを掲げ、そこからは学生が自由に研究を進めていく方式を採用している。今年08年のテーマは「共感」、昨年が「模倣」、その前年は「ウソ」がテーマだったという。

ダンスセラピーに近い芸術などの分野に興味をもって受講する学生もおり、学生の研究はかなり多様化する。ここでも学生たちは自身の関心に沿うようにして、自らの心も探っていくことになるだろう。福祉と心理に興味のある学生にとっては、かなり面白いゼミに違いない。

こんな生徒に来てほしい

考えることが嫌じゃない学生にゼミに入って来てほしいと思っています。かなりテーマが大きく考える方向も自由なので、自ら考えたり細かなイメージの違いにこだわることが嫌いだったりすると、ちょっと辛いかもしれません。わたしのゼミではディスカッションを重視しますので、例えばいま私が思っていた「共感」と、○○さんの言っていることの違いは何なのだろうとか、瞬間・瞬間に考え切ることが必要になってきます。
また、ゼミの卒業生の中には音楽療法家になった人もいます。ダンスセラピーはもちろん、芸術や音楽などに興味がある人もお待ちしています。

公開日:

※掲載されている教授の所属・役職などは取材当時のものであり、現時点の情報とは異なっている場合があります。